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 115 準備室(1)

 

                   115 準備室(1)


「へえ、一人一部屋なんだ。おっ、意外に広いぞ」

 その一帯は幾つものビル群があって、しかも、それぞれが通路で繋がっている。外に出なくてもすべてのビルの行き来が出来るようになっていた。

 ユキオが入った準備室は正確に言えば、火星旅行の為の準備棟の一つの、居住区と呼ばれる部分である。個室の数は数百はあるだろう。それでも全体から見ればごく僅かである。

 広いスペースポートの敷地の一角に、こじんまりと固まっている様に見えるのだが、全体が大き過ぎるので小さく固まっている様に見えるだけで実際はやたら広く大きな建物ばかりだった。

 係員の分も入れれば数百人分の宿泊施設な訳だが、その割には個室はビジネスホテル等とは比べ物にならないほど広々としている。


「わおっ! 風呂も立派だ!」

 キミエと離れて内心は寂しかったのだが、ゆったりしたスペースのお風呂に入って、かなり気分はほぐれた。

「えいっ! えいっ! えいっ! ………」

 そこでもユキオは肉体の鍛錬に余念が無かった。特に今度の使命は重要である。

『ゾンビ退治に、ヤセールグループとの対決もあるかも知れない。ロボット犬とは真面まともにやり合っていない。

 たまたまタンポポとキミエに飛び掛かって、俺の前を通り過ぎたからうまく倒せたんだけど………。いずれにせよ何があっても良い様に鍛えておかなければ』

 一時間余りトレーニングしたところで空腹を感じたので、後は普通に風呂に入った。部屋の片隅にあるデスクの上には、様々な小冊子があって、レストラン関係のものもあった。

 

『レストランは24時間営業なのか。そりゃそうだな。早朝に出発する人もいるし、夜に帰還する人もいる。そういう人達の食事となると、確かに深夜ということも有り得る。

 おっと、その前にニュースを見ておこう。菅凪さんから聞いた時はちょっと驚いて声が出ない感じだったけど、まさか飛行船に乗ったのが全員アンドロイドだったなんてね』

 ユキオは菅凪に耳打ちされた時の衝撃を覚えている。


「大惨事が起きました。太平洋の真っただ中、天国島の数多くの指名手配犯を乗せた飛行船が原因不明の火災を起こして墜落。殆どが海底に沈没してしまいました。

 夕方までの捜索では一人の生存者も見つかっておらず、乗員・乗客合わせて125名全員が死亡したものと思われます。なお、客室は深さ数千メートルの深海に沈んだものと思われ、引き揚げ作業は困難を極めそうです。

 今現在は夜になりましたので、引き揚げ作業や遺体の収容などは明日以降に持ち越されそうです。なお墜落海域には台風の接近が予想され、作業はさらに遅れるとの見方もあります」

 ニュースは菅凪の言った通りになっていた。


『しかし本当にアンドロイドなんだろうか。さっきのニュースだと125名が死亡したと言ってる。もし一体を作るのに一億イエン掛ったとすれば、125億イエン掛ったことになる。

 す、凄い額だぞ。その他に飛行船もとなると200億イエン以上だ。ふう、そこまでやるか? ううむ、どうなんだろうな。

 しかし菅凪さんの言う通り、太平洋のど真ん中で墜落したし、一つも遺体が上がらないという予想も当ってる。ううむ、ユキノさんに、いや、優雅さんに会いたい。会えれば間違いがないことが分かるんだがな』

 気分は憂鬱だったが空腹には勝てずに、係員の指示通り用意された服を着て、レストランに向かった。


『天国島と同じように、基本の食事は無料で、追加分は料金を支払うシステムなんだな。まあ。とてもじゃないが通常の定食だけじゃ足りないな』

 そう思って、定食の他にラーメンと、餃子三人前を追加した。一人で黙々と食っていると、

「ここ座って良いかい?」

 と、一人の青年が向き合って座って、定食を食べ始めた。ユキオは良いとも何とも言わなかったのだが、青年は美味そうに定食を食べている。彼も服装は準備された制服らしいものを着ていた。


「ふう、食った。あとはコーヒーでも追加するか」

 ユキオはちょっと無礼な青年を無視して、コーヒーを追加して無言で飲み始めた。

「おい、ちっとは何か喋れよ」

 青年は定食を食べ終わるとそう言った。

「あんたに言う事は何もない。俺はそこに座って良いとも何とも言って無いんだからね。それを無視したから、まあ、俺も無視のお返しをしたまでだよ」

「はっ!」

 男はいきなり殴りかかって来た。

「痛ててててっ!」

 男の拳を手の平で軽く受け止めて、少し力を込めて握った。それでも数百キロの力で締め付けられている。その気になれば青年の拳の骨を砕くことも出来るがそこまではしない。

 ただ周囲の者が、特に多少格闘技の心得のあるものが驚いたのは左手でコーヒーカップを持っていて、そのカップの中のコーヒーが殆ど揺れていなかったことである。


「ま、参った。は、離してくれ!」

 青年はたまらずギブアップを宣言した。ユキオはゆっくりと手を開いた。

「うううっ、酷いじゃないか、冗談だったのに全力で握るなんて」

 青年は自分の無礼を棚に上げて言った。

「いや、軽く握っただけですよ。全力で握ったら骨が砕けます」

 ユキオは平然と言った。

「はははは、ま、まさか」

「疑うんだったら、もう一度やってみますか?」

「いや、それには及ばない。俺は木野神竜一。あんたと同じ、検査免除組だ。あ、あの、俺の彼女を紹介しておくよ。向こうに座っているのが俺の彼女の九頭優華。

 その隣が優華の友人の鯉野秋美。あんたも含めて全員検査免除組。という事は特に優れた能力を持っていて一定以上の組織の紹介があった者、あんたもそうなんだろう?」

 竜一は彼女とその友人を紹介したのだが険しい顔で九頭優華がやって来た。彼女もその友人と紹介された女性もやはり制服らしいものを着ている。余り色気のないつなぎ服の様な感じのものである。


