73 トレーニング(4)
73 トレーニング(4)
昼食後はしばらく昼寝をして、電話でバーベルを注文した。
「お待たせしました」
数人の係員が専用の台車に載せてバーベルセットを運んで来た。使い方の説明を聞いたが、
「全部で250キロですか? もう100キロぐらい欲しいんですが追加できますか」
オリンピック級の重量挙げの選手であっても簡単に持ち上げられる重さではなかったが、妖鬼には物足りなかったのだ。
「当店ではこれが限界なのですが、いや、その、これ以上だと心棒が折れる恐れがありますので………」
係員は恐る恐る言った。やはり妖鬼を恐れている様である。
「ああ、そうですか。それじゃ仕方ないですね。どうもご苦労様でした」
「いえ、その、どういたしまして」
係員は用事が済むとホッとして部屋を出て行った。
「しかし、ああおどおどされると嫌になって来るね。俺ってそんなに怖い顔をしているか?」
独り言を言いながら鏡を見る。怖いどころかむしろ優しい顔である。しかし筋肉が凄い。
「あちゃ、この筋肉が怖いのか。確かにただ事じゃない筋肉だな。トレーニングをしたせいか一段と筋肉が付いたみたいだぞ。ええい、仕方がない、どうとでもなれ!」
ちょっと捨て鉢になってトレーニングを開始した。
「ああ、やっぱり軽いな。しかしこれ以上ないんだからな、高速で上げ下げしてみよう、えいっ、ほっ、えいっ、ほっ、えいっ、ほっ、………」
掛け声をかけて250キロのバーベルの上げ下げをした。最初は軽く感じたバーベルだったが一時間も上げ下げしているとさすがに重く感じられるようになった。汗びっしょりになってバーベルのトレーニングを終了した。
その後は風呂に入って、体を休めたが、急に空腹を感じて、
「ステーキ定食、肉は二人前でお願いします。えっと、持って来てくれるんだよね」
「はい、あのう、部屋番号とお名前の方、お知らせ下さい」
「1899号室の妖鬼と申しますが」
「よ、よ、妖鬼様。はい、ただ今大至急でお作り致しますから、少々お待ち下さい」
「はい」
電話を受けた係員は慌てふためいていた。
「お、お待たせしました。イスとテーブルも持参いたしましたので」
注文してからわずか10分で持って来た。ステーキは分厚いので、時間を考えれば注文後最優先で作ったらしかった。
「はははは、随分分厚いステーキだね。写真の倍はあるんじゃないのか?」
「あ、はい、これは料理長からのサービスということで御座いまして。料金は通常料金で結構でございます」
「ああ、そう、まあ、ご厚意に甘えることにしましょう。はははは、これは美味しそうだ」
妖鬼は内心少しムッとしていた。
『何もそこまですることもないだろう!』
へりくだった態度も度が過ぎると嫌味になる。しかしここは笑ってこらえた。
「あ、あのう、お酒はいかがでしょうか? 多少は融通が利きますが」
「いや、酒は飲みません。それよりもテレビはありませんか。ニュースを知りたいのでね」
「テレビで御座いますか。すぐにお持ち致します」
係員の持って来た結構立派なイスに座って食事をしていると、数分でかなり大きなスクリーンのテレビを運んで来た。
「このテレビは音声対応になっているのでどうぞご自由にお使い下さい」
「ああ、分かった。どうも有り難う」
「それでは失礼致します」
丁寧に頭を下げて係員達は去った。何となく慌ただしかった個室は急に静かになった。
「テレビ、スイッチ、ニュース!」
そのテレビはウヅキの自宅にあるテレビとほぼ同形だった。機能も良く似ているらしい。一声かけるとすぐ画面が現れて、ニュース画面が現れた。
「明後日、通称天国島への捜索が始まる模様です。再三にわたる通称妖鬼こと津下原陽気の引き渡し要求に全く応じようとしないので、ついに強制捜査に乗り出すことになりました。
ただ、よく知られております通り、この島へは原則として空から乗り入れることになるのですが、すんなり受け入れて貰えるかどうか、予断を許さない状況です………」
「いよいよ来るのか。さて、俺は一体どうなるんだ? まあ、慌てても仕方がない。今はトレーニングを出来るだけしておこう」
覚悟を決めて食事を終え、食器とテーブル、イス、更にバーベルとテレビも片づけて貰った。部屋の中は最初来た時と同様にランニングマシンが一台あるだけのガランとした部屋に戻った。
「そりゃっ! そりゃっ! そりゃっ! ………」
軽く気合を入れて、今度はランニングマシンを飛び越す練習を始めた。しかも出来るだけ音がしないように気を配りながら。大きな音を立てて飛び越すより音をなるべく出さない様にする方が遥かに難しかった。
それもやはり一時間ほど続けた。また汗だくになり、シャワーを浴びて、今度は腕立て伏せに挑戦。最初は普通に、次に指立て伏せ。それから徐々に指の本数を減らしていく。
腕立て伏せも一時間ほどやってから今度は腹筋運動。あおむけに寝て前に起き上ったり横向きに起き上ったり、更に足の180度開脚をはじめとするストレッチ運動をやはり一時間ほど続けて、ようやく夕方の練習を終えた。
『食事を運んで貰うのも心苦しいから、確か自販機にも食品があったな』
思い出して、廊下に出てみた。
『ああ、あった。あんパンと牛乳が売ってるぞ。何だか懐かしい』
小学生の頃、あんパンと牛乳がやたら美味しかったことを思い出した。その他にクリームパンとチーズ、更にホットのコーンスープを買い求めて部屋に戻った。
「ああ、なんだ、イスもテーブルもあるじゃないか」
最初は気が付かなかったのだが、部屋の隅に折り畳みのテーブルとイスが立て掛けてあった。早速組み立てて、テーブルの上に買って来た物を置き、イスに座り、夜食に近い食事を始めた。
「懐かしいし、結構美味い! ただ、まあ微妙に違う様な気がするな」
呟きながら食べたが、何だか昔食べた物の方が美味かった様な気がした。
「気のせいかな?」
何気にノスタルジアに浸りながらの食事は懐かし過ぎて涙が出そうだったが、
「はははは、年のせいか涙もろくなったな」
まだ18歳なのにそんな事を呟いてしまった。
『年のせい? おいおい、冗談じゃねえぞ、何を言っているんだ俺は!』
自分に喝を入れて食事をしめくくることにした。




