64 対決(1)
64 対決(1)
「ちょっと待ちな!」
混雑していた食堂での朝食も終わり帰宅しようと表へ出た途端だった。三十代くらいのちょっと怖そうな感じの男が妖鬼を呼びとめた。
「あんたが、妖鬼だよな」
「ああ、そうですが」
「みんなの迷惑になっているんだ、本土に帰って貰おうか」
「みんなの迷惑?」
「ああ、そうだ。警察がニ、三日中にこの島へあんたを捜しに来るそうじゃねえか。そうしたらこの島は大パニックだ。あんたばかりがお尋ね者じゃねえんだからな。
しかし今のところ警察が特にマークしているのはあんただけだ。そのあんたが警察に自首してくれりゃみんな大助かりなんだよ。あんたの爺さんも言っているだろう。
自首してくりゃ全力で弁護するってな。あんたの爺さんは億万長者なんだろう? だったら何も心配することは無いんじゃないか。さっさとこの島から出て行け!」
男の大きな声にたちまち人だかりが出来た。
「ちょっと、何言ってんのあんた。この人がここにいるのはこの島の幹部の人の命令なのよ。それに逆らう訳に行かないでしょう」
「うるせえんだよ。どうしても帰らないというのならこっちにも考えがあるぞ!」
男は凄い形相で、ウヅキと妖鬼を睨み、ポケットからナイフを取り出した。少し大きめの果物ナイフのようなやつである。
「ぎゃっ!」
一瞬の出来事だった。男はナイフを落としていた。ナイフを持っていた右手を左手で押さえて苦しんでいた。周囲のやじ馬には何が何だか分からなかったが、
『は、速い! 今のは妖鬼さんが何かこの男の右手にしたみたいなんだけど速過ぎて見えなかった』
ウヅキにはかすかに見えていた。
妖鬼は男がナイフを取り出した瞬間、ナイフを持っていた手を指一本でかなり強く突いていたのだ。一瞬で骨が砕けていた。だがその場で一番恐怖を感じていたのは妖鬼、即ちユキオ自身だった。
『何も考えずに反射的に行動していた。結果は適切だったと思うが、しかし、それは結果論だ。ナイフがおもちゃだったら? 今は殺意があったと思うけどもし、そうでなかったら?』
今朝の出来事を思い出した。
『はじけるバネ、ってこのことなんじゃないのか? うーむ、これは何だか恐ろしくなって来たぞ。それに何と言うのか、無性に戦いたくなって来ている。
何か口実が欲しい。そうだ、近いうちに警察が来るんだったな。人間相手に戦う訳にゃいかんけど、ロボット犬だったら? ………いや、まて、どうして俺はそう考えるのだ!』
「こっちです、この男性がナイフでこの人を刺そうとして逆にやられてしまったんです」
通報した者があって、数人のガードマン達がやって来た。
「ああ、お仕事ご苦労様です。私は格闘会四天王の一人ウヅキです。こちらは天下グループのお客様である、妖鬼様。この男が言いがかりをつけてナイフで襲って来たので、妖鬼様が身を守った。明らかな正当防衛ですわ」
ウヅキがすらすらと説明した。
「事情は分かりましたがここは野外ですし、大幹部の方がいない場合には詳しい事情を聞かなければなりません。こちらへ来て頂けませんか」
ガードマンも状況は承知しているのだが規則に忠実な男なのだろう。型通りの取り調べをするつもりの様である。
「いやいやその必要はありませんよ。私は四天王の一員でライガと申します。四天王二人の了承は大幹部の指令に匹敵しますよね。
私も先ほどから見ておりましたが、確かに妖鬼君の正当防衛です。この島に滞在しろと指令を受けている妖鬼君に、あろうことか、島から出て行けと言って、ナイフを取り出して脅したのですからね。みなさんも見ておりましたよね」
ライガはやじ馬達に同意を求めた。
「ああ、確かにそうだった」
「その通り、正当防衛だ。あのままだったら、刺されていたのに違いねえ」
多くの声はライガに賛同だった。ちょっと微妙だったと思った者達もいたが、
『四天王に逆らったら後が怖い』
最近の四天王の噂を聞きつけているので反論は結局、出なかった。
「ああ、そうでございましたか。それならばそのように処理いたしましょう」
実のところガードマンもほっとしている。妖鬼は四天王のうちの二人を倒している男である。しかも天下グループのいわば客人扱いなのだ。
『こんな重要人物に対して粗相があったりしたら、それこそリストラされかねないからな』
職務に忠実であったが、そうも思っていた。
妖鬼にナイフを向けた男は、骨折の傷みがひどいらしく、歩くのもままならなかったようで、結局タンカで医務室送りになった。怪我の治療後、殺人未遂の罪で本土へ強制送還されることになりそうである。
彼はもともと本土でも強盗殺人未遂で指名手配されていた男だったために、島に警察が来ることを極度に恐れていたのだが、かえって藪蛇になってしまったようである。
「あ、いや、その、助かりました」
妖鬼は一応ライガに礼を言った。
「いえいえ、お安いご用ですよ。ところでこれから何か用事がおありでしょうかな」
「いや、特には」
「そうですか、それでしたら、私に一手ご教授願いませんか。先ほどの男の右手を突いた早業。見事なものです。ウヅキさん、先ほどのあの素早い技、見抜けましたか?」
「あ、あの、右手に何かしたとは思いますがそれ以上は分かりませんでした」
ライガに聞かれてウヅキは狼狽したが、嘘の通じる相手ではないので正直に言わざるを得なかった。
「はははは、正直な人だ。しかし、あの場にいた他の人には恐らく何も分からなかったでしょう。やられた本人でさえもね。あれは、右の人差し指一本で、彼のナイフを握った親指の付け根の辺りを突いたんですね。
ちょっと気の毒ですが彼の手の骨は砕けていますね。当分物は掴めないでしょうが、まあ、自業自得ですよ。気にされることはありません」
ライガは妖鬼の早業を完全に見切っていた。恐るべき動体視力である。




