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 86 ヤセールドリンク(1)


                 86 ヤセールドリンク(1)


「もっと詳しく色々聞きたいんだけど、話してくれるかな」

 妖鬼はすっかり落ち着いて、穏やかに言った。

「はい、そのつもりです。でも、ちょっと遅くなってしまいますが大丈夫でしょうか」

 キミエはチラッと壁の時計を見ながら言った。


「ああ、それは大丈夫。かなり寝だめしてあるからね。それより、キャロンさんは大丈夫ですか」

「私は大人なのよ。といってもまだ25歳ですけどね。明日は、いえ、もう今日になったわね。今日の講義は午後からだから平気よ。私は一応話は聞いているんだけど、あまり詳しくは知らないわね。是非聞いておきたいわ」

 キャロンも興味津々なようである。


「それでしたら順序立てて詳しく言います。先ず私の名前から。私は深里ふかざとキミエ、24歳。職業は看護師です。今は違いますけど。今は運転手と妖鬼さんへの連絡係に任命されています」

「へえ、俺に対する連絡係ね。それで?」

「それから、私の友人でもあったアカリ、彼女の本名は優剣ゆうけんアカリ。20歳。彼女はたった20歳で死んだのよ………」

 泣き出したいのをこらえて、話し続ける。


「私と彼女は同じ部屋に住んでいました。里が同じで、同じ病院の看護師だったこともあって仲良しになったんです。ある日私達はヤセールグループの幹部の人達に呼び出されて、スイーツ研究所に派遣されました。

 どうして私達が選ばれたのかよく分かりませんが、恐らく私達二人には身寄りが無かったからだと思います。二人とも養護施設の出身でしたから」

「成程ね、何かあってもバッサリ切れるということなのね」

 キャロンはかなりずけずけと言った。むしろその方が傷つかないと感じたのだろう。


「ふふ、そんなところなんでしょうね。その後の事は妖鬼さんがご存知の通りなんだけど、随分ひどい事をしました、あそこの研究員達は。

 とにかく使える薬は何でも使ったんです。副作用も何も関係なくです。遺伝子操作も当たり前のようにやりました。一週間生きれば良い、そんな感じでした。ところが奇跡が起こったんです。

 一週間たっても死ななかった。逆に困惑していましたわ。それで仕方なしに、というより元々の計画通り、警察に居場所を教えて逮捕して貰うことになったんです」

「ふうん、本当は研究員達は俺が死ぬと考えていたんだな」

 妖鬼は溜息をついた。自分が生きられたのは単なる偶然に過ぎなかったと知って、何か悔しかった。


「そうです。ただ、津下原源内さんの手前、多少は生きていてもらわないと都合が悪かった、それだけだったんです。しかし、実際には二人とも生きていました。

 奇跡としか言いようがないと研究員の人達は何度も言っていました。その後は私とアカリちゃんは用が無いということで、研究所から帰されました。ですからその後の事は分かりません。

 でも、その時に使われたお金は莫大なものだったことは知っています。少なくとも300億イエンと聞いています。スイーツ研究所の地下に、世界最先端の高額な機械を導入するのに大変な費用が掛かったらしいのです。

 そこまでして自分の孫を助けたかったのでしょうが、その位のお金があれば、海外に逃がす手もあると思うのです。なぜそうしなかったのでしょうか。それは私にも分かりません」

「300億イエン!」

 キャロンも妖鬼もその金額に驚嘆した。


「ううむ、何か訳がありそうだな。どうしてもそうせざるを得なかった訳がきっとある」

 妖鬼は独り言のように呟いた。

「そうねえ、それだけのお金があれば、海外で悠々自適の暮らしが楽しめるわね」

 キャロンは羨ましそうに言った。


「それでその後は、研究所から帰ったあとはどうだったんだ」

「その後は普通の看護師の仕事に戻りました。ただ、正直言って私もアカリちゃんもストレスが溜まりました。どう考えても私達のしたことは人の道から外れたことです。

 私はお酒に逃げましたが、アカリちゃんはスイーツにのめり込みました。彼女は一か月で10キロ位太ってしまったんです。私も少しは太ったのですが彼女の太り方は異常でした。

 ある日、彼女は薬局からヤセールドリンクを買ってきました。一日一本ずつ飲めば一キロずつ痩せると、そのドリンクのビンには書いてありました。彼女は十本買って来ていました」

「成程、10日で元の体重に戻るという訳か」

「そうです。私は嫌な予感がして、先ず一本飲んでみて、効き目を確かめてからにした方がいいんじゃない、と言ったんです」

「そうしなかったんですか」

 キャロンがやや険しい表情で聞いた。


「いいえ、アカリは私の忠告を聞いて、その日一本だけ飲んで様子を見ました」

「特に間違った使い方じゃないよな。それでどうしたんだ」

「痩せました。次の日の同じ時間に体重を量ってみたら3キロも痩せていたんです」

「それって痩せ過ぎだわ!」

 キャロンは思わず叫んだ。


「私も勿論、アカリもそう思いました。だからそれ以上は飲まなかったんです。ところがその次の日も3キロくらい痩せてしまったんです」

「えっ、どう考えてもおかしいぞ。病院へは行かなかったのか」

「行きました。でも、医者はどこも悪くないというのです。絶食しているんじゃないのか、と聞かれました」

「絶食していたんですか」

 キャロンが聞くと、

「食べられないんです。食べるとすぐに吐き戻してしまうんです。たった一本ドリンクを飲んだだけなんですよ。そういう副作用があるなんていう注意書きは一つも無かった。

 3日目になるともう悲惨な状態になり始めていたんです。あまりに急激に痩せたので皮膚がたるんでおばあさんの様になってしまったんです」

「絶対病院に入院させなきゃダメでしょう!」

 再びキャロンが叫んだ。


「私はアカリを連れて病院を回りましたが、どこの病院でも入院させてくれませんでした。後になって分かったことですが、私達が行った病院は全てヤセールグループの病院だったのです。

 仕方なく帰宅しました。私達は5階建てのアパートの3階に住んでおりましたが、彼女は日に日に痩せて行き、ヤセールドリンクを飲んでから一週間後には骨と皮ばかりの無残な姿になってしまい、しかも体のあちこちが腐って来たんです。

 私は思い余って救急車を呼んだのですが、信じられないほど遅かった。救急車が来る前に彼女は起き上がり意味不明の言葉をしゃべりながら異様な目で私を見つめ襲いかかって来ました。

 本当に申し訳なかったのですが私は逃げました。彼女は私を追ってきました。どうしてそうしたのか私にも分かりませんが、私は屋上に逃げたのです。

 彼女にはほとんど歩く力さえなかったはずなのに、どこまでも私を追いかけてきました。まるで彼女はゾンビみたいでした。ただ、屋上に上がると彼女はふらふらと歩いて行って屋上から落ちてしまったんです」

 言い終わるとキミエは目を大きく見開いたまましばらく動かなかった。

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