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 87 ヤセールドリンク(2)

87 ヤセールドリンク(2)


「………どうして下に逃げなかったのか、今でも悔やんでいます」

「それで警察に連絡したの?」

「はい。慌てて部屋に戻って携帯で連絡しました。私は部屋に携帯を忘れていたんです。一度も携帯だけは忘れたことが無かったのに。

 ちょっと変な感じでしたが救急車が先に来て、警察が後で来ました。連絡の順序からすれば当然なのですが私には故意に救急車が遅く来たように思えてなりません。

 特に分かり難い場所ではなかったし、特別大きな事故とか渋滞とか、その様な事はなかったはずです。連絡してから30分も掛ったんですよ。普通10分と聞いています。

 救急車が来てから、5分もかからずにパトカーがやって来ました。私が電話してからまさに5分くらいしか掛っていなかったのが、何よりの証拠です」

「成程、救急隊の方にはあらかじめ連絡があったのに違いないな。名前と住所がチェックされていて、そこから来た場合は次に回すとかね」

 妖鬼にもからくりが分かった気がした。


「それで警察の人に事情は話したの」

「はい、勿論詳しくお話ししました。その時は警察の人は親身になって聞いてくれましたが、結局、行き過ぎた拒食症による事件ということで片づけられてしまいました。

 私はこの時、看護師の間で噂されていたことは本当だったのだと悟りました。ヤセールドリンクを飲むと1000人に一人くらいの割合でゾンビの様になって狂い死ぬという噂があったんです」

「その噂は私も聞いているわ。というよりそれが私達天下グループの主張なのよ。ただ残念なことに実態がなかなか掴めなくて苦労していますけどね」

 キャロンの言葉は妖鬼にはやや意外だった。


「いや、俺は聞いた事はないな。初耳だよ」

「そうねえ、一般的にはあまり知られていないわね。何しろヤセールグループが必死になって隠しているんですから。あらゆる方面に手を回して実態が分からない様にしているんですからね」

「その噂は看護師仲間では有名なんですがひと月に一回くらい、ヤセールグループの広報の人が巡回して来て、説明会を開くんです」

「あら、それは初耳だわ」

 キャロンも知らないことがあるようである。


「天下グループのトップスリーの人達には既にお話ししてあるのですが、その説明会で私達はこんなふうに言われました。

 ヤセールドリンクを飲んだからそうなったのではなく、一つには飲み過ぎたのだと言いました。一日に一本までの容量を守らずに、二本あるいは三本も飲んだからだと。

 その他の理由は私共の例の様に拒食症の為にそうなったのだと。そして最大の問題は天下グループがあたかもヤセールドリンクに問題があるかのように宣伝しているからだ、と言うのです」

「ひっどーい!」

 キャロンはまたも叫んだ。


「私達も彼らの言うことをうのみにした訳ではありません。かなり疑っていたのですが、彼らはこう言いました。『今、世界はヤセールグループと天下グループの二大勢力がしのぎを削っている状態だ。しかし、ヤセールグループが7とすれば天下グループは3に過ぎない。劣勢の彼らは、何とかしてヤセールグループの評判を落とす為に、色々と画策しているのだ』と。

 そして、こう言ったのです。確かに副作用はある。しかしそれは百万人に一人しかないのだと。それを千人に一人だと宣伝している。つまり実際の千倍も大げさに語っているのだと。

 こう付け加えました。『君たちの中に宝くじの一等を当てた人はいるかね』私達がいないと言うと、『百万人に一人と言うのは、それと同じこと。宝くじの一等に当たる確率に過ぎないのだ』と言いました。

『この素晴らしいヤセールドリンクを、この通り私は毎日飲んでいる』と言って、私たちの目の前で飲んで見せました。

 『私は勿論、我々の会社の誰もが毎日一本飲んで誰も病気になっていない。ヤセールグループの従業員は全世界に数百万人もいるが一人も副作用で死んでいないのが何よりの証拠だ』 

 そう言って私達を安心させました。何しろ目の前で飲んで見せましたし、全従業員数百万人が誰も死んでいないと言うのでつい信じてしまったんです」

「嘘が上手ね」

「全くだ」

 キャロンも妖鬼もちょっと呆れた。目の前でドリンクを飲んで見せる所などは詐欺師の使うような手法である。


「ところで今思ったんだけど、妖鬼が女子高生二人を殺した動画があったよね、知ってる?」

「はい、見たことがあります。確か三つあったと思いますが」

 キミエは慎重な言い方をした。犯人が目の前にいるので、強い言い方は出来なかったのだ。勿論、本当の意味での犯人ではないことは知っている。


「その中で、妖鬼が回し蹴りで女子高生二人を倒した動画を覚えているか」

「ええ、勿論知っているわ。超有名よ」

 キャロンは陽気に言った。何故か楽しそうである。


「あの時の女子高生がヤセールドリンクを飲んだとは思わないか?」

「ああ、確かにそうねえ。言われてみると、アカリちゃんの例に似ているわね」

「………、た、確かに良く似ています」

 キミエはアカリの例を持ち出すのが辛そうだったが、それでもことの重要性から認めざるを得なかった。


「それに俺はタンポポと言う少女の両親の話を聞いているんだけど、今の話ととてもよく似ているんだよ。ヤセールドリンクを飲んでゾンビの様になった両親が襲って来たっていう話なんだけどね」

「タンポポ? 誰それ?」

 キャロンは不愉快そうに聞いた。


「ええと、医務室の隣にある特別レストランに出没している、まあ少女の便利屋だな。確か俺の調査の時にもユキノさんと一緒に来ていたと思うけどね。地下研究室の時のね」

「ああ、思い出した。あの小娘ね。そうそう、確かにそうだったわ」

「だとすると、俺が知っているだけで5人いることになる。これはどう考えても百万人に一人じゃない。もっとずっと多いことは明白だ。ひょっとすると本当の妖鬼はそのからくりに気が付いたんじゃないのか。

 それで祖父の源内に反発したとすると、段々辻褄つじつまが合って来る。しかしもっと何かあるような気がする。それだけじゃ女子高生二人を殺す理由はないな」

 妖鬼即ちユキオの直感がそう言わせた。


「それだけじゃない?」

「ええっ! 本当に?」

 キャロンもキミエも驚きを隠せなかった。


「ああ、これは俺の直感なんだけど、まだもっと秘密があるような気がする。300億イエン掛けても守らなければならなかった秘密がきっとある。多分これは間違いないと思う」

「そう言われてみれば確かにそうねえ。莫大なお金を使って作った施設を跡形もなく消し去っているんだから、これは尋常な事じゃないわね。

 有難う、これはとても重大な事よ。本部にぜひお知らせしなくちゃね。ああ、もう午前一時を過ぎちゃったわね。私、タクシーで帰るわ。キミエちゃんはここに泊まっていけば良いわよ。

 幸い部屋はたくさんあるんだし。いいでしょう妖鬼君。いいえ、今日からは假屋崎健太君だったわね。ちょっとまずいかしら? 男と女が二人きりじゃ危ない?」

 キャロンは冗談交じりに言った。 


「ああ、別に構いませんよ。俺はウヅキさんとしばしば一つ屋根の下で暮らして、まあ女性と同じ部屋で泊まるのは慣れていますから。

 それより心配なのは朝食ですよ。大きな声じゃ言えませんがウヅキさんの料理はちょっとね、はっきり言えば下手ですから。キミエさん料理は得意ですか」

 妖鬼、改め假屋崎健太はあっけらかんと言った。

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