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 109 フェリー(1)


                 109 フェリー(1)


「まだ少し時間があるから、夕食はこの港でとりましょう」

 サウスウエスト駅に着くと、タンポポはスーパー新幹線から降りて率先して歩いて行った。

「この街に詳しいのか?」

 不思議に思ってユキオが聞くと、

「一度も来たことは無いけど、バーチャル旅行はしたことがあるからね。ちなみに私はそのソフトの販売もしているからね。世界の主要都市100か所を巡るバーチャル旅行セットが何と10万イエンの所たったの3万イエンだ。さあ買った買った!」

 バナナのたたき売りみたいな口上で大いに喋った。


「はははは、なかなか上手だね。でも今の金額は本当なのか? 俺も欲しいと思ったことがあったけど、都市一か所に付1万イエンもするから、手が出なかった記憶がある」

「それは5年くらい前の話だよ。今は10か所で1万イエンが相場なのさ。100か所だと3万イエンは本当だよ。私が実際に売っていた値段だからね。

 仕入れ値は2万5千イエン。まあ、5本しか売れなかったけど、でもまあ損はしていないから良しとして置いたけどね。6本仕入れて5本売れたんだから。

 一本がタダになった勘定になる。そのただの奴を何度も見たからね。その中で特に好きなのが、ここだったのさ」

「要するに損得無しという事か。そりゃ商売上手だね」

「ところで、これからどこへ行くんですか、商売上手なタンポポさん」

 幾分皮肉な言い方をキミエはした。ユキオとタンポポの話が二人だけで盛り上がっている様に感じられて不愉快だったのである。


「この港の近くに美味しい魚介類のお店があるんです。そこに行きましょう。お刺身とかが特に美味しいらしいんですよ」

「お店の名前は?」

「南西フィッシャーズ、というお店です。結構有名なお店ですよ」

「ああ、あれか?」

 ユキオはかなり遠い位置のそれらしい構えの店を見つけて言った。


「そう、あそこです。歩いて15分くらい掛りますけどね、ここから」

「はあ、遠いわね。もっと近くにもお店があるのに」

「何をおっしゃいます、キミエさん。愛する旦那様に美味しいものを食べて欲しくないんですか?」

「ええっ、ふふふふ、上手いこと言うわね、はははは」

 愛する旦那様というフレーズが気に入って、キミエはかなり本気になって喜んだ。


「じゃあ、きまりだな。しかし、船の時間に間に合うんだろうね? 5時過ぎてるけど」

「大丈夫、あそこが混んでくるのは夕方6時くらいからだから、今行けば、それほど待たずに食べれますから」

 幸いにもタンポポの予想は的中して、三人は殆ど待たずに新鮮なお刺身に舌鼓を打つことが出来た。ただ、ユキオだけはその他にうな重とラーメンも食べた。

 以前にも増して体のパワーがみなぎって来ていて、それの維持の為には3人前は食べる必要があったのだ。それだけ食べても腹8分目な感じだった。


「ちょ、ちょっと急ぎましょう!」

 タンポポはかなり慌てて言った。ユキオの大食いの為に時間が予想以上に掛った。既に6時過ぎている。フェリー乗り場まで、お店から歩いて30分くらい掛る。

 フェリーの出発時間は7時だったが、乗船出来るのは6時50分までだったのだ。結局ギリギリでフェリーに間に合ったのだった。


「はあはあ、もう、タンポポさん、もう少し余裕が欲しかったわよ。冷や汗をかいたわ」

「ご、御免なさい。まさかあそこまでユキオさんが長い時間食べるとは思わなくて」

「はははは、まあ、間に合ったんだから良かったじゃないか。さてこれから12時間、何もすることは無いよね」

「それより先ず船室に行きましょう。タンポポさんはイス席なのね。ビジネスクラスのリクライニングシートで、楽は楽だけど、でもちょっと大変ね、全然横に動けないから」

「いいえ、若いですからへっちゃらですよ。お二人は個室ですよね。一応場所を確認させて下さい。そう言われて来ていますから。それから本部に報告しますから」

「ああ、じゃあ、そこまで一緒に行こう」

「はいっ!」

 南端島に到着して、本部からの連絡員に引き継げば、タンポポは任務完了となる。ユキオと離れるのは寂しいが、一つの任務を困難ながらも完遂出来そうなので、それなりの感慨を感じていた。

 フェリーは最新鋭らしく、スピードが速いうえに揺れも少なかった。波の上下する感じはあるがごくわずかで、船酔いする者は殆どいなかった。


「へえ、余り大きくは無いけどビジネスホテルクラスの部屋ですね。ちゃんとバストイレ完備なんだ」

「ここにはアスレチックジムがあるんだよね」

「ええ、でも、まさか、これから行くんですか?」

 キミエはちょっと心配になった。人前でユキオが本領を発揮すると、ろくなことにならないと感じている。


「大丈夫、うんと控えめにやるからね。俺もこれ以上のトラブルは御免だから」

「そうですよ、トラブルは起こさない様にして下さいね。じゃあ、私はこれで。電話連絡したら寝ますから」

「じゃあ、ちょっと早いけど、お休みなさい」

「お休みなさい」

「おう、お休み」

 タンポポを見送った二人だったが、

「やっぱり私も行きます。スポーツジムに行くんだったら、ジャージとか着た方が良いでしょう。多分ジムのそばか、中に売店があって売っていると思いますから。

 服装はちゃんとしないと。タンポポさんじゃないけど天下グループを代表して来ているんですからね、名乗れなくても」

「分かった、じゃあ、一緒に行こう」

 結局、二人一緒に行くことになった。ジムの隣にスポーツ用品店があって、ジャージはそこで買い求めて、そこの試着室で着替えてジムに向かったのである。

 

