113 南端島(3)
113 南端島(3)
「ああ、やっぱり遅れているみたいね。私達は多分お尋ね者だから、余り長く同じ場所にいるのはまずいわね、はあーっ」
キミエは腕時計を見て、溜息交じりに小声で言った。既に昼食をとり終り、食後のデザートも食べ終わって、追加のコーヒーを飲んでいたが、それらしい人物は現れなかった。
「本部に連絡してみたらどうかな?」
ユキオは落ち着かない気分で言った。確かに、既に12時30分過ぎている。誰かに監視されているのではないかと思ってたまに辺りを見回してみるが、それは大丈夫そうである。
「連絡はするなって言われているから、それはまずいですよ。ああ、そうそう、こんな時だから、一つ言ってなかった情報をお知らせしておくよ。大盤振る舞いだ、無料で良いぞ」
声を潜めつつタンポポが言った。
「言って無かった事って、どんなこと?」
キミエが興味を示した。
「ああ、前に、妖鬼、じゃなくてユキオさんが天国島に居た時に、言うつもりで結局言って無かったことなんだけどね」
「ええ、それで」
ユキオの過去にかかわることなので、キミエはますます興味を持って聞いた。勿論、すべてはひそひそ声である。
「天下グループでどうして携帯が禁止なのかという事さ」
「それは警察に見られたらまずいからでしょう?」
キミエは当然とばかりに言った。
「確かにそれもあるけど、何年か前に、大事件があったのさ。勿論ニュースとかには出なかったから、一般の人は殆ど知らないことだけどね」
「へえ、大事件か。どんな事件なんだ?」
今度はユキオも興味を示した。
「まあ、簡単に言うと、スパイ事件さ。天国島にスパイに入ったヤセールグループの奴がいて、携帯で連絡し合っていたのさ。そこで徹底的に調べたら、スパイが何十人もいたんだ。
それ以来、天国島では勿論、グループの人達は絶対に携帯は持たないし、持たせないことに決めたんだよ。勿論無線機の類もね」
「へえ、それは知らなかったな。それじゃ、天国島の秘密が相当暴かれたのか?」
「幸い、それほど深くまでは知られていなかったみたいだけど、もう少しで、本当の地下2階の事まで知られそうだったんだ」
タンポポは一層、声を小さくしたので、三人は顔を寄せ合って話を聞く羽目になった。
「いや、お待たせしました。余りに混んでいたものですから、すっかり遅くなりまして」
午後一時を過ぎて、やっとそれらしい人物が現れた。
「ああ、あなたは確か、ナンバー4の人でしたよね」
ユキオは名前は忘れたがナンバー4であることを知っていた。30歳くらいの男である。
「はい、覚えていていただいて光栄です。かなり長く居らっしゃったんでしょう、ここに。一旦外に出ましょう。余り長く居るとお店の人に覚えられてしまいますから」
「もう覚えられた気がしますけど」
タンポポはちょっと不機嫌な感じで言った。遅く来たことに怒っている訳ではない。もう自分が用済みであることに腹を立てているのだ。
「とにかく、外に出ましょう。ああ、ここは私が支払いますから。最初からそのつもりでしたから。勿論経費は天下グループ持ちですからね」
支払いはナンバー4がした。それから一旦外に出て、別の喫茶店に入り、再び話を始めた。4人が座ったのはその喫茶店の一番奥まった目立たない席だった。
「殆ど初めてに近いですね。私は、天下グループナンバー4の、菅凪寿一郎と申します。以後お見知りおきを。皆様のお名前は存じておりますから、紹介されなくて結構です」
菅凪はかなり丁寧なものの言い方をした。更に言葉を続ける。
「早速なんですが、タンポポさん、ご苦労様。これは功労金とにおい袋です。行先は覚えていますね。喫茶店の外にいる三人の仲間と一緒にお帰り下さい。
マスクとサングラスに帽子の男は実はロボットのS-2Tで、ロボット犬に襲われても対処できますからご安心下さい。あと、私の部下に相当する男女が一名ずつ。
中柳兄妹と言って、腕も立ちますが、S-2Tの扱いに慣れておりますから、何かと安心ですよ。後の事はビッグシティに到着してからです。
それでは、さようなら。どうぞお帰り下さい。天涯さんも、深里さんも見送りはなさらないで下さい。大袈裟にしては目立ちますから。
「じゃ、じゃ、さようなら」
「ああ、さよなら」
「さようなら、本当にご苦労様でした」
キミエは丁寧に別れの挨拶をした。彼女に対して、辛く当たったことがあったと感じていて、大いに反省していたのだ。
『少し大人げなかったわね。はあ、私は馬鹿だわ、彼女をライバルだと思うなんて』
そんな風に思ったのである。タンポポは急用が出来て、一人だけ帰る旨を店員に知らせて店を出て行った。外には確かに中柳兄妹と、マスク、帽子、サングラスのS-2Tが立って待っていた。
