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 82 大学病院(1)


                   82 大学病院(1)


「ピッ! ピッ! チッ!」

 S-2Tの攻撃は凄まじく速かった。一撃の威力は大したことは無いのだがスピードは明らかに妖鬼を上回っていた。かわし切れずに顔面をしばしばかする。

 その都度少しずつ皮膚が切れるのだ。すぐに出血が始まった。量は大したことは無いのだがぽたぽたと滴り落ちる。

『しめた出血があれば攻撃は止むんじゃないのか?』

 妖鬼はアシモフの三原則が強制的に働いてロボットは攻撃を止めると思っていた。しかし全くその気配は無かった。アシモフの三原則は完全に外されている様である。


『こうなったら肉を切らせて骨を断つことにするぞ!』

 ダメージを覚悟して、全力の回し蹴りで倒そうとした矢先だった。

「確保! 確保! 確保!」

 あちらこちらから次々にロボット達が応援に駆け付けて、襲いかかって来た。

「キエーーーッ!!」

 委細構わず得意の回し蹴りを食らわすと、

「ドンッ!」

 S-2Tは飛んで行って壁に激突、壊れて動かなくなったのだが、その後、集まって来た7、8台のロボットにボコボコにされてしまった。

 全身打撲と数十か所に及ぶ骨折の末、妖鬼は完全に失神してしまったのである。関係者が目を覚まして駆けつけたのはその後だった。


 彼に対する計画は全て水の泡となった。しかし治療は本土のビッグシティ大学付属病院で執り行われることとなった。期せずして本土に運ばれることになったし、治療が完了するまでは警察も手出しは出来なかった。

 当初はマスコミも大騒ぎしていたのだが、治療が長引き一か月余り過ぎて十月に入る頃にはマスコミの関心は殆ど無くなっていたのである。もうテレビでは取り上げられることも無くなっていた。


「あ、あの、ここはどこですか」

 妖鬼が目を覚ましたのは十月中旬の事だった。

「ああ、目が覚めましたか。今先生にお知らせして来ますから」

 看護師が急いで病室を出て行った。病室は個室で、しかもずいぶん立派な部屋である。


『そうか、俺は気絶してしまったんだな。とするとここは病院か。めちゃくちゃにやられたからな。午前四時という時間も悪かった。

 もっと後だったら他の人に助けを求められたかも知れないけど、あの時間じゃみんな大抵寝ているからな。しかし、ここはどこなんだ。そうだ、こういう時の心読みだ!』

 近くの患者や看護師の心の中の声が聞こえた。


『隣の部屋の妖鬼とかいう化け物は気味が悪いねえ。このまま一生目が覚めなければいいのに』

『ここは世界一とも言われるビッグシティ大学附属病院、こんなところにあんなお尋ね者を入れるのは勿体ないわねえ』

『まあ、それにしても大物の人達が次々に見舞いに訪れて、さすがは津下原源内の孫だな。悪党だが格が違うって所か』

 ここが、天国島ではなく、本土のビッグシティ大学附属病院であることが聞き取れた。 


「ああ、良かったねえ、正直、まだ一年や二年は目覚めないかと思っていたんだが、さすがに若いね、十八だから回復も速い。この調子なら年内の退院も夢ではなさそうだ」

 間もなくやって来た医者はかなり喜んで言ったが、勿論、妖鬼はさほど嬉しくはない。

「ああ、そうですか。どうも有り難うございます」

「これから徐々に点滴は外していきますから、来週あたりには流動食ぐらいなら食べられるでしょう。ただ無理はいけませんよ。おいおい歩行訓練なども始めますが無理はいけません」

 医者はしきりに無理するなと釘を刺して病室を出て行った。


『ふうむ、今夜だな、決行するなら』

 妖鬼は既に自分が動き出せるまでに回復していることを悟っていた。しかし、夜までは待たなければならない。その上、厄介なのは腹が減り過ぎていて余り長くは動けないことだった。