「わあ、満員に近いわね。ああ、あそこが空いたけど、どうします、ベンチプレスっていうのかしらねあれ」

 フェリー内のスポーツジムはほぼ満員で熱気がむんむんしていた。

「ああ、じゃあ、あれを借りようか。ふう、しかし、こんなに混んでいるのは初めてだな。何か、汗臭いねえ」

 たったその一言がトラブルの元だった。


「ちょっと、あんた、汗臭いって何よ!」

 すぐ側に居た若い女性がいちゃもんをつけて来た。スリムな体で、相当にバネの有りそうな、しかし、目つきの鋭い女性だった。しかも何故だか胸が特に大きかった。

「姫、どうした?」

「この男が、私を汗臭いって言って笑ったのよ」

「な、何だって、おい、謝れよ!」

 彼氏らしい、やはり若い男が険しい表情で言った。 


「ふうん、あんたが汗臭いと言った覚えはないですよ。この部屋全体が汗臭いと思ったからそう言っただけなんですけどね。それともあんたは汗臭かったんですか?」

 ちょっとムカついてユキオは皮肉った。

「やかましいっ! おりゃっ!」

 姫と呼ばれた女性はいきなり殴りかかって来た。鋭い気合いが込められている所をみると、何かの格闘技をやっているのだろう。


「おっと、乱暴ですね。短気な人なんですね。こりゃ参った」

 ユキオとしては今までで一番柔らかい受け止め方だった。相手に一切触れず、ただ攻撃をかわしただけだったのだから。

「ピュリー、やっちまえ!」

 姫はかわされたことが悔しかったのか、そう怒鳴った。

「くおりゃっ!」

 彼氏らしい男も殴りかかって来たが、今度もユキオはかわした。


「危ないね、当たって怪我をしたらどうするんですか。それにしても人の話を信じない人達ですね。参ったな、本当に」

「一緒に、攻撃すればかわせないわよ。行くわよピュリー!」

「おうっ!」

 性懲りもなく二人は息をぴったり合わせて、左右から一斉にパンチ攻撃を仕掛けて来た。恐らく何度も一緒に練習しているのだろう。


 常識的に見れば到底かわせそうも無かったのだが、 

「それっ!」

 二人の腕を取って凄い力で下に引いたからたまらない、男と女は頭を互いにぶつけ合ってしまった。

「痛い、痛い、痛い、………」

「うぐぐぐぐ、く、くそう!」

 姫は痛いと言って悲鳴を上げ、男は必死に痛みをこらえていた。

「あなた達止めた方が良いわよ。近くで見ていたけど、この男の人はあなたを見て汗臭いって言った訳じゃなかったのよ」

 助け舟を出してくれたのはアラフォーくらいの女性だった。

「余計な事を言わないでよ。私を誰だと思っているの。おい、お前、私には強い仲間が沢山いるんですからね。覚えておきなさいよ!」

「覚えてろ!」

 ぶつかった頭をさすりながら、男女は去って行った。


「ああ、あんたも災難だった。あいつらはヤセールグループの幹部の娘とその彼氏なんだけど、このフェリーにも大勢乗っているんだよ、仲間がね。

 早めに船長に言って、下船させて貰った方が良いよ。必ず仕返しに来るから。ヘリをお願いすると良い。それだったらあいつらも何も出来ないからね。

 時々問題を起こしている、嫌な奴らなんだよ。ただボートでは逃げない方が良い。あいつらはしつこいからボートだと追いかけて行って、袋叩きにされる恐れがある」

 今度はやはり近くで見ていた中年の男性が忠告してくれた。


「ああ、ご忠告有難うございます。しかし、素行の悪い奴らだな。今までもこんな事があったんですか」

「ええ、結構有名ですよ、まあ、悪名高いって言う方がぴったりだと思いますけど。このフェリーがお気に入りでね、ちょくちょく乗っては何でもしたい放題なんですよ。

 私は仕事でどうしてもこれに乗らないとまずいから仕方なく乗りましたが、時々、あいつらに殴られているお客を見た事があります。

 そもそもこの船はヤセールグループが経営しているようなものですから、あいつらはただで乗っているんですよ。何とかという拳法を習っているらしいんですけど、それを使ってみたくて仕方がないんでしょうね」

「そうですか。ふう、困ったな」


 ユキオはトラブルを起こしたくなかったが、

『悪を見て見ぬ振りというのもちょっとねえ………』

 そう思いながらキミエを見た。

「そのう、船員さん達は何もしないんですか。だってそんな暴力行為があるのに、警察沙汰にならないんですか?」

 一応常識的な事を聞いてみた。


「それが駄目なんですよ。あいつらは船から降りるとそうでもないんですが、船の中じゃ、怖いものなし。下手に逆らうと海へ放り投げられた事さえありましたからね。

 警察には連絡しません。さっきも言いましたがこの船はヤセールグループの支配下にある。船員達も逆らえないんですよ、後が怖くてね。ヤセールグループの報復がね」

「成程、下手に逆らったり警察に連絡したりすると、会社を首になったりする訳だ」

「そうなのよ。勿論、内心では逆らいたいのでしょうけど。だから、お願いされれば、何とか逃がしてはくれるわよ。特に船長さんわね。船員さんは何とも言えないけど」

 さっきのアラフォーらしい女性が再び話してくれた。

「どうやら荒療治が必要だな。しかしこのくらいでトラブルが発生するとはね。参ったね、しかしもう後には引けないな。またタンポポ君に叱られそうだな」

 小声でユキオは呟いた。

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