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 116 準備室(2)


                  116 準備室(2)


 翌日の朝早く、ユキオはトレーニングジムに行った。パワーは以前にも増してみなぎって来ている。体を動かさずにはいられないのだ。

 しかしその途中で部屋の中から何やら話し声が聞こえて来た。いや、本当は声は聞こえて来ていない。『心読み』の網に引っ掛かる『心の声』が聞こえて来たのである。

 ただ突っ立って聞いていたのでは怪しまれるので、自販機でコーヒーを買い求めた。ごくゆっくりとコーヒーを飲みながら歩きつつ、『心読み』を続けた。

 行き過ぎそうになると、ターンして反対方向に歩き、またターンして歩き、を繰り返した。今回の『心読み』は喋りそのものを聞いている。


「天涯ユキオ、彼がロボット犬3体を倒したのは本当かしらね?」

 優華の声である。

「そうかな。俺はそれほどの奴だとは思わないな。力はあると思うけどさ」

 竜一は相変わらずお調子者っぽい言い方をする。  

「力だけではないわ。昨日、木野神君が殴りかかった時、手の平で簡単に受け止めたけど、それだけじゃない。左手に持っていたコーヒーカップが全く揺れていなかった。あれは人間業じゃないわ」

 今度の声は秋美である。


「そんな、俺は冗談に殴りかかっただけだし」

「嘘を言うな! 本気だったでしょう!」

「す、すんません、本気でした」

 竜一は相変わらず優華には頭が上がらない様である。

「これは噂なんだけど、暴走族の紅サソリ団を全滅させたのも彼じゃないかって聞いたんだけど」

「ああ、それはあたしも聞いた」

「ふん、たかが暴走族の5人や10人。俺だって能力を使えば、軽い軽い!」

『能力? 何のことだ?』

 ユキオは彼らが常人ではないらしいことを感じた。


「紅サソリ団は拳銃を三人が持っていたのよ。あんたのプラズマ砲じゃ一人は倒せても3人は無理よね」

『プラズマ砲?』

「私のサイコキネシスを使っても3人は重荷だわ」

『サイコキネシス! 秋美さんは念動力が使えるのか!』

「まあ私の超速移動でも2人倒すのがやっとね。私達のうち2人以上が力を合わせないと彼らは倒せない。ロボット犬3頭も同じ様なものだわね。

 という事は、もし本当に紅サソリ団を彼一人で倒したんだとすると、私達三人が力を合わせて、やっと彼を倒せるかどうかというところね。

 本部もそれを知って私達を一緒に派遣したんでしょうね。三人が力を合わせない限り彼には勝てないことを知ってて」

『へえ、優華さんは超速移動が出来るんだ。三者三様の超能力使いか。いやはや驚いたね。ふうん、おっと、コーヒーが無くなった。情報有難うよ!』

 コーヒーも無くなったし、廊下に余り長くウロウロしているのも怪しまれると思って、そこで『心読み』は打ち切った。それからレストランで軽めの朝食をとりスポーツジムに向かった。


「えいほっ、えいほっ、えいほっ、………」

 小声で掛け声を自らに掛けながら、ランニングマシンで1時間ほど走った。早朝は余り人が多くなかったが、それでも人が見ている時にはゆっくりと走り、人目が無い時には高速で走った。

『優華さんの超速移動、どんなスピードなんだろう? 竜一君のプラズマ砲? どんなものなのか見当もつかないな。しかし一人は倒せても3人は無理と言っていた。

 割合単調な攻撃なんだろうな、威力はあるんだろうけど。しかしサイコキネシス使いが本当にいるとはね。秋美さんはちょっと不気味だな』 

 走りながら、三人の超能力者の事をあれこれ考えていた。走った後はベンチプレスをしたが、これも人目のある時はゆっくりと、人目が無い時には高速で上げ下ろしをした。


『待てよ、確かプールもあるはずだよな。カリキュラムの中には水泳も含まれていたはず。ワンピース型の水泳着を買っておこう!』

 ベンチプレスをしながら、頭の中は水泳の事ばかりになっていた。ベンチプレスも1時間続けたが、それが終わるとすぐプールを目指した。


「3000イエンになります」

「それと耳栓とゴーグルも下さい」

「全部で5000イエンですが」

 ユキオはプール側の売店で待望の男性用のワンピース型の水泳着などを買って早速着替え、久々のプールに飛び込んだ。50メートルプールが二面あって、初・中級者用と上級者用に分かれている。


