12 カジノ(1)
12 カジノ(1)
ネットで調べておいたので、カジノの場所は直ぐに分かった。21世紀の大震災以来、世をあげての節電ブームが延々と百年以上も続いているので、極端に明るくは無いのだが、それでも周囲の明かりに比べればはるかに強く光り輝いている。
『へえーっ、綺麗なものだな。それに規模が大きい。確かカジノだけで三百メートル四方ぐらいあるんだよな。この中にうまく潜り込めれば、誰にもわかりゃしないんじゃないのか?』
しかし、その希望は直ぐに消え去ってしまった。まばゆいカジノの光のオブジェに見とれてしまって、しばらくは気が付かなかったのだが、出入り口に、警察官がいたのだ。
『うへ、かなりの数来ているな。残念だけど、これじゃだめだな……』
逃走資金調達の為に、カジノを利用する可能性のあることぐらい警察はお見通しだったのだ。各出入り口に、四、五人ずつも配置している。警察の必死さがよく分かった。
ユキオは悔しそうにしながら、暫くその周辺を歩き回っていた。今のところカジノ以外に行く当てはないのだ。
『堂々と入れば、警察官にも分からないのでは?』
そうは思うのだが、そこまでの度胸は持てなかった。
「だんな、訳ありですかい?」
ちょっと汚い感じの中年男が寄って来て、顔を向けずに、さりげなく呟く。
「ま、まあね」
ユキオはこんな怪しげな男と話をするだけでも正直怖かった。しかし、今更、どこへ逃げるのか。資金は既に90万イエンを下回っている。頻繁に着替え、頻繁に乗り物を利用する。ホテルは必ずラブホテル。一日に最低でも3万イエンは掛る。
『今のままじゃひと月も持たない! 何とかしなければ。何としてでも金を作らなければ!』
その必死の思いが今のユキオを支えている。普通なら絶対話したりしない男の話に耳を傾け始めた。
「公認のカジノじゃ、訳ありの旦那方は遊べない。誰でも遊べるいいところがあるんですがねえ。どうです、一緒に来て貰えませんか。訳ありの旦那衆や姉御さん方の集まる面白い遊び場があるんですよ。
うまくすりゃ、一晩で億万長者だ。なあに、下手をしたって、命のやり取りなんかありませんから。宜しかったら、あっしについて来て下せえ」
男の口調は常に独り言の様だった。お互いに顔を見合わせずに会話している。離れているとはいえ警官が見ているのだ。若造と怪しげな男が話し込んでいたのでは、疑われかねない。
「ああ、分かった。俺も金が欲しいからな」
若造と見破られない様に大人じみた言い方をしながら、ユキオも中年男のまねをして、独り言のように呟いた。男の少し後ろを歩きながら、心の声を聞いてみる。
『一人連れて行けば、一万イエン貰える。へへへ、これで今日一日は遊んで暮らせる。警察がカジノに張り付いてくれたおかげで商売大繁盛だ。当分食いっぱぐれはなさそうだぞ、へへへ……』
男の心からはこれから行くところが、どんなところなのかの詳しい情報はなかった。
『どんな遊びをするところなのかの情報は無いんだな。こいつは知らんのだろうな』
その辺で男の心の声を聞くのを止めて、周囲に気を配り始めた。何よりも怖いのは、いきなり警官に取り囲まれることだったが、幸いにもその気配はなかった。
カジノの周辺には、数多くの店が並んでいる。殆どがカジノに来たお客の為の遊び場で、一番多いのはお酒を出す店。その他に様々な店があったが、風俗店も数多くある。男が入って行ったのも、その風俗店の一つだった。
「おいおい、俺は女遊びに来たんじゃないぞ」
ちょっと慌てて言った。
「へへへ、あっしだって、ここにゃ用はないんですが、ここを通らないと入れないんですよ。まあ、一種の目くらましですから」
「ああ、そうなんだ」
ちょっと安心した。ただ、そこに入ると、何やら悩ましげな声がかすかに聞こえてきて、かなりドキドキしたが、気取られまいと、出来るだけ平静さを装った。
店の通路を通って、一番奥に行くと、外に出る非常口がある。男はそこのドアを開けてさらに進んで行った。その先にこじんまりとした三階建のビルディングがあり、その玄関の前には屈強そうな男が一人立っていた。
「お客を一人連れてきましたぜ。駄賃をお願いしますよ」
「ああ、ちょっと待ってろ。……お兄さん、ここに入るには最低でも十万イエンは必要なんだが、あるかい?」
「ああ、あるよ」
「申し訳ないが、ここで支払ってくれないか。ここにチップが十枚ある。一枚一万イエンに相当する。どうする、まあ、別に、今日やらなくてもいいんだがね」
「いや、今払うよ。どうしても金が欲しいんだ。儲けられるんだよね?」
「ああ、勿論だ。腕が良けりゃだがな」
「いち、に、さん、……」
ユキオはポケットから札を取り出して、一万イエン札十枚を男に手渡した。引き換えに男からチップ十枚を受け取った。男は受け取った十万イエンの中の一枚を取り出して、
「ほれ、駄賃だ。遊んでないでもっと客を引っ張ってこいよ」
慣れた感じでそう言った。
「へいへい、じゃあね」
中年男はにやにや笑いながら帰って行った。
「それではこちらからどうぞ」
奇妙なことだったが、屈強そうな男がユキオを案内したのは、ビルの裏側からだった。
「あれ、こっちは裏口なんですよね」
「はい、皆さんそうおっしゃいます。しかし、こっちが本当の玄関なのですよ。向こうは、表向きの家業の、まあ飾りみたいなものでしてね。それでも一応堅い貸金業を致しております。
お金がお入り用なときは是非、当店をご利用下さい。無担保なうえに、ちゃんと法定利息でお貸しいたしますから。本当で御座いますよ」
男は顔に似合わず、なかなか弁が立った。
「ガチャリッ」
男が玄関の重厚そうな鍵を開けると、
「いらっしゃいませ」
中からドレス姿の美しく着飾った若い女性が現れた。相当の美人だった。
「さあ、どうぞこちらへ」
女は声も綺麗である。
「あ、ああ」
ユキオは何とか返事をしたものの、
『綺麗過ぎる。何かとんでもない所に来てしまったんじゃないのか。こいつはかなりヤバイぞ!』
美女の後ろを歩きながら、出来れば逃げ出したい気分だった。




