75 トレーニング(6)
75 トレーニング(6)
「ふう、疲れた。それにしてもタフだな。しかし、重量は百キロくらいなんだろうけど、回し蹴りの練習はちょっとまずいな」
今は停止しているR-10Tを見ながら妖鬼は呟いた。一度かなり本気の回し蹴りが命中したのだが飛んで行って壁に激突したのだ。
『あんなに大きな音が出るとは思わなかった。あれからの回し蹴りは飛んで行かないように気を配ったからな。しかしよくクレームがつかなかったな。隣には人がいないのかな?』
妖鬼は知らなかったのだが、係員達がトラブルが無いように気を配って、両隣の部屋には人を入れていないのだ。
『さて、アシモフは外すとして、こいつの攻撃力はどの位なんだ?』
機械を甘く見てはならない、これはユキオの得た教訓の一つと言っていいだろう。20世紀後半コンピューターが出現した時、多くの人々はその能力を過小評価した。
例えば一流のチェスプレーヤーがコンピューターに負けるはずがない、と。実際最初は人間が圧勝した。しかし、それから数十年後、コンピューターは人間に圧勝するようになった。
もう今ではコンピューターに勝てる人間は一人もいないのである。それはその他のゲームでも同様だった。21世紀半ば、いかにコンピューターでも囲碁だけは人間には勝てないと言われていたのに、人間は負けてしまったのである。
『多くの人々の誤りは機械の今しか見ないことにある。機械を見る時にはその未来を見る必要がある。そうしないと正確な判断が下せない』
学校の勉強はさっぱりだったが、その辺のところはなぜかよく分かっていた。そこで、R-10Tに対して、こんな質問をした。
「お前の最大攻撃力は何トンぐらいあるんだ?」
これもダメ元で聞いてみた。
「それは質問ですか?」
ロボットではあったが流ちょうな日本語で聞き返す。
「うん」
「私の最大攻撃力は約1トンです。これはアシモフの三原則を外した場合のみの攻撃力です。三原則を外さない場合は100キログラム程度です。この答で宜しいでしょうか?」
「うん、OKだ。それじゃあ、アシモフの三原則を外せ」
「アシモフの三原則を外しますが宜しいですか」
「うん」
「外しました。怪我の恐れが御座いますので十分にご注意下さい。なお、出血等があった場合には三原則は復活します。これは強制的なものなので私には制御出来ません。宜しいでしょうか」
「了解した。それじゃあ、これから一時間きっかり俺を全力で攻撃して来い」
「復唱します。それじゃあ、これから一時間きっかり俺を全力で攻撃して来い、ですね」
「その通りだ」
「ではただいまから攻撃を開始します。宜しいですか」
「OK!」
「ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!」
OKと言ったとたん、猛スピードで攻撃して来た。
『うひゃ、何だかさっきより速いぞ』
余りのスピードに面食らったがそれでもギリギリでかわし続けた。やがてR-10Tのスピードと攻撃パターンに慣れて来ると、反撃が出来るようになって来た。
「バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、………」
妖鬼得意の超高速の拳の連打がR-10Tの顔面に集中した。
『一回の攻撃には確かに10トンまで耐えられるのだろう。しかし高速連打ならどうだ!』
一つの試みだったが妖鬼の読み通り、R-10Tは動きを止めてしまった。
「バンッ!!」
連打の最後に渾身の力を込めての一撃を顔面の中央に炸裂させると、
「バッタン!!」
全く機械的にあおむけに倒れて、それきり動かなくなった。
『ありゃ、動かないぞ。こりゃヤバイな。電話してみるか』
妖鬼はちょっと慌てて電話した。
「ど、どうしましたか? えっ、R-10T!」
係員数名が部屋に入って来るなり絶句した。絶対倒されないはずのマシンが倒れていたのだ。しかしすぐ気を取り直して、
「あのう、お怪我はありませんか?」
「いや、俺なら大丈夫。しかし、こ、壊れちゃったね。べ、弁償の方は………」
ロボットが高価なことは知っていたから、恐る恐る聞いた。
「いえ、弁償とかは必要ありません。これは故障扱いになりますから、保険が効きますから。それにしても、初めてですよ、R-10Tを倒したのは。
このマシンだけは天下グループ格闘会の四天王でさえ倒せなかったのですからね。いや、恐れ入りました。これ以上のマシンは御座いませんので、何か別の器具をお持ちしましょうか」
係員は呆れ気味に言った。
「いや、器具は必要ありませんが少し疲れたので簡易ベッドはありませんか。代金は支払いますので」
「はい、ベッドを搬入致しましょう。他の器具を使わないのでしたら代金は必要ありません。そういう決まりになっておりますので」
「ああ、そうなんですか。それでしたらベッドの方お願いします。ああ、その、今風呂に入りますから、適当に置いておいて下さい」
「承知しました。ああ、そっちを持ってくれ。じゃあ、今ベッドを搬入しますので、どうぞお風呂にお入り下さい」
係員達はR-10Tを運び出した。
『ふう、参ったね。弁償かと思って焦ったよ。あれだけの高性能ロボットになると最低でも10億イエンはするからな。修理代だって軽く100万や200万は掛るだろうよ』
妖鬼は胸をなでおろした。
「ベッドは部屋の隅に寄せて置きましたから。位置がまずかったら適当にお直し下さい。それでは失礼します」
部屋の方から声が聞こえた。
「分かりました。どうも有り難う御座います」
風呂場の中から大声で返答した。係員達の足音が去って行って静寂が戻った。
「あれ、少し体型が細くなったぞ」
鏡を見て思わずそう呟いた。つい先ほどまで筋肉のお化け状態だったのに、少しだけだがスリムに見える。その代りやや身長が伸びた気がした。




