18 再び逃亡(1)
18 再び逃亡(1)
さすがにロボット警察犬は速い。津下原陽気の体はユキオにとっては信じられないほど素早く動けたが、それでもその差はぐんぐん縮まって来て、あと、一秒で追いつかれそうだった。
ユキオは既にその時先行していた他の客に追いついてしまっていた。でっぷり太った数人の男や女達は、必死になって走っているのだが、彼らをユキオはすいすいと追い抜いて行く。
『あれ、急にロボット犬の足音が鈍くなったぞ。どうしたんだ?』
あれだけ速かったロボット犬だったのだが、何故だか肥満体の連中の後を追い駆けている感じなのだ。その間にユキオは次々に先攻の客や、従業員、更には屈強の審判員達さえも追い抜いて行った。
二百メートルほどの地下道を走り抜け、やがて突き当たった。そこには上りの梯子段があった。
「ここを上って下さい。空き地に出られますから、あとはご自由に逃げて下さい!」
一番先頭を行っていた足の速い屈強の男が、一度梯子に上って、出口の扉を開け、また降りて来て、二番目に到達したユキオに指示した。彼はそこにとどまって、なるべく多くの客たちを逃がす役割の様だった。
「ああ、分かった」
ユキオは夢中で梯子段を上った。地上部分はコンクリート製の小屋になっている。無論ドアの鍵などは開錠されている。
地上に出るとまだ辺りは真っ暗である。周囲を建物に囲まれているが、家数軒分の空き地になっていて、少し走ると、大きな道路に出ることが出来た。
『ふーっ、やれやれ、はあ、はあ、はあ、ふうっ、な、何とか逃げ切ったぞ! ……とにかく遠くに逃げないと。先ずは駅に行こう。タクシーがあればいいけど』
カジノから離れる方向に早足で歩いていると、タクシーが通りかかった。
『俺の顔は、帽子とメガネのこの顔はまだ公表はされていないはず。ロボット警察犬が追って来たのは、恐らく俺のにおいの後をつけて来たのだろう。大丈夫なはずだ!』
手をあげてタクシーに乗った。
「えっと、ちょっと遠いけど、スーパー新幹線の駅まで行ってくれる?」
「はい、あのう、大変申し上げにくいのですが、先払いはお願いできますか。遠方のお客様の場合は、最近決まった規則で、先払いになっているのですが……」
タクシーの運転手は言い難そうにしながら言った。高度なカーナビゲーションシステムの発達で、到着地点までの所要時間予測がかなり正確に出せるようになっていた。
その為、予想料金もかなり正確に出せる。タクシーを殆ど利用したことのないユキオにはその辺の事情は分からなかったが、
「ああ、いいですよ。幾らですか」
簡単に応じた。勿論もたもたしては、いられなかったからなのだが。
「三万イエンいただきます。到着した時点で、過不足の調整は致しますから」
「じゃあ、これ」
「はい、確かに。これは仮領収書で御座います」
「ああ」
簡単なやり取りの後、タクシーは一路スーパー新幹線ビッグシティ駅へ向かったのだった。
『しかしどうして、ロボット警察犬はスピードを緩めたのだろう? あと一歩で追いつけたはず。……そ、そうか。アシモフの三原則か!』
タクシーが走り出してからすぐに、地下道での出来事、特にロボット犬の不可解な行動について考えていたのだが、なぞは比較的簡単に解けた。
『三原則の一つにロボットは人間に危害を加えてはいけない、というのがあるな。あの状況じゃあ、太った連中に触れずにすり抜けることはまず不可能だったはず。
そうか、軽く触ることさえ出来なかったんだ。ふふふふ、そうか、そうか助かったな。いや、しかし待てよ。あいつらも駅に来ているんじゃないのか?』
ユキオはずっと以前にテレビでやっていたロボット警察犬の番組を思い出していた。ロボット警察犬が生身の犬より優れているのはそのネットワークにあるということを。
『普通の犬は、においの記憶はその犬だけのものだけど、ロボット犬はネットワークを通じて情報を共有出来る。一匹のロボット犬の情報は全てのロボット犬の情報になる。
俺を追いかけて来たロボット犬はまだ、あの地下道にいるかも知れないが、逃げられそうな場所にロボット犬が配置されていたら、……これはまずいぞ。しかしどこへ行けばいい? 空港はどうだ? はははは、誰でも思いつくさ。ううむ、駄目だな』
どこへ行ったらいいのか思い浮かばず、次第に近づいてくる駅が、自分の終わりを意味しているように思えてならなかった。
しばらくすると、夜が白々と明け始めた。目的地の駅は遠いけれどもはっきりと見えて来ていた。その時、
「あのう、申し訳ございません。もう間もなく三万イエン分が超過しそうなのですが宜しいでしょうか」
運転手は恐縮しながら言った。
「うーん、そうですか。じゃあ、済みません、三万イエン分の所で降ろしてくれませんか」
「あ、そ、そうですか。分かりました」
しばらくしてタクシーは停車した。駅までは二百メートルくらいあるだろう。歩けない距離ではないので、タクシーの運転手はさほど疑問を感じなかったようである。
「どうも有り難う御座いました」
「ああ、どうも」
ユキオはまたしてもラブホテルを探して歩き始めたのだった。