4人、いや、正確に言えば3人と一台のロボットが結構な早足で、その場を立ち去り、フェリー乗り場へ向かって行った。
「ああ、行っちゃったわね」
「うん、何だかちょっとさみしいね。まあ、仕方がない事だけどね」
「はい。まず、重大な報告から」
菅凪はすぐ自分の仕事に入った。
「重大な報告?」
「どういう事かしら?」
ユキオにもキミエにも想像がつかなかった。
「今まで、延ばせるだけ延ばして来た天国島への捜索が明日早朝開始されることになりました。まあ、のらりくらりとかわして来たのですが、さすがにこれ以上は延ばせないという事です。
しかし、安心して下さい。我々はうまい方法を考え付きました。お金も掛りますが、我々は島の住民の期待を裏切る訳にいかないという結論に達したのです。幸いここにもテレビがあります。
まあ、見ていて下さい。間もなく面白いショーが始まりますよ。ショーは午後3時から始まりますからもう少し時間が掛るので、その他の重要な案件を言っておきましょう」
菅凪は如何にも重要な事を話す素振りである。ユキオも緊張したがキミエはさらに緊張していた。ユキオと自分が引き離される事を恐れていたのだ。
「この島に来て貰ったのは他でもありません、天涯さんには火星に行って貰います」
「ええっ!」
「わ、私はどうなるんですか?」
ユキオは火星行きはある程度予期していたことだった。しかしまさか本当だとは思っていなかった。キミエの嫌な予感は的中してしまった様である。
「大変申し訳ないのですが、キミエさんには親しい友人として準備室まで一緒に行って欲しいのです。火星行きは今回は一人だけの予定でしてね」
「ひょっとして、大型スペースシップでですか?」
「その通りです。一人分の席を確保しています」
「火星に行って何をするんですか?」
「ご承知の通り、火星には、数多くの犯罪者が逃げ込んでいる。そのうちの一つの都市で恐ろしい事が起きているのですよ。
詳しい事はおいおいお話ししますが、火星は天下グループが実効支配しています。ただ、功を焦ったヤセールグループが例のヤセールドリンクを大量に持ち込んで、自分達の勢力を拡大しようとしました」
「ちょっと待って下さい。火星は何処の国のものでも、またどこの会社のものでも無かったんじゃないんですか?」
ユキオは火星に関しては常識的な認識しかなかった。
「はははは、それは表向きの話です。例えば月はヤセールグループが牛耳っている。地球も大半はヤセールグループが支配しています。しかし火星だけは天下グループが支配しているのです。
ただ、さっき言った一つの都市、火星の中で唯一ヤセールグループの支配する都市が問題でして。その都市の名前はツゲールと言います」
「津下原とヤセールのルとをミックスした様な名前だな。その都市の問題って何ですか」
「ひょっとしてゾンビ化が問題なんですか?」
キミエにはピンと来た。
「はい、それもあります。一つ厄介なのは、火星のゾンビ達は何故だかとても長生きなんですよ。地球上なら、長くても2週間くらいしか生きられません。
ところが火星では何か月も生きている。これは火星が無菌状態だからではないのか、と考えられているんですがまだはっきりしたことは分かっていません。
今、一番問題なのは、その様な状況であるのにも拘らず、ヤセールグループはなお、大量のヤセールドリンクを火星に持ち込もうとしている事です」
「訳が分からないわね。どうしてそこまでしてヤセールドリンクを持ち込もうとしているのかしら」
「考えられる事はただ一つ。我々が火星を放棄するのを待っているのだろうという事です。彼らはゾンビ化した人間を一か所に隔離しています。
ところが火星のゾンビ達は地球のそれよりはるかに凶暴で力が強い。さっき言った様に長生きだし、ゾンビの感染力も非常に強力です。彼らの力だけでは押さえきれなくなって来ているらしいのですよ」
「うーん、何処かミイラ取りがミイラになる話みたいですね」
「はい。彼らは我々天下グループを追い出す為にゾンビ化を進めたのですが、そのゾンビに自分達も脅かされ始めています」
「もう、めちゃくちゃね」
キミエは呆れて言った。
「そこで我々は、最強とも思える天涯ユキオ君にヤセールの動きを封じて貰いたいのです。合わせてゾンビ退治もお願いしたいのですよ。その他に凶悪な犯罪者の対策もね」
「成程、良く分かりました。それにしても急な話ですね。しかし俺に勤まりますかね、火星行きが。何の知識も無いですよ」
「だからこれから勉強して頂くのです。勿論昔と違って、特別な知識は要りません。必要なのは火星に行ってからの知識です。それらは後にして、そろそろ、天国島の面白いショーが始まりますよ」
菅凪はニヤニヤしながら、テレビを見た。ユキオとキミエもテレビに見入った。




