53 武龍(1)
53 武龍(1)
「今度はこれを着ていただきますわ」
浴室から戻った妖鬼にウヅキは何か嬉しそうに言った。
「へえ、こういうのがあるんだ。じゃあ、早速着替えて来るよ」
再び浴室の脱衣所に行って着替えた。形は似ていたが、それまで時折来ていたジャージよりずっとスリムな感じのものである。しかも軽くて動きやすかった。
「あら、なかなか似合っていますわよ。今度の試合は、正式なものだから、素足で戦うことになりますけど、宜しいかしら」
「ああ、別にかまわないけど。ルールはどうなんだろうね」
「ルールはいつもの様に首から上と股間への攻撃は認められないのだけど、関節技や寝技なんかもありますし、投げ技もあるので気を付けられた方が宜しいですわ」
「ああ、それは大丈夫。しかし審判とかはどうなるんだ?」
「主審はミソカさんです。その他にもう一人、副審が付きますけど、それはカエデさんが担当しますわ」
「カエデさん?」
ユキオはちょっと首をかしげた。初めて聞く名前である。
「はい。彼女は女子では私に次ぐ実力者ですわ。年は私よりかなり上で、上級者の指導係をしています」
「へえ、上級者の指導係ねえ。上級者と言うと?」
「余りはっきり言うのもあれなんですけど、この間私とやりあった人達は中級者なんです。上級者は当然その上で、その上に最上級者がいます。さらにその上が四天王ということになります。
ただ、めったに姿を現さない四天王をただのお飾りだと思っている人達もいて、その為にこの間みたいな変なことになったりしてしまうのですわ」
「成程ね、そんな事情があったのですか。ああ、しかしそろそろ時間ですね。行きますか?」
「はい」
二人が連れだって体育館に行くと、相手の武龍はとっくに来ていた。
「えいっ! はっ! とおっ!」
武龍のすごい気合いが道場中に響いていた。中央に大きなマットが敷いてあり、そこが試合場となるようである。そのマットの周りはぐるりと椅子が幾重にも取り囲んでいて、すでに多くの門下生たちが座っていた。
めったに見ることの出来ない、四天王の戦いぶりを見ることが出来るというので、椅子席の後ろには立ち見の連中も大勢いた。
「いや、お久しぶりです、ハヅキです」
「ああ、ど、どうも、久しぶりです。いや、それほどしばらくでもないですけど」
思いがけずパイロットのハヅキもやって来ていた。
「はははは、まあ、そう何日も経っていませんけど、しかしすごい人ですね。噂によれば、ウヅキさんが中級者相手に本気出したとか、そのウヅキさんが妖鬼さんにコテンパンにやられたとか。
四天王の強さを知らない連中が意外に多かったんですね。でも、妖鬼さんが四天王の一人に惜敗したとか、格闘会の連中の間じゃその噂でもちきりですよ」
「今日は面白い試合になりそうですわよ。ああ、そうそう言い忘れておりましたが、時間は無制限、勝敗は審判が決定します。そろそろ時間ですわね。妖鬼さん、ご健闘をお祈りしておりますわ」
「ああ、そうだな、じゃあ、ハヅキさん、それとウヅキさん、俺が伸びてしまったら介抱の方宜しくね」
「はい、任せておいて下さい」
「もう、冗談ばっかり。必ず勝って下さいよ」
「はははは、運が良ければね」
妖鬼とハヅキは冗談を言い合い、ウヅキは祈るような気持ちだった。
「それでは、制限時間なし、私が止めというまでは試合を続行すること。なお副審のカエデさんには不測の事態が無いように試合場の中にも外にも気を配って頂きたい」
「はい、確かに」
「それでは両者礼、始め!」
服装だけ見れば異種格闘技戦の様にも見える。武龍は構えもどこか中国風だし、服装も中国風な服である。一方の妖鬼はジャージの変形判の様な服。
二人とも空手や柔道などの道着とは全く違った衣装なので、何か映画のワンシーンのようにも見えた。しかも、最初二人は殆ど動かずにジリジリと間合いを詰めるばかりで、技を掛け合うことは無かった。
「えいっ!」
最初に仕掛けたのは妖鬼だった。得意の低い位置の回し蹴りから入ったが、これは武龍も警戒していて、難なくかわした。
「ほっ! はっ! たっ! ………」
妖鬼の単発の回し蹴りをかわした武龍は、凄まじいスピードの拳の連打を繰り出した。その中に蹴り技も加え、多彩に攻撃した。
「おおおーーーーっ!」
しかし、一発も当らなかった。妖鬼の動きは速い武龍のそれを、更に上回る速さだったのだ。二人の超高速の攻防は会場中を唸らせたのである。




