60 地下研究室(3)
60 地下研究室(3)
「これはあなたの知っている犬ですか」
「いいえ」
「これはあなたの部屋ですか」
「いいえ」
「ここはあなたの家ですか」
「いいえ」
「ここはあなたの家の庭ですか」
「いいえ」
「この人はあなたのお母さんですか」
「いいえ」
「この人はあなたのお父さんですか」
「いいえ」
どうやら妖鬼の、正確に言えば津下原陽気の、ペットや、家の周り、家族の写真等が次々に画面に映し出されるようである。当然ながら妖鬼の反応は殆どなかった。
その他に彼のクラスメート、知って居るはずの教師の写真などが多数映し出された。勿論本当に知らないのだから反応のしようが無かった。
「これはあなたのおじいさんですか」
「い、いいえ!」
唯一、強く反応したのはこれもユキオにとっては当然ながら、脳交換の張本人と思われる、津下原源内だった。が、その後、彼には意外な画像、と言うよりは数秒ずつの動画が見せられた。
「ここで刀を持っているのはあなたですか」
「いいえ!」
これは妖鬼様の動画その一の中のワンシーン。
「この画面に映っているのはあなたですか」
「いいえ!」
次は妖鬼様の動画その二の中のワンシーン。
「ここで妖鬼と言っているのはあなたですか」
「いいえ」
予想通り次は三番目の動画のワンシーンだった。前の二つは強く否定したがここの否定は弱かった。
『この三番目が一番信憑性がやっぱり高いな』
肯定的な気持ちになっているせいか反発心は少なかった。最後に、ウヅキ、ユキノ、タンポポ、ミソカ、ハヅキ、剛毅、武龍、ライガ、等、知って居て当然の比較的記憶に新しい連中の写真を見せられたが、試験者たちの予想通り反応はおおむね静かだった。
「ご苦労様。これで今日の調査の九割は終わりました。あとは最後の課題が残っているだけよ。それは別室でお願いするわね、ふう」
何故だかユカリは溜息をついた。
「どうぞこちらへ来て下さい」
例によってアンドロイドと思われる研究員が相変わらずの無表情で呼びに来た。
「さて、最後の検査か。やれやれ、ええっ!」
驚いたことに今度の部屋にはユキノがいた。部屋の中央に理髪店にあるような椅子が一つあった。
「えっと、今度の調査には私が協力するようにと言われています。どうぞここに座って下さい」
ユキノが形式ばった言い方をした。何かを隠しているらしいと察することは出来たが、それでも『心読み』はしなかった。ユキオは彼女を強く信頼していたからである。指示に従って、素直に座った。
「本当にごめんなさい。体を固定させて下さい。あの、決して殺すとかじゃありませんから」
「ガチャッ、ガチャッ、………」
両手首、両足首、首、腰、それらが金具で頑強に固定された。
「はははは、いや、参ったね。しかし俺はユキノさんを信じるよ。それで何をするんだい?」
「はい、今度の調査は、回復能力の実地試験なんです。それでこのことは他言無用にお願いします。それであの、とてもつらい実験なので、私とその、キ、キスをしながら実施したいと思います」
「はい? キスをしながら?」
ユキオには何の事だか分らなかった。
「それでは行きますので。あの、その前に、口内の消毒をして下さい」
ユキノはそう言うと用意していた口内消毒液を口に含ませて、容器に吐き出させ、自分も同様に口内消毒をした。
「は、恥ずかしいから、目をつぶって下さい」
「あ、ああ、しかし、キスって、まさか、あのキスか?」
ユキオは目をつぶりながらもまだ半信半疑だった。
「妖鬼さん、好きよ」
ユキノは耳元でそうつぶやくと唇を重ね合わせ、舌まで絡ませる濃厚なキスをした。ユキオは夢見心地になった。しかも今度は、
「ふふふふ、ちょっと、お腹を見せて下さい。あの筋肉の割れ目が私は好きなんです。でも、目を開けちゃだめですよ、これからいいことをするんですから」
そう言いながら、妖鬼の腹部を露出させた。
「わあ、素敵な筋肉ね、ごめんなさい!」
「ぐあっ! い、痛い! な、何をする!」
ユキノは隠し持っていたメスで妖鬼の腹部を横に十センチほど切り裂いたのである。傷の深さは一センチ余り。血がボタボタとあふれ出た。