『ううむ、何か食わないと。ああ、早く夜にならないかな』

 そんな事をしばらく考えていると、おあつらえ向きにキャロルがやって来た。同じ大学に居るので妖鬼の目覚めの噂を聞きつけていち早くやって来たのである。


「今晩は、お見舞いに来たわよ。あら、看護師さん先ほど先生があなたを捜していらしたわよ、米川先生だったかしら、先生の部屋にいらした方が良くなくって」

「えっ、米川先生が、じゃ、その失礼します」

 看護師は慌てて病室を出て行った。


「ねえ、大丈夫?」

 キャロンは用心して耳元で囁く。こうすれば盗聴は難しいのだ。

「ああ、もう俺は十分に歩けるよ。ただ腹が減っててね、それと点滴の管が邪魔でね。何となく分かるんだよ、もう俺の体に点滴は要らないってね。

 だから、取り敢えず、バナナでも二、三本あれば何とかなる、いや、別に何でもいいんだけどさ。出来れば夜に来てくれないかな。ダミーと入れ替わるとか、何か方法はないか?」

 妖鬼もキャロルの耳元で囁いた。


「任せておいて。それじゃ、決行は今夜ね。といっても、もう午後7時過ぎているから、午後10時決行ということでどうかしら?」

「OK。方法は任せるよ。重要なのは食い物。他は任せる」

「了解!」

 キャロンは用事が済むとさっさと部屋を出て行った。


「あら、あの、さっきの女の人は?」

「ついさっき帰りましたけど」

「あの人嘘つきね、米川先生が私を捜してるだなんて。もう、何考えているのかしら!」

 女性看護師は憤慨していたが、

「あの、すいません、もう眠いので良いですか寝ちゃっても」

「勿論よ。あなたが目ざめたことはまだ公表してませんから。下手に公表するとマスコミがうるさいから、こういうことはこっそりご家族だけにお知らせしておくことにしておりますから。

 ご家族はあなたの怪我の状態を考えて、明日お見舞いに来られるそうよ。良かったわね、何か月ぶりになるのかしらね、ご家族と対面されるのは」

「はあ、そうですか、じゃあ、その眠いので、………」

 妖鬼は寝たふりをして、看護師がいなくなるのを待った。やがて看護師は去って、辺りは静かになった。少し様子をうかがっていると、誰かが、恐らくは女性が病室に入って来た。


「陽ちゃん、ああ、寝てるのね。でも、不憫ふびんだわ、今年中に退院出来るらしいけど、そしたらあなたの裁判が始まるのよね。どうなるのか心配で心配で………」

 家族は明日来るはずだったが、呟いているのは恐らく母親だろう。目を覚ましたと聞いて、じっとしてはいられなかったようである。


『ふうむ、母の愛か。少なくとも母親には愛されていたのだな。しかし、申し訳ないけど、俺は今夜脱走するよ。でもお母さんにとってはその方がいいのかも知れないぞ』

 そんな事を考えているうちに、しばらくして母親らしき女性は部屋を出て行った。部屋はまた静かになった。その後、一度だけ看護師が点滴の入った袋を取り換えに来たが、明かりを消して出て行った。あとはしばらく部屋に来ないのだろう。


『さて、どうやら、もう誰も来ないようだな』

 そう確信したが念の為に心読みの網を張り巡らして、点滴を外し始めた。点滴は両腕に一本ずつあったので、先ず右手で左の点滴の針をゆっくりと抜き消毒も出来る濡れティッシュが置いてあったので、それで押さえた。

 しばらく待って今度は左手で右の点滴の針を抜きやはり濡れティッシュで押さえた。出血は数秒で収まったし、傷口はあっという間に見えなくなった。


『よし、完璧だ。ふう、まだ八時半か。そうだ、本当に完治しているかどうか調べておこう』

 久しぶりにベッドから降りるとちょっとふらついた。

『やっぱり、一か月以上も寝ていたから体がすっかりなまっている。あれだけあった筋肉が随分萎しぼんだぞ。うーん、殆どどこもいたくないぞ。骨があちこち折れたのにね、それにしては治りが速い』

 空腹に耐えつつ軽い運動をし続けた。次第に立って歩く勘が戻って来た。その後は飛んだり跳ねたり、それも殆ど音がしない様に静かに静かにやり続けた。

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