71 トレーニング(2)
71 トレーニング(2)
「何と言ったらいいのかな、つまり体を動かしたくて仕方がないんだよ。でも、誰かと戦ったら相手を壊してしまう。一人で練習するだけだったら、誰も壊さずに済む。
もう、人を壊すのが嫌でね。だけど体が動きたくてうずうずしているんだよ。分かるよね、ウヅキさんだったら。アスリートの人達は皆そうなんじゃないのかな」
「そ、それはそうね。でも貸ジムはちょっと高いわね。まあ、割引制度があるから半額くらいにはなるけど………」
ウヅキはお金の事が心配になり始めていた。
『お金の心配はいらないなんて言っておいて、もう予算が幾らも残っていないなんて言い出せないわね』
妖鬼にかかる費用は天下グループが持つのだが、一部妖鬼に反感を持つ幹部もいて、最初の無制限から、50万イエン以内と変更されていた。
既に30万イエンくらいは使っていたのである。貸ジム代が半額になっても5万4千イエン。明後日に迫った最終結果の内容によっては追加予算無しの場合も考えられ、そうなれば自腹を切らざるを得なくなってくる。
『私だって大して金持ちじゃないから、そうそう長くは持たないわね』
そう考えると途端にゆううつになって来た。
「いや、俺が支払うよ。これは完全に俺の趣味だから、俺にも少しは格好つけさせてくれ」
ウヅキの態度にピンと来ていた。
「で、で、でも、わ、悪いわよ。どーんと任せなさいみたいなことを言っておきながら………」
「はははは、それは食事と服ぐらいで十分ですよ。こう見えても少しはお金持ちなんですから。それに明後日の結果次第で俺の処遇が決まるんですからね。
どういう結果が出るか分からないけど、俺の想像では大きく変化する、そんな気がするんですけどね。そうしたら、まあ、その、はははは、やっぱりよく分からないな。
とにかく、ジムの費用は俺が支払いますから、そこへ俺を連れて行って下さい。出来れば早く、今すぐにでも。お願いしますよ」
「わ、分かりました。デザートを食べ終わったらすぐ行きましょう」
ウヅキはほっとしたが自分のふがいなさにがっかりもした。
「ここです、ここの受付で料金を支払って、部屋の鍵を貰えばいいんです。24時間以上連続で借りて先払いだと半額になります。
しかもこの場合、器具二つまでなら無料で借りられます。ランニングマシンはもともと無料ですから全部で三つ無料で使えることになります」
「へえ、詳しいんだね」
「はい、前に何度か使ったことがありますから。実は私も24時間の貸切にしたことがあります。でも36時間の貸切はありません」
ウヅキはちょっぴり不満を漏らした。個室には原則としてジム関係者以外は入れないのだ。つまり36時間妖鬼とは会えないのである。
「俺も36時間という半端な借り方はしたくないんだけど、明後日の事があるから仕方ないのさ。結果次第でもう二度とここには来れないかも知れないからね。トレーニングをやれるだけやっておきたいんだよ」
「二度とここには来れないだなんて、そんな変なことは言わないで下さい、縁起でもない!」
ウヅキは結構本気で怒って言った。
「まあ、今のはジョ、ジョークだよ」
妖鬼は慌ててごまかした。
「あの、それでどうなさいますか、借りるんですか借りないんですか」
窓口の受付嬢がしびれを切らして言った。
「ああ、借ります。じゃあ36時間分、半額だから5万4千イエン」
「はい、じゃあ、これ、領収証とキー。それからこれはここの貸ジムの見取り図と部屋の使い方なんかを書いた小冊子です。
制限時間を10分以上オーバーすると1時間分の追加料金を請求されますので、お気を付け下さい。それでは時間までどうぞごゆっくり。ああ、そこの入り口から中へは同伴は出来ませんので。
それから時間の計測はそのドアを通った時点から開始されますので。お帰りの際もそのドアを通った時点で終了となりますからお間違えの無いように」
受付嬢は親切と言うよりも少しイラついて言った。目の前で何やら男女がいちゃついているみたいで嫌だったのだ。
「それじゃ、ウヅキさん、明日の午後七時くらいまでさよなら」
「さ、さよなら」
簡単に別れを言って、妖鬼はドアを開けて貸ジムのスペースに入った。ウヅキは悲しそうな表情で見送った。
中はホテルに似ていたが、明らかに違うのは時々、
「ズンッ!」
という振動が響いて来たり、如何にもアスリートらしい連中とすれ違ったりすることだった。
「ええと、1899号室はここだな」
鍵を開けて部屋に入ると、聞いていた通りランニングマシンがどんと一台置いてある。しかし型が古くて、単純に走るだけのマシンの様だった。
部屋の中は明るく、冷暖房完備である。バス・トイレも完備しているがホテルに通常あるテレビやパソコン、冷蔵庫などは無い。
その代わりに固定電話が一台あって、小冊子によれば、すべての注文はその電話でするらしい。ただ食事だけはそこのスペース内にあるレストランでする必要があるようだ。
『うまいやり方だな。外に出られないから長時間ここにいる連中は中のレストランを使わざるを得ない。当然有料だから経営者にとっては一石二鳥という訳だ』
ざっと小冊子を読み終わると、早速ランニングマシンで走り始めた。
「ブーッ! ブーッ! ブーッ! ………」
しばらく走っていると、なぜかランニングマシンが警告音を発し出した。
「何だ? どうして警告なんだ?」
「ど、どうかしましたか!」
慌てて、係員らしい男が合鍵を使って飛び込んで来た。妖鬼は取り敢えずマシンから降りて様子を見た。マシンから降りると警告音は消えた。
「いや、よく分からないんですが、突然警告音が鳴りだして」
「ランニングマシンの使い方は分かりますよね?」
「はい。小冊子を見ると、通常の単純な練習の場合、何もせずに単純に走るだけで良いと書かれています。あとはセンサーが自動的に走る速度を測定して動く、と書いてあったのでその通りにしたんですけど」
「へ、変ですね。何も間違っていない。あとはまあ、変な走り方をしたとか。例えばバーベルを持って走るとか。そういう場合は重量オーバーでブザーが鳴るんですが」
「いや、さっきも言いましたけど普通に走っていただけですよ」
妖鬼には何がなんだかさっぱりわからなかった。それは係員も同じである。
「おかしいですね。ああ、そうそう、たまにいるんですが、マシンの上で走りながらスキップするとか、ジャンプするとかするとやはりブザーが鳴るんですが」
「いいえ、単純に走っただけです」
「わ、分かりました。じゃあ、その、普通に走ってみて下さい。何か癖があるのかも知れません。ご本人がお気づきにならないような」
「分かりました。じゃあ、走ってみます」
妖鬼は普通に走ってみた。




