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「何にする?」

「え、ま、ま、任せるよ」

 健太はうろたえた。しかし、出来る限り平静さを保とうとした。

「そんな事を言わずに選んでぇ」

 事情を知らないキミエは少し甘える態度だった。


「いや、こういう高級レストランはあまり入ったことが無いから、そうだな、俺は肉が食べたいから、昼間っからで悪いけど、サーロインステーキ、レアで頼むよ。ライスをつけてね。他は自由に頼んでくれ」

「あらそう、じゃあ、私も思いきり頼んじゃおうかしら、今日は私のおごりよ。お世話になったお礼よ」

「あ、あ、あ、そ、そう。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰う」

 普通なら、自分がおごると言い返すところなのだが、クレハとの心の戦闘準備に大わらわだったので、あっさりと受け入れた。


『ふふふふ、随分慌てているわね。それにしても年上の彼女ね。違うの? でも、進展中って感じよ。まあ、いいわ、今日の所は見逃してあげる。 

 私も彼氏がいるから、おあいこというところね。こいつはね、いい金づるなのよ。私にべた惚れでね、何でも言う事を聞いてくれるから、本当に重宝な男なんだよ』

『しかし、警察に捕まっていたんじゃないのか?』

 健太には不思議だったのだ。


『私を誰だと思っているの。あなたと同類の人の心が読める女なのよ。警察に捕まったって、脱出は簡単だったわ。警察官と言ったって色んな連中がいるのよ。

 私を抱きたくてうずうずしているかどうかすぐ分かるし、抱かせてあげれば何でも言うことを聞くかどうかもすぐ分かる。そういう連中が十人に一人くらいは必ずいるものなのよ。

 逮捕された次の日にはもう拘置所とはおさらば出来たわ。ただねえ、それからが大変だったわ。私はあなたを捜していたんだけど、あんたは天国島にいるって聞いていたから半ば諦めていたのよ。

 ところが大けがをして本土に来ているって聞いて、しめたって思ったわ。簡単に死ぬような男じゃないでしょう? 必ず脱出して来るって睨んで網を張っていたのよ。ビンゴだったわね』

   

『そ、そうか。俺は不幸な男だよ。まさかここであんたに出合うとはな。しかし目的を達成するまではあんたにかまけてはいられないぞ』

『ふふん、そう。まあいいわ。私はこの男から搾り取れるだけお金を搾り取ってから、あんたに接近することにするからね。今日はねえ、私がどうしてこんな嫌な女になったのか、その経緯いきさつをあんたに知って貰うよ』

『嫌な女だって自覚しているのか?』

『ああ、そうだよ。こう見えても元は純な女だったんだからね。私にはね、好きな男がいたのさ、全身全霊で愛した男がね。だけどその男に裏切られた。

 結婚の約束までしていながら、その男は私を振って別の女に乗り換えたんだよ。あたしは聞いてしまったんだよ、あたしの事をただの金づるだって言っていたのをね。

 相手の女はけらけら笑ったんだ。可哀そうなおばさんってね。あたしと大して年も違わないくせに、私をおばさんと言ってバカにして笑ったんだよ!』

『確かにひどい奴らだな』

 健太はわずかながら同情した。


『その時の私の怒りは思い出すのも怖いくらいだよ。頭の中のどこかで、プツンッ、て切れる音が聞こえた。その瞬間あたしは悪女になったのさ。いいや、その時は悪魔になったと言ってもいいかも知れない。

 あたしはあいつらを徹底的に調べた。普通なら探偵社に頼むところだけど、その頃から私は人の心が読めるようになったのさ。多分プツンッ、て切れた後からだと思う。

 だからあの女が街外れの一軒家に一人で住んでいることを突き止められたし、最近になって男と同棲していることも簡単に突き止められた。

 あたしはガソリン入りのポリタンクを用意してチャンスが来るのを待っていた。あの女の家の近くに車を止めて待っていたんだ』


「ま、まさか!」

 健太は思わず小声で叫んでしまった。

「まさか、って何?」

 キミエが驚いて健太の顔を覗き込む。

「いや、その、サーロインステーキの値段だよ。1万5千イエンだとは思わなかったものだから、つい、ね」

「なんだ、その位で驚いてちゃここではくつろげないわよ」

「はははは、まあ、そりゃそうだね」

 何とかうまくごまかせた。


『ふふふふ、あんたも大変だねえ。ここからがいい所だからね、ようく、聞きな』

『分かった、続けてくれ』

『夜中の十二時くらいに二人がいちゃつきながら家に入るのを確認して、こっそり出入り口にバリケードをして出られないようにしたんだよ。勝手口もね。二人はエッチに夢中でそんなことには気づいちゃいない。

