88 酒乱(1)
88 酒乱(1)
「あの、済みません私も料理はちょっと………」
キミエは正直に言った。
「何、夫婦気取りになっているの、健太君。これから一緒に暮らす訳じゃないでしょう?」
「はははは、そ、そうですけど。あの、別にいいです」
妖鬼改め健太は笑ってごまかした。確かに一晩一緒にいるというだけで、別にずっと一緒に暮らす訳ではない。つい、ウヅキの時と同じように考えてしまったのだった。
「あのう、私が送って行きましょうか。妖鬼さん、あ、假屋崎さん、私を憎んでいるでしょう? 一緒に居たくないですよね」
キミエは少し辛そうに言った。
「うーん、恨みがゼロとは言えないけど、もうゼロに近いから平気ですよ。夜遅く、女性が車を運転して行くのは危険です。
乗っている人も女性なんですからね。用心した方がいいです。タクシーを呼びましょうよ。タクシーはどうするんですか。電話を掛ければいいのかな」
健太は自分でタクシーを呼ぶつもりになっていた。
「はいはい、わかりました。あの、もしもし、3055号室の假屋崎ですがタクシー一台お願いします」
キャロンは素早く電話した。
「ああ、あの、送らなくていいですから。それで、今日は無理だけど明日来ますからね。それと今日午前中にも、特殊メーキャップの人達が三人来ますから。
一人はカードを持っていますから、ここに来たら中に入れて下さい。ああ、それと念の為に言っておきますが、ここに入る時はカードが必要だけど出る時は必要ないですからね」
「はい、分かりました」
「あ、あのう私はどうすれば………」
「キミエさんはここで待機して下さい。先ずこれから寝て、朝になったらお二人で朝食をとって下さい。マンションのすぐ隣がレストランですからね。
あとの指示は恐らく今日来るはずの三人が連絡してくれると思うわ。多分その三人を送って行くことになると思いますけど」
「はい、承知しました」
キミエは少し不安を感じながらも納得したようである。
「じゃあ、さよなら」
「ああ、さよなら」
「ご、ご苦労様でした」
別れを告げてキャロンは帰って行った。
「さて、もう遅いから寝ますか。俺はここで寝るから、キミエさんはベッドルームで寝ればいいんじゃないかな」
「あ、あの、妖鬼さん、いいえ、假屋崎さんがベッドで寝れば宜しいかと。それに、ベッドルームは二つありますから。別に居間で寝なくても」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて、ええと、どこにあるのかな」
「こちらです」
キミエが案内したのは豪華な寝室だった。
「うへ、立派過ぎてなんだか落ち着かないな。しかし、テレビがあるし、悪いけど、じゃあここにさせて貰います」
健太は少しの間テレビを見る積りだった。自分の事が報道されていないか心配だったのだ。
「それじゃ、私はもう一つの寝室で休みますから失礼します、お休みなさい」
「ああ、お休みなさい」
キミエは相変わらずのやや暗い表情で自分の寝室に向かった。
『ふう、キミエさんも被害者だったんだな。理屈では分かっているんだけど、彼女に対する憎しみの感情はまだ完全には消えていないな』
健太はそう自分の心を分析した。幸いにもその部屋にもトイレと風呂が完備していた。早速、久しぶりの風呂に入ることにした。
『はあ、何か月ぶりだろうか。俺が意識を失っている間、少なくとも風呂には入ってないよな。体は誰かが、多分看護師さんとかが拭いてくれたんだろうけどね』
そんな事を考えながら風呂に入り、鏡に自分の裸身を映して見た。
『なんともはや細くなったな。筋肉の化け物みたいだった体が嘘のようだ。こりゃたっぷり食って多少は元に戻さないと………』
余りに筋肉が付き過ぎているのも気持ち悪いが、今はひょろひょろとまるでもやしみたいで気持ちが悪かった。そう思ったとたんに急に空腹を感じた。
「ありゃ、やけに腹が減って来たぞ。しかしこんな夜更けにレストランが開いているかな。ううむ、いかん、ますます腹が減って来た。ああ、そうだ、冷蔵庫に何か入っているんじゃないのか?」
支度してあった寝間着を着て、台所を捜した。
「きゃっ!」
台所はすぐ見つかったのだが、薄暗い部屋の中に、下着姿のキミエが立っていた。
「あ、いや、その、俺は食い物を捜しに来ただけで。えーと、冷蔵庫に何か入っているんじゃないかと思って」
「あ、あ、済みませんこんな格好で。冷蔵庫の中に、たくさん食べ物はありますから、それとお皿とかはこっちにありますし、ご、ご自由にお食べ下さい。食べ終わったら、食器類はここに置いて行って下さい。それじゃあ、その失礼しました」
キミエは下着姿であったのにもかかわらず、丁寧に説明してから去った。
『いや、参ったな。何も説明しなくてもいいんだけどね。しかし、ううむ、何とも色っぽかったな。背は低いけど、プロポーションは抜群だし、顔もとても綺麗だよね。
彼女がスイーツ研究所に派遣されたのは養護施設出身だということの他に、美人だったからじゃないのかな。募集していたのは男性だったからね。男は美人に弱いからうまく騙せると思ったんだよきっと』
冷蔵庫の中を探りながら随分余計な事を考えたが、レトルトカレーを見つけた。ライスのパックやハム、チーズなども見つけたので早速レンジでチンして結局、居間のテレビを見ながら食べた。
「うん、このメーカーはウヅキさんの所のとは違うけど、これはこれで美味しいじゃないか。まあ、こういうのがあるんだから料理なんかどうでもいいかも知れないな。今後は誰にも聞くまい」
そんな事を呟きながらニュースを見ていると、
「あ、あのう、私もそこで飲んでもいいかしら」
今度は寝間着姿でキミエが現れた。
「あ、あ、いいですよ。あの、眠れないんですか?」
「はい、私、毎晩アルコールを体に入れないと、眠れなくなったんです。罪を犯した上に、親友のアカリちゃんがあんなことになって、それ以来、しらふじゃ眠れないんです」
言いながら、冷蔵庫からワインを取り出して来た。
「私は冷えたワインが好きなのよね。ちょっと邪道みたいなんだけど、健太さんもおひとついかが?」
「いや、俺はまだ未成年だし、それに、酔っぱらいたくないんですよ」
「私は酔っぱらいたいから飲むのに、酔っぱらいたくないんですか!」
ワインをぐいと飲んだ瞬間、キミエは絡んで来た。酒癖が悪そうである。




