114 南端島(4)
114 南端島(4)
「こちらは、天国島上空からの中継です。最近、殆ど人影の無かった天国島ですが、今日は次々と建物の中から人が出て来ております。
残念ながら私共報道関係のヘリコプターは着陸出来ません。許可して貰えないのですが、しかし、ある程度までの低空飛行ならば可能です。
現在何人ぐらいの人が出て来たのでしょうか、ざっとですが百名は超えていると思われます。えっと、はい、今、天国島から連絡が入りました。
一部のコースを開ける様にと指示が来ております。それとこれはまだ未確認の情報なのですが、本土の方から、飛行船が飛んで来ております。
ああ、どうやら間違いございません。肉眼ではまだ、あっ、見えました。ここからですとごく小さいのですが、巨大な飛行船が接近しつつあります」
テレビのニュースは天国島上空からの中継だったが、多くの人が建物から出て来ている様子が望遠レンズで捉えられていた。
「ああ、確かに飛行船ですね。ひょっとして飛行船で島の人達を運び出す積りなんですかね」
ユキオは常識的に考えられることを言ってみた。
「はははは、確かにそうなのですが、それだけでは無意味です。まあ、もう少し見ていて下さい。ああ、もう飛行船がかなり大きく見えてきましたよ」
菅凪の言う通り、巨大な飛行船はもう肉眼でその大きさが見えるほどになって来ている。天国島から数百メートルくらいの位置に到達したのだろう。
「いよいよ、天国島上空に巨大な飛行船が到達しました。どうやら着地するようです。着地と言いましても、飛行船の場合は、空中に浮いたままの状態でロープで固定するものと思われます。
ああ、地上に何か、恐らく飛行船の乗り込み口の様なものでしょうか、そういう形態の車が配置されました。それと飛行船から何本かのロープが垂らされました。
もう間違いありません。外に出て来た人達が、乗り込み用の階段を上っています。飛行船の乗り込み口と、地上のそれとがきっちりドッキングされました」
「いよいよ乗り込むみたいね。乗り込んだ後、何処へ行くつもりなのかしらね。海外にでも逃亡する積りなのかしら?」
キミエにも天国島の幹部達が何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「現在、飛行船に天国島の住人が次々に乗り込んでおります。な、何と驚いたことに乗り込む人達の実名と顔写真が報道局に送られて参りました。
これは驚きました。私ども、プライバシーに配慮して乗り込む姿は、特に顔にはモザイクなどを掛けて特定出来ない様にしておりましたが、これでは意味がありません。
本人の同意が得られたものとして、素顔をお見せいたします。一部ビデオでお送り致します。係員が先頭で、次の女性が指名手配犯の女性と思われます、天高山優雅、次が………」
「あああ、ユ、ユキノさん!」
望遠レンズで捉えられた係員の後に続いて、真っ先に飛行船に乗り込んだのは、紛れもなくユキノだった。
「ユキノさんて、本名が、天高山優雅と言うのね。でも驚いた、どうしてこんな事をするのかしら。わざわざ本名を発表するなんて。全く理解出来ないわ」
キミエは首を傾げた。ユキオは天下グループ幹部達の本心が知りたかったがそれでも『心読み』は控えた。
『ふうん、何かありそうだな』
そのユキオの勘は恐らく当たっているのだろう。菅凪は相変わらずニヤニヤしながら見ている。20分ほどで百人余りが乗り込んだ。
最後も係員が一緒に搭乗してドアが閉められ、繋ぎ止めていた数本のロープが解かれて、飛行船はゆっくりと上昇して行った。
幸い風は殆ど無く、飛行船は天国島の上空でその場で180度回転し、進路を本土に戻し、ゆっくりと進行し始めた。
進行し始めるとぐんぐん加速して、間もなくその巨体が見えなくなった。こうして天国島からのニュースショーは一時間ほどで幕を閉じた。
「まずは第一段階終了だ。うまくやれよ」
菅凪は独り言のように呟いた。
「何をうまくやるんですか?」
キミエは腹立たしげに聞いた。何か大きな秘密を隠しているらしい菅凪に、ちょっとムカついている。
「まあまあ、キミエさん。これからスペースシップ準備室へ行きますよ」
菅凪は実に落ち着いている。
「スペースシップ準備室?」
ユキオは初耳である。
「準備室? 宇宙旅行の準備をする部屋?」
キミエも聞き返した。
「はい。南端島に行く期日を厳しく守らせたのは、準備室に入室出来る最終期限が明日の午前中までだったんですから。今日中に手続しておけば万全です。さあ、行きましょう」
スペースシップのゲートまではそこから歩いて30分ほどの所にあった。しかしキミエは不満だった。
「今日は結構歩いているし、タクシーとかで行けばいいのに」
それに対して菅凪は待ってましたとばかりに説明する。
「もう、既に我々は準備に入っているのですよ。ここを歩いて行けない様では火星旅行者、特に長期滞在者としては失格なんですよ。まさか、天涯さんだけ歩かせて自分はタクシーで行くつもりじゃないでしょうね」
「歩くことがテストなんですか?」
ユキオは不思議に思って聞いてみた。
「はい。とかく車に乗りたがる現代人への戒めとして、ここを歩くことが義務付けられているのです。宇宙旅行はハードですからね。月ならいざ知らず火星ともなると相当にハードですから、これくらい歩けなくてはね」
「わ、分かりました。あ、歩きます、タクシーは要りません」
菅凪に言われて、慌てて言った。
「先ずはこのゲートを通らなくてはなりません。このカードをお持ち下さい」
