107 故郷(4)
107 故郷(4)
「ユキオさん、こっちの方角で良いんだよね」
「うん」
「名前は聞いているんだけど、暁天ユキオ君ってどんな人なのかな。本当のユキオさんが今の妖鬼、じゃなくて天涯ユキオさんなんだよね」
「うん」
「どんな気持ちなんだろうな、自分自身と対面するんだから変な気分だろうね」
「さあ」
「さあって、ユキオさんらしくないな。えっ、あれ? 本当にユキオさんなのか?」
「ユキオだ」
「こ、声が違う! あなたは、あなたはキミエさん! だ、騙したのね。す、すぐ連絡しなくちゃ! 本部に、すぐ連絡しないと!」
「だめ、お願い、それだけはやめて! 彼の思い通りにさせてあげて!」
キミエは必死になってタンポポを止めた。
「でも、ダメだよ。危険だよ。ヤセールグループが網を張っているんだよ。捕まっちゃうよ!」
「大丈夫よ彼なら。彼の動きは尋常じゃないわ。人間に捕まえられるスピードじゃないのよ」
「でも、彼等には犬がいる、ロボット犬が。ヤセールグループはロボットガード犬を導入したって聞いてる。ロボット警察犬以上の能力があるそうよ。
それにアシモフの三原則は一切採用されていないそうよ。平気で人間に襲いかかるって聞いてる。ごく最近殺人まで犯したって聞いているのよ」
「えええっ! 殺人!」
キミエの背筋が凍りついた。
「それは事故じゃないのかしら? 単なる偶然の事故だったらあるかも知れないでしょう?」
キミエは頭をフル回転させて考えて言った。ユキオの役に立とうと必死だったのだ。
「違うよ。凶悪な殺人犯に5頭のロボット犬が一斉に飛びかかって行って、重傷を負わせて捕まえたらしいんだけど、その犯人は病院で死んだそうよ。
ユキオさんが幾ら強くても危ないよ。1頭、2頭だったらともかく、一度に5頭もだったら人間の中で最強でもやられちゃうよ。だから連絡して止めないと、危険だって言ってるんだよ!」
タンポポも必死だった。彼女もユキオが大好きなのだ。絶対に死んで欲しくなかった。
「で、でも、ユキオさんは、わ、分かったわ。じゃあ、連絡しても良いわよ」
キミエは腕時計をちらっと見てから言った。
『大丈夫、十分時間は稼げたわ。もう3時30分過ぎてる。今頃、自分の元の体と対面しているはずだわ、きっと』
キミエはユキオが出会う事を祈ったが、
「間に合うと良いけど!」
タンポポは近くに電話ボックスが無かったので、全力でトイレを借りた多目的ホールに戻って行った。携帯電話が無いのはこういう時には不便である。
『間に合って!』
タンポポは祈りながら多目的ホールに入って行って、電話を掛けた。
『そろそろ来るころだな』
トイレの中でキミエと入れ替わったユキオは超人的なスピードでノースイースト高校へ走って行った。目立たない様に出来るだけ人通りの少ない所を選びつつ、出来るだけ静かに、かつ高速で走ったのである。
しょっちゅう自転車を乗り回していたユキオには、その辺の地理は自分の家の庭のように良く知っていた。時速に直せば60キロを軽く超えていただろう。
都会だったら誰かにぶつかって大怪我をさせていたかも知れないが、何せ過疎の街。平日の午後と言えども下校時間の直前には、ゴーストタウン並に人が少ないのだ。
被って来た帽子とサングラス、それにマスクをキミエにつけさせ、更にズボンや上着まで取り替えた。靴はホテルにある靴屋で即決で買い求めた背を高く見せる靴を履いて、身長をごまかしたのである。
勿論、タクシーでやって来たキミエには替えのズボンと上着も持って来て貰っている。それらを身に着け、顔には何もつけていないし帽子も被っていない。
ごく普通の青年にしか見えないだろう。ユキオは校門付近で誰かを待っている素振りで、懐かしい自分の姿を探していた。
「ユキオさーん、待ってぇ~」
「ユキオさ~ん、待ってよぉ~」
数人の女子高生に呼ばれてびっくりしたがどうやら自分の事ではないようである。
『あ、あれが俺か?』
背は高くないが妙にスマートで結構イケメンな男が現れた。まるで印象が違うのだが良く見ると確かに、『俺』である。
『ふえ、化粧をしてやがる。それにしても妙に女子に持てるみたいだな。ふうん、女達を手なづけて、自分の親衛隊を作る積りなのか』
『おい、お前、俺の心が読めるのか?』
『えっ、お前も読めるのか?』
ユキオはドキリとした。二人のユキオは7、8メートルの間隔を置いて一瞬見つめ合った。しかしすぐに互いに目をそらし、そのまま暁天ユキオは自宅へ向かい、天涯ユキオは彼の後を追った。
本来の妖鬼、いまの暁天ユキオの後を5、6名の女子が追いかけて、ぞろぞろと付いて行った。その彼女達はしきりに彼に話しかけるが、
「悪いが少しの間話し掛けないでくれ、集中して考えたいことがあるんだ」
そう言うと、女子高生達はぴたりと話しかけるのを止めた。暁天は彼女達にとっての神なのだろう。彼がそうしたのは勿論、天涯ユキオと心で話し合う為である。