「ちょっと、私がいつからあんたの彼女になったのかしら? ふざけないでよね!」

 そう言うなり、平手が竜一の頬に飛んだ。

「バシィ!」

「痛ってえ!」 

 竜一はとんだお調子者の様である。

「あのう、私は、鯉野秋美です宜しく」

 優華の後に付いて来た秋美は、ぺこりと頭を下げて自己紹介した。

「ああ、えっと、天涯ユキオです。宜しく」

 頭を下げられて自己紹介されては無視する訳にもいかず、ユキオも挨拶した。

「あのう、私は、こいつが言った様に九頭優華です。宜しくね」

「ああ、天涯ユキオです宜しく」

「それにしても、俺ら以外に検査免除組がいるとは思わなかったな。あんた、どこの会社のものなんだい? それともあれか政府関係者か?」

「いや、特に名乗るほどの者ではないですよ。そういう推薦があったというのは初耳です。ただ単に火星に行けと言われたのでそうしているだけですから」

 ユキオは特に名乗る必要もないと感じたので天下グループのことは言わなかった。


「ふうん、私達はヤセールグループの者なんだけど、あなたは、まさかひょっとして天下グループの人?」

「はははは、まあ、そういう事になりますね」

「な、な、な、何だって!」

 竜一は大きな声で叫んだ。一瞬他の食事中の連中も一斉に声の主を見た。しかし、すぐ視線を逸らした。のっぴきならない状況になりつつあるようなので、急いで食事をして、我先にと自分の部屋に戻り始めた。


「あのう、火星の何処へ行かれるんですか? それとも言えませんか?」

 秋美が落ち着いた様子で聞いた。

「ツゲールと聞いていますが」

「やっぱり。それじゃあ、あんたがあたしらの間で有名になっている、化け物って訳ね」

「化け物ですか? その理由は?」

「ロボット犬3頭をぐちゃぐちゃにした化け物じみた奴がいるって聞いていたんだ。天涯ユキオ! やっぱりお前の事だったんだな!」

 竜一は確信して言った。


「やっぱりって言うと、最初から知っていたんだ。どうしてそう言わなかったんだ?」

「化け物っていうのはもっとこう、恐ろしい感じの奴だと思っていたからさ。エイリアンみたいなというか、体ももっとごつくて身長も2メートル以上ある。

 そういう奴を想像していたから、こんなちっこい奴だとは思わなかった。だから確かめていたんだよ。本当に凄いかどうかな。要するに猫を被っていたんだな。やい、正体をあらわせ!」

「はははは、参りましたね。これ以上正体をあらわせと言われてもねえ。ここで決着をつけるんですか? 俺は出来れば火星に行ってからにしたいんですけどね。

 俺は火星に行ってゾンビ退治をしろと言われているものですから。出来れば、火星に行ってゾンビ退治をした後で、あんたらと決着をつけたいんですが」

 ユキオは自分の使命をすっかり暴露した。


「ちょっと待って。あなたゾンビなんて本当にいると思っているの?」

 優華が憐れむような顔で言った。

「正確に言えばゾンビじゃないですよ。ヤセールを飲んで骨と皮ばかりになって、まるでゾンビみたいな外観の病人の事です。火星ではその連中が手におえない状態になっていると聞いています」

「あはははは、これだから天下グループは、ふふふふ、あなたは騙されているのよ。私達は毎日の様にヤセールドリンクを飲んでいるのよ。   

 ご覧の通り何ともないわ。可哀そうにあなたも被害者なのね。天下グループの幹部連中にそう言われて信じ込んでしまっている哀れな被害者なのよ」

 優華は優越感に浸っている様である。


「俺に言わせると騙されているのはあんたらの様な気がする。どうだろう、火星に行くまで休戦にしないか。そして、俺の言う事が本当か、それともあんたらの言う事が本当か。

 ツゲールへ行って確かめてみたらいいと思うんですが。もし俺が間違っていたら、俺はヤセールグループに加担することにする。

 しかし、もし俺の言う事が正しかったら、あんたらは天下グループに加担する。この条件でどうでしょう。そうすれば無駄な争いはしなくて済む」

「はははは、大した自信だな。しかし、そんなまだるっこしい事をする必要はない。俺達の使命はあんたを葬り去ることなんだからな。優華、秋美、ここでやるぞ!」

「じゃかましい! あんたに呼び捨てにされる筋合いはない! 天涯ユキオ君、あんたはゾンビの事を本気で信じているんだ」

「はい、信じるに足りる複数の証言を得ていますからね。しかもそれを言ったのは別に天下グループの幹部じゃありません。ヤセールグループの一員だった人もいるのですよ」

「へえ、それは初耳ね。良いでしょう、そこまで言うのなら、火星へ行ってツゲールでお会いしましょう。きっとあなたは騙されていることに気が付くわよ」

 優華は自信満々である。ただ、秋美は一言も言わなかった。竜一は不満そうだったが優華には逆らえない様である。

 その場はそれで収まった。四人全員が火星のツゲールシティに行って、ゾンビの話が本当かどうか確認することで折り合いがついたのである。

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