47 リング(3)
47 リング(3)
「バチッ!」
やや大きな音がしたが、
「オオーーーーッ!!」
リングの周囲に集まって来ていた、主に賭けをした連中がどよめいた。妖鬼がバトンの鉄球の部分を左の手の平で受け止めたのだ。
『高速回転だったけど、神経を集中すると回転の状態が良く見えたな』
剛毅の高速の攻撃をかわして来た経験があったからか、更に動体視力が良くなった様である。しかも、投げて来るかも知れないという予想はちゃんとしていたのだ。
これは恐らくテレビでプロレスの試合を沢山見ていた経験があったからだろう。プロレスは試合開始前に試合が始まるのはざらだし、物を投げつけることもあるからである。
「いててて、はははは、さすがに鉄製のバトンだ。手がしびれましたよ」
「く、くそっ!」
バトラーはしくじったと思ったが、しかし奥の手がある。今度は両方のポケットから長さが三十センチほどの小型のバトンを取り出して、
「バトンが一つとは言ってないからな!!」
叫びながら妖鬼に襲いかかった。妖鬼は両手に得物を持ちながら、すいすいと攻撃をかわしていく。
「卑怯だぞ! 止めろ!」
「マスター、これは反則だろうが。妖鬼の勝ちにしろ!」
妖鬼に賭けた連中が騒ぎだしたが、
「反則じゃねえ、バトンを使うとしか言ってねえから、これでいいんだよ! マスター止めるんじゃねえぞ!」
バトラーに賭けた連中が反論した。
「バチィッ!」
かなり大きな音がした。
「ぐうう、い、痛てえ!」
リング上ではバトラーが痛そうに顔をゆがめていた。妖鬼が得意の回し蹴りをお見舞いしたのだ。
「いやあ、蹴り技は使いたくなかったんだけど、両手がふさがっているので、止むを得なかった。ギブアップした方がいいんじゃないのか?」
「うるせえっ! これでどうだ、そりゃ!、そりゃ!」
今度はバトンを二本続けざまに投げつけた。
「おお、痛いな。ギブアップしないんだよね」
妖鬼は今度は胸で受け止めた。
『脚が痛くて投げる時に踏ん張りが効かないから、大した威力は無いだろう。バトンも一本目に比べるとかなり小さいからね』
そう思っての事である。実際予想通りだった。
「ガチャ、ガチャン!」
二本のバトンがリングの上に落ちて転がった。その瞬間だった。
「ドンッ!」
バトラーのみぞおちの辺りに妖鬼の前蹴りが突き刺さった。
「ウグエッ!」
バトラーは変な声を出して、ゆっくりと前へ倒れ落ちた。その日二人目の失神者である。
「タ、タ、タ、また、タンカだ!」
またも素早くタンカで医務室に運ばれて行った。
「えーっ、勝ったのは妖鬼君。勝利者賞として八万イエン、どうぞ。ああ、それから賭けに勝った人達は受付の所で配当金を受け取ってくれたまえ」
そこまではマイクを使ったが、その後はマイクなしで、妖鬼にしきりに話し掛けた。
「いやーしかし、妖鬼君はお強い。いや、強すぎますな。しかし、バトラー君も大人しくギブアップすればよかったのにねえ。どうしてああ意地を張るかねえ。
まあ、しかし、お陰様で稼がせて貰いましたよ。参考までに言っておきますと、私共の取り分と、あなたの取り分とは同額なのです。残りを配当金として分配するのですよ。
つまりは試合が多ければ多いほど私共は黙っていても儲かるという仕組みですな。ただ、余り強過ぎますと、やる相手がいなくなって困るのですがねえ。
前のカイザーも実はそうだったんですよ。賭け試合があいつの主な収入源だったのに、二十連勝以上してしまって、相手がいなくなって、むしゃくしゃしていたんでしょうな。ばくちは弱くて、………」
「あああ、まあ、また後で。ああ、そうそう、バンドをお返しします。それで、このバトンは彼に返しておいて下さい」
幾らでもしゃべるマスターに辟易してユキオはさっさと逃げ出すことにした。ユキノはいつの間にか姿を消していた。当番時間が終わったらしい。
『ふう、よくしゃべるマスターだ。ユキノさんもいないようだし、さて、病棟の方に戻るか?』
しかし、目がさえてしまって眠れそうもない。ぶらぶらしていると、
「あんた、ユキノの彼氏なのかい?」
そう声を掛けて来た者があった。小柄な中学生くらいの少女に見えた。
「一応断っておくけど、あたしはこれでも二十歳なんだからね。あんた、確か十八だったよね。テレビでやってたから知っているけど。恐ろしい人殺しなんだって?」
「いや、俺は誰も殺してないよ。それと、俺はユキノさんの彼氏じゃないよ。ちょっとした知り合いだけどね」
「ふーん、ほんとかなあ」
好奇心の強そうな目で妖鬼の目をのぞきこんだ。