『しかしひでえ体だな。お蔭でえらく苦労したぞ』
『俺が頼んだ訳じゃない。騙されて眠らされて、寝ている間に手術されたんだからな』
『へえ、そうだったのか。そいつは知らなかった。俺の周囲の奴らはその辺の事情を知らない奴らばかりだったようだ。俺はそいつらが言う様に、お前が望んだからだとばかり思っていたよ』
『はははは、まさか。今回の事を仕組んだのはお前の爺様だぞ』
『な、何だって! やっぱりそうか。あのくそ爺が! どうしてこんな事をしたのか分かるか?』
元の妖鬼、今の暁天ユキオは真実を知らなかったようである。
『最初はあんたを助ける為だと信じていた。あんたは女子高生を二人殺してる。その動画がネットに流れて、逃れられそうもないからね。
俺とあんたの体を交換して、俺を死刑にして、あんたを、せめて自分の孫だけでも助けようとしたのだと思った。しかし、その為に300億イエンもかけたと知って、少し変だと思った。
それだけの金があれば他に幾らでも助ける方法はあるからね。それでようやく最近になって意味が分かり掛けて来た。
あんたの爺様はあんたを助けようとしたんじゃない。実験したんだよ、うまく脳交換が出来るかどうかのね。うまく行けば今度は自分がやる積りなんじゃないのか。
もっと若々しい体と交換するのさ。その為のモルモットに俺達はされたんだとごく最近、いや、たった今気が付いたよ』
『へへへへ、やりかねねえ。あいつならやりかねねえ。はははは、これで長い間の謎が解けたよ。ありがとうよ。ところであんた、何で俺に会いに来たんだ?』
本来の妖鬼、今の暁天ユキオは自分が騙されていたことを知った。『心読み』の場合には嘘が効かない。すべて見通されてしまうからだ。天涯ユキオが嘘を言っていないことは疑う余地が無かった。
『どうして女子高生二人を殺したのか、法律が間に合わないって何の事なのかそれを知りたいと思ったのさ』
『なるほどね。あの女子高生は実はヤセールを飲んでいないんだ。おっと、ヤセールの副作用については知っているか?』
『ああ、ゾンビみたいになるやつだろう?』
『「その通り。ところがそれだけじゃない。全員じゃないんだがヤセールの副作用でゾンビ化した連中の中に噛みついて自分の仲間を増やすまさにゾンビみたいな連中がたまに出て来るのさ。
あの女子高生達がその見本だった。他の女子高生がゾンビ化してあの二人に噛みつき、結局二人ともゾンビ化してしまったのさ。
俺はご覧の通り女にもてる。まあ、今は心を読めるからなおさらなんだが、俺の周囲には女達がうようよしていた。そのうちの一人がゾンビ化して、どんどんうつってしまった。
もうそうなったら手が付けられない。警察に連絡してのんびり逮捕だなんてやっていたら、警察官まで襲われてゾンビ化しかねない。つまり現行法は間に合わないのさ。
結局その場で殺すしかなかった。少しは好きだった女達だったから苦渋の決断だった。俺はそれ以来ヤセールという薬を告発しようとしたんだが、話を聞こうと言った爺様に会いに行った。ところが眠らされて、気が付くと別人になっていたって訳さ。
その後は、事情を知らない連中に言い含められて、あんたの家族になったのさ。心が読めるから、まあ、何とかばれずに済んだがな』
暁天は詳しくかつ正直に事実を説明した。
『よく分かった。一つだけお願いがあるんだが』
『うん、あんたの家族の事だろう?』
『ああ、出来るだけ悲しませない様にしてくれ。何とか頼む』
『勿論、OKさ。俺は今までもそうして来た。ただ、高校を卒業したら、俺は行動を起こす。本来なら来年の3月に卒業なんだが、一年遅くなったからね。
それまで俺の命令に従う親衛隊を作っておくつもりなのさ。今は大人しく、密かに準備する段階だからね。俺からのお願いは、その体を大事に使って欲しいという事さ』
『ああ、出来うる限りそうするよ。ただ随分変貌してしまったようだがな』
『うん、あんたの体も変貌したぞ。多分、こんなぼろい体にしては最高クラスのパワーがあると思う。特別鍛えていないが、スポーツは何をやっても少なくともこの学校ではトップだ。
勉強の方はまあ、心の読めるお蔭でトップクラスの成績になれてるしな。これは秘密にしておいてくれ。それじゃ、いつか会える日までグッドバイ!』
『グッバイ!』
二人の会話のスピードは言葉によるものの5倍は速かった。ほんの数分で心を読み合って十分に意思の疎通がなされた。今の暁天ユキオは角を曲がり、天涯ユキオは引き返した。
暁天ユキオを監視していたヤセールグループと天下グループは多少怪しんだが、どう見ても接点無しと判断して、天涯ユキオの監視はそこで打ち切ったのである。
こうして、二人のユキオの会合は誰にも疑われることなく滞りなく終了した。表面上は全く違う様に見える二人だったが、心の奥底にある根の部分には同じ血が流れている、お互いにそう感じていたのだった。