「まあ、久しぶりだから、初心者用にするか」

 初・中級者用はコースを隔てるロープが無く、自由に泳げるようになっている。ただかなり混んでいて、泳ぎにくかった。 

『あれ、随分速いな?』

 久しぶりに泳いでみると、以前とは比べ物にならないほど速く泳げることに気が付いて、すぐ上級者用に切り替えた。


『さすがに皆速いな』

 上級者用はコースロープが張ってあり、50m用、100m用、200m用、400m用、800m用、1500m用、遠泳用とコースごとに泳ぐ距離が別々になっている。

 係員が何人かついていて、決められた距離以上泳がない様に見張っていた。一人が独占しない様に監視しているのである。 

 コースは後二つあるのだが、これは競技用で二人で競争する場合に使われる。遠泳用と競技用は係員にあらかじめ申し出て、許可を得てから使うことになっていた。

『ううむ、俺の実力が分からないな。係員に聞いてみるか』

 自分の実力がよく分からなかったので、取り敢えず係員に聞いてみることにした。


「あのう、さっき初心者用で泳いでみたんですが、意外に速かったんでこっちに来たんですけど、どうも自分のスピードとかがよく分からないんですが………」

「ああ、そういう場合は競技用で一回泳いでみられると良いですよ。まあ、100m泳いでみれば、分かりますから」

「でも、俺一人なんで、競争する相手がいないんですが」

「心配いりません。こういう時の為にインストラクターがおりますから。ええと、ちぎりさん、出番ですよ」

 係員はインストラクターを携帯電話で呼び出した。少し時間をおいてからやって来たのは女子の水泳インストラクターだった。

 体が大きく分厚い胸板。如何にも速そうである。しかし契は無表情で、殆ど喋らなかった。この仕事がつまらないのだろう。


「それじゃ用意スタートで100メートル泳いでみて下さい。契君は平泳ぎですが、自由形で勝てれば、まあ、相当の水準とみていいでしょう。ターンとかは出来ますよね?」

「ええ、まあ、何とか」

「それじゃ、用意、スタート!」

「ザブンッ!」

「ザブンッ!」

 ユキオはスタートで出遅れた。そもそも水泳競技など殆どやった事がなかったからである。しかし、ユキオのクロールは恐ろしく速かった。 

 25メートル付近で並び、ぐんぐん差が付いて行く。ターンは下手くそだったが、大した影響もなく、結局、20m以上の差をつけて圧勝した。


「は、速い! 一応タイムを計ってみましたが49秒台ですよ。オリンピック級だ。粗削りな泳ぎだから、鍛えれば、本当にオリンピックに出られますよ。いや驚いたな」

「ちょちょっと、あんた本当に、素人なの? も、もう一度お願いします。今度は全力のクロールでやってみたいんですけど、山岸さん、良いですよね?」

 契は大差で負けたことが余程悔しかったのだろう。本気になっている。さっきまでの無表情とは別人の様である。


「まあ、別に構わないけど、そのこちらはえっと、何さんでしたっけ」

「ああ、俺は天涯ユキオです」

「天涯さんですか。その天涯さんは、宜しいですか?」

「ふうん、良いんですけど、今度はもう少しスピードを出しますけど、良いんですか? さっきは本当に久しぶりだったから、イマイチだったんだけど、本当に良いんですよね?」

 ユキオはわざと負けようかとも思ったが、相手が真剣なのでわざと負けては失礼だと感じた。結局もう一度今度はコースを入れ替えてユキオが一番端のコースで泳ぐことになった。


「位置に着いて、用意、ビーーーッ!」

 今度は前より本格的に、スタートも競技用の音を使用し、タイムも競技用の正式タイム測定に変えて行った。

「ザッブンッ!」

 今度はスタートが揃った。契は全力で泳いだが、ユキオはグングン加速し、先ほどとは比べ物にならないほど速い。ただ、ターンは相変わらず下手くそだった。

 そこでもたついているうちに、若干追いつかれたが、ターンした後はもうぶっちぎりである。さっきより差は縮まったが、17メートルの大差でやはりユキオが勝った。


「あわわわ、よ、45秒そこそこですよ。ターンのもたつきが無ければ43秒台も夢じゃない。今のタイムは非公式だけど、計測は本格的にやってますから、事実上の日本新記録ですよ。いや、たまげたな」

「ちょっと、その水着を見せてくれないかしら。タイムの速くなる特殊水着じゃないの?」

 契は信じられなくて特殊素材の水着だと思った様である。

「さあ、良く分からないですけど、そこの売店で買ったやつですよ。まずかったですか?」

 ユキオには特殊水着かどうかなどよく分からなかった。


「やっぱり、どうりで速い訳だわ。そこの売店は客商売だから少しでも速く泳げる水着を勧めるのよ。あなたそれを知ってたんでしょう?」

「うーん、じゃあ、まあ、俺の負けという事にしておきましょう。俺はただ泳ぎたかっただけですから」

「あなたは良くても私が困るんです。インストラクターがど素人に負けたんじゃシャレになりませんから。もう一度勝負して下さい、水着は私が用意したのを着て下さい」

「それはお断りします。俺はこのワンピース型の水泳着が気に入っているんですから」

 ユキオはきっぱりと断った。勿論、背中が見えるタイプのものは入れ墨が見えて困るからである。


「な、何ですって! そ、そうなの。じゃ、じゃあ、タイムを換算するけどそれで良いかしら」

「ハイ別にそれで良いですよ」

「とすれば45秒を0.8で割って、56.25秒。私の方が勝っているわね」

「はい、それで別に構いません」

「しかし、0.8で割るというのはちょっとねえ」

 山岸がクレームを付けた。


「どうしてですか。特殊水着は最大20パーセント位スピードアップすると言われているんですよ。当然、最大スピードアップしたって考えるべきでしょう、不正行為なんだから」

 契は余程負けず嫌いなようである。

「いやね、ここの売店で売っている水着にそこまでのパワーはありませんよ。幾らの水着でしたか?」

「確か3000イエンだったと思いますが」

「ああ、それじゃ全然。せいぜい5パーセントですよ。ここの売店で売っている一番高い奴でもせいぜい10パーセントのスピードアップです。

 20パーセントなんてとてもとても。契さん、言いたくはないですが、あんたの完敗ですよ。この人はまだまだ速くなりそうだ」

 山岸にそう言われても契はまだ納得していなかった。


「あなたはワンピースタイプの水着が好きだったんですよね?」

 なおも食い下がって来た。

「はい。背中に大きな傷があるのでそれを見られたくないんですよ。分かって貰えますか」

 少し嘘をついたが、いい加減解放されたくてそう言った。

「分かったわ。それじゃ、ワンピース型の標準水着にして下さらないかしら。それでもしあなたが勝ったら、その水着は差し上げますわ。

 ただし今度は距離を1500mにして下さい。私は本当は1500mが一番得意なんです。短距離は元々あまり得意じゃないものですから」

「契さん、お客様に失礼ですよ。いい加減にしてくれませんか!」

 係員の山岸が切れてしまった。

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