菅凪はキミエとユキオにカードを渡した。カードを提示するとあっさりと通れた。
「それではここからは、期間が過ぎるまでは戻れませんので。もうカードは必要ありませんし、紛失してもまずいですから、返して頂きます」
菅凪は二人からカードを受け取ると、
「さて、ここまでで私の役目は終わりです。それと、間もなくニュースが入ると思いますが、例の飛行船は間もなく墜落します」
「な、何だって!」
ユキオは青くなった。
「ですが、………」
菅凪はユキオに耳打ちをした。ユキオはうんうんと頷いた。それからキミエにユキオが耳打ちをした。
「ええっ、そうだったんですか」
「ですから心配いらないのですよ。ああ、キミエさんは、準備室を終了したら、先ほどのホテルのロビーに来て下さい。今後の事をお話し致しますから。それでは、しばらくの間さようなら」
菅凪は手を振ってゲートから外へ出て行った。ユキオとキミエも手を振って別れを告げた。二人の次の行先はゲート内の準備室と大書きされた白亜の建物へ行くことである。
「ふう、なんて広いんでしょうね。準備室まですぐそこに見えたのに、30分掛ったわ。今日はとことん歩かされるのね」
キミエはやっぱり不満そうに言った。10月下旬とはいえ、ここは南国。野外はやはり暑いのである。暑いのが苦手なのだろう。間もなく準備室の中へ入ると、すぐ受付があった。
「火星旅行希望の天涯ユキオです」
「付添いの深里キミエです」
名前を告げると、
「はい、お待ちしておりました。どうぞ中へお入り下さい。中へ入ったら係員の指示に従って下さい」
受付嬢の指示に従って中に入ると、待合室に案内された。ドアを開けると、先客が数十名いた。しばらくすると、係員がやって来て、
「では、火星旅行者の皆さんと、そのご家族の方は、最後の対面となります。名残惜しいでしょうが、別れのご挨拶をして下さい」
係員は慣れた口調でそう言った。
「ええっ、ここでお別れなの?」
キミエは納得いかない風だった。
「どうもそうらしい。何だか変だと思ったんだけど、まあ、それじゃ、しばしのお別れだ………」
「ユキオ!」
家族と言っても大半は恋人や妻や夫だった。すぐ、別れのキスがあちこちで始まった。
「ちゅうううっ!」
ユキオとキミエもかなりディープなキスを数分間続けたが人目がある。余り激しいキスは出来なかった。他の人達も殆どがそうだった。
「それでは、付添いの方はここから出て行って下さい。どうしても別れられないと感じた方は、旅行を中断して一緒にお帰り下さい。
さあ、決断をお早くお願い致します。あと一分以内に決めて下さい。あと一分で強制排除になりますから、どうぞお急ぎ下さい」
係員は付添い人が帰る様に促した。
「じゃあ、ユキオ私行くからね。きっとまた会えるわよね」
「ああ、それじゃ、この次会う日まで、さよなら」
「さよなら」
名残惜しかったが、ユキオには重大な使命がある。キミエもそれはよく理解していたから、泣き出しそうになりながらもぐっとこらえて部屋から出て行った。
「強制排除!」
いつまでもぐずぐずしている者はその時点で旅行者ごと強引に帰宅させられる。数十組のうち、2組が強制排除の対象となった。そうしなければならないほど火星旅行は厳しいのである。
21世紀に比べれば22世紀の今日、遥かに速く火星と地球との行き来は出来るようになったが、それでも片道一か月以上はかかる。
勿論、記録としては2週間で往復した例はあるのだが、それはあくまでも世界新記録を目指した特別の場合である。普通に安全に旅行する為には往復で最低3か月は必要なのだ。
しかもいつでも帰還出来る訳ではない。帰還するのにも手続きと順番待ちが必要なので、火星到着後に帰還を希望しても帰れるまで数か月必要である。
その結果、通常6か月は会うことが出来ない、その覚悟が必要である。気が変わったのか強制排除の後に、単独で一人が帰宅した。あやふやな気持ちだったら確かに行かない方が良いのだ。
「さて、もうお帰りになられる方はありませんか?」
係員はそう呼びかけたがさすがに後は帰る者がいなかった。皆、それぞれ何かの理由で火星に行くのだが、純粋な観光旅行者は別室にいる。
ユキオの部屋にいるのは、全員が長期滞在者である。その他に移住する者は更に別の部屋で講義や訓練を受ける事になっている。
「それでは、今日来られた方々にスケジュールをお知らせしておきます。今日は各自、割り当てられた部屋でお休み下さい。
明日は簡単な適性検査や体力測定、身体検査などが行われます。なお、次の方々は検査免除となっております。その方々は明日一日は休養日として下さい。
検査免除の方は、木野神竜一、天涯ユキオ、九頭優華、鯉野秋美、以上の四名です。
それでは部屋の廊下を通って、奥へ進んで下さい。全員に個室が割り当てられておりますから、自分の名前を確認して部屋に入り、お風呂に入るなどして明日からの検査や訓練に備えて下さい。
なお、服は部屋に準備してあるものを使って下さい。私服の着用は厳禁です。火星到着までは私服着用は認めません。
下着を含めて全て当方が準備したものをご使用下さい。反則は即帰宅となります。一切妥協しませんので悪しからず。
なお、サイズが合わないなどのクレームは受け付けますので、その場合は電話で連絡して下さい。それから、携帯電話の類も禁止です。
既に、持っておられないと思いますが万一お持ちの場合は、ここを出て行く時に提出して行って下さい。以上です。それでは解散!」
長々と係員の説明があってやっと解散となった。




