2 スイーツ研究所(1)
2 スイーツ研究所(1)
それから何日かして、家出騒ぎの波は表面上は収まっていた。丁度、その頃だった。ちょっと魅力的な内容のチラシが郵便受けに入っていた。
『えっと、新商品の開発の為に、無料の試食会を開催。スイーツをおひとり様三個食べていただいて感想をお聞かせください、だって。今日の十一時、場所は、スイーツ研究所か』
チラシにざっと目を通してから、
「母さん、これに行って来てもいいかな。年齢制限があって、十五歳から二十歳までの男性に限るって書いてある。どうして男だけなのか分からないんだけど、一応条件に当てはまっているし、い、いいよね……」
と、恐る恐る聞いてみた。
「いいけど、必ず帰って来なさいよ」
母はちょっと心配そうに言った。
「はははは、スイーツ三個くらいじゃ満腹にならないからね。昼食は食べるからね」
ユキオは母に心配させまいと、いかにも陽気に自転車で出掛けたのだった。
スイーツ研究所はユキオの自宅から自転車でニ十分ほどの、ややへんぴな山のふもと近くにある。三か月位前に建てられた平屋の純白の建物で、建設当初は何をする場所なのかよく分からなかった。
七月に入ってから、
「スイーツ研究所っていう看板が付けてあったよ。そばを通ると甘い香りがして来て、よだれが出て来るぞ」
などと、クラスメートが話しているのを聞いたことがある。噂で大体の場所は知っていたが、チラシに分かり易い地図が載っていて道に迷うことはなかった。
研究所に着いたのは十時半。鉄柵の門は閉じられていたが、その門の前に既に数十人の行列が出来ている。自転車を適当な場所に乗り捨てて慌てて行列に並んだ。
「中に入ったら、この用紙に必要事項を書いて下さい。印のつけてある住所氏名などは必須事項ですからね」
言いながら係員らしい若い男性が、行列を作っている若者達に用紙を手渡していった。若者の一人が疑問をぶつける。
「どうしてこんなに詳しく書くんですか、例えば血液型なんかは必要ないでしょう」
即座に係員は答える、
「より詳しいデータを集める為です。血液型は必須事項じゃないから書きたくなければ書かなくていいですよ。ああ、それと住所氏名は今回の試食は懸賞の抽選会にもなっていまして、当選者に通知する為に絶対必要なんですよ」
よどみのない返答に質問した若者だけでなく、その周囲の者たちも納得した。ユキオもその一人だった。
試食は野外で行われた。鉄柵で囲まれた研究所の庭にたくさんのテーブルとイスとが準備されていて、一度に五十人程が試食した。若い男性の係員が7、8人いて、スイーツを置いて回ったが、記念写真も丁寧に撮って回っていた。
スイーツはロールケーキとシュークリームとアイスケーキだった。デザインも洒落ていて、確かに水準以上に美味しかったので、
「うん、これはなかなかいける!」
そんな声が大半だったし、
「まともなスイーツがタダだから、止められん!」
そんな声も多く聞かれた。手渡された用紙に、テーブルに備え付けられているボールペンでみんな熱心に記入して、会場を後にしたのだった。
『いや、美味しかったな。満足、満足』
ユキオも大喜びで帰ろうとしたのだが、門の外にまだ随分行列があって、
『もう一度並んで、食べようかな……』
そんな誘惑にかられた。実際、ちゃっかり、そ知らぬ振りをして、もう一度並んだ連中がいるのに気が付いたのだが、
『いや、遅くなると母さんに心配を掛けるかも知れない』
と思って断念した。