 作業には一時間以上かかったんだけど、あいつらはまだエッチしていた。ふふん、愚かな奴らだ。ガラス切りで窓に小さな穴をあけてホースでガソリンを注入してやったのさ。

 何せ小さな平屋の家でね。ガソリン臭いことにそのうちに気が付いたみたいだったけど、もうその時は遅い。あたしはためらうことなく点火ライターで火をつけた。凄い勢いで燃えた。

 玄関から逃げようとしたんだけどね、勿論ドアは開かないよ。その時にはもう体に火がついていたな。それでも必死になって今度は窓から逃れようとしたんだけど、そうはいかない。

 窓もバリケードがしてあって簡単には出られなかったのさ。唯一、バリケードの無かったガソリンを入れた窓は借りて来たレンタカーでふさいでおいたからね。

 随分お金も掛ったけど、私はどうせ死刑になる積りだったから一文無しでも構わなかったのさ。あいつらはもだえ苦しみながら死んでいった。二人の死の踊りを見て私は笑ってやった。私を笑った様にけらけらってね』

『ふう、そこまでやったら死刑だろうね。しかし死刑になる積りだったんだろう?』

『裁判で私は何もかも正直に言った。そしたら正直過ぎたからか無期懲役になってしまった。冗談じゃない、三十年以上も刑務所に入ってたまるかって思って脱獄したのさ』

『ふう、過激だね。しかし、100パーセントあんたが悪いという訳でもない』

 健太は無期懲役は刑としては妥当だと思ったが、本人の希望を叶えるのも刑法のあり方の一つかも知れないと、その時初めて思った。


『ふふふふ、あんたは物分かりがいいね。しかしあんたの名前は今度は假屋崎健太なのか。本名は何て言うんだい?』

『暁天ユキオ。この体は俺の体じゃないよ』

『えええっ! 脳交換! こりゃたまげた。あたしの人生も凄いけどあんたも、普通じゃ有り得ない人生なんだね。へへえ、こりゃ、ますます気に入った。

 異常な人生経験の二人が結ばれるってのは良い筋書きじゃないか! あたし達はそういう運命にあるんだよきっと! こりゃ何だか楽しくなってきた! じゃあね、遅くても来年の春までにはけりをつけるから待っててね!』

 クレハは興奮しながら、彼氏らしい男と帰って行った。


「ふーーーっ!」

 クレハが去ってほっとして大きくため息をついた。

「ど、どうしたの、何か変よ」

 キミエは健太の様子がおかしいことにはっきりと気が付いた。


「実は嫌な女がいたんだよ。そこにね」

「ああ、あの綺麗な女性?」

「うん、ちょっとした知り合いなんだけど、しつこく言い寄られたことがあってね。彼氏がいるらしくてほっとしたけど、気が気じゃなかったんだよ」

「なあんだ、それを早く言ってくれれば良かったのに」

「いや、こっちに気が付いた様な、つかなかった様な微妙なところだったのでね。うっかり声が聞こえて振り向かれるとまずいと思って冷や冷やしてたんだよ」

「でも彼氏がいるんでしょう。平気じゃないの」

「そんな甘い女じゃないんだよ。彼氏がいようが何しようが俺に迫って来る、そういう女なんだ。どうやら気づかれなかったらしいから安心したけど、でも油断大敵でね。今から対策を立てておかないと」

「ふふふふふ、世界最強とも思える健太さんだけど、意外な弱点があったのね。何か安心したな、健太さんもやっぱり人間だったんだなって思って」

 キミエはうっとりと健太を眺めていた。

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