106 故郷(3)
106 故郷(3)
「はあ~っ!」
キミエは大きく溜息をついた。
『せっかく新婚旅行気分だったのに、台無しだわ!』
南端島まで新婚気分で旅が出来ると張り切っていたのに、とんだお邪魔虫が飛び込んで来た、そんな印象だった。しかも、気に掛る小娘である。
『妙に親しげだわね。ああ、またライバルが一人増えた』
何とも 憂鬱 ( ゆううつ ) な気分だった。
「間もなくノースイーストタウンに到着です。お降りの際はお忘れ物の無い様にお願い致します。お出口は進行方向に向かって左側………」
車内放送があって、5分ほどで到着する旨が伝えられた。スイーツ研究所で騙されて眠らされてから2か月以上経っている。
「ああ、涼しいね」
久しぶりの故郷は想像以上に涼しかった。
「そうね、ちょっと軽装過ぎたわね」
「ここがユキオさんの故郷なんだ。へーっ、小さな街なんだね。うひゃ、風が冷たい!」
タンポポは率直に感想を述べた。今は10月下旬、この地方ではそろそろ朝晩の寒い時にはストーブが必要になる。
「駅前に15階建てのホテルがあって、そこに部屋をとってあります。スイートルームですから全員泊まれます。スイートルームは14階にあります」
タンポポは如何にも事務的に言った。キミエの嫉妬心からの機嫌の悪さは承知しているから、一切余計な事は言わなかった。
「長いことここに住んでいるけど、駅前のホテルには一度も泊まったことがないな。まあ、地元の人間だから当然と言えば当然だけどね」
3人がチェックインしたのは午前0時ごろだった。ここに居られるのはきっちり48時間だけである。余りお喋りもせずに、その夜は3人とも寝てしまった。
スイートルームにはベッドルームが3つあり、そのうちの一番大きな部屋にキミエとユキオが泊まった。タンポポは一番小さな部屋に泊まった。
「ねえ、抱いて下さい、良いでしょう? それとも疲れてる?」
「ああ、勿論OKさ。俺は若いからね、全然平気だよ」
キミエはタンポポに警戒心を持っていて、そのままでは不安で眠れなかった。眠っていたユキオを起こしてまで情交を求めたのである。
『余りしつこいと嫌われるかも知れない』
そんな不安もあったのだが、自分の寝ている間にユキオがタンポポの部屋に忍んで行って情を重ねるかも知れないと思うと、気が気ではなかったのだ。
「うふーん、今夜は寝かせないわよ、チュッ! ああ~ん、もっと、もっとよぉ………」
キミエはユキオに思いっきり甘えて、何度も何度も情を重ねた。ユキオが疲れ果ててタンポポの部屋に忍んで行かせない様にする狙いがあった。
お蔭でその日の朝、ユキオが目覚めたのは9時過ぎだった。ホテルのバイキング形式の朝食は9時30分までだったから、大急ぎでレストランに行って辛うじて朝食にありつけたのである。
ユキオにとっては不十分な朝食だったので、12時頃に、朝食が遅かった割には随分早い昼食をとることになった。もっとも不十分なのはユキオばかりではない。
痩せの大食いを自認するタンポポも同様だった。ただ、この時ばかりはキミエも満足出来なかった。深夜の情交が長く激しいものだっただけに相当にエネルギーを使っていて、お昼になるとやはり空腹を強く感じていたのである。
「ふう、今朝は何だか慌ただしくて食べた気がしなかったけど、こうやってゆっくり食べられると、やっぱり良いね」
「そうね、昨夜はちょっとアレが激しくて長かったから、お腹が空いたわ」
キミエはわざと夜の営みをタンポポの前で披露した。
「私は何にもしなくてもお腹が空いたよ。何せ若いですからねえ」
キミエの嫌味な言い方にカチンと来て対抗して言った。
「はははは、まあ、お腹が空くのは健康な証拠。遠慮なくどんどん食べてくれ。俺がおごるからね。給料も出たことだしね」
ユキオは女二人の争いに、特にキミエの焼き餅に少し苦慮していた。
『焼き餅を焼いてくれることはむしろ嬉しいけど、限度がありますよ、キミエさん。俺は他の女性に指一本触れていないぞ』
そう感じていたが、
『今言うとかえってこじれるかも知れない』
そう思って何も言わないことにした。
「暁天君は今日は学校かな、平日だからね」
急に声を潜めて言った。
「多分そうね。学校に行くのは人が大勢いるから危険よ。もし接近するんだったら帰宅してからね」
キミエも調子を合わせて、声を潜めて言った。
「私が本部に連絡を入れて聞いてみるよ。最新の情報が午後1時過ぎに入手出来ると聞いて来たから」
タンポポもひそひそと話した。
「もう間もなく1時よ。そろそろ連絡したら?」
レストランの時計を見ながらキミエは言った。
「心得ています。でも1時前には連絡するなと言われていますから」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、あと5分くらいしたら電話してみればいい。俺はもっと追加して食べるからね。ああ、タンポポも追加して良いよ」
「そう、じゃあ、遠慮なく。あのう、追加お願いします」
タンポポは嬉しそうにして追加の注文をした。無論、ユキオも追加したのだがキミエは沈黙した。
『タンポポって呼び捨てにした! そういう間柄だったんだ! やっぱり油断出来ない!』
キミエの当座の敵はタンポポに決定してしまった様である。
『しまった。呼び捨てにしたのはまずかったか。そうだな、今後はタンポポ君と、君を付けて呼ぼう。その方が無難だ』
めったにしないのだが、何気なくキミエの心を読んだユキオはドキリとした。激しい嫉妬心が彼女の中にあることを改めて認識したのである。
「一時過ぎたから電話して来ます」
タンポポは追加注文の料理が来ないうちに、店の出入り口付近にある電話の場所まで走って行った。数分で戻って来ると、
「暁天さん、午後4時頃には自宅にいるらしいですよ。学校から帰るのは午後3時半位だそうです」
一応、二人に向かって小声で言った。
「分かった。それじゃ、二人にお願いがあるんですが俺は3時頃にタクシーで行って、彼の通っている高校の出口付近で彼に接触しようと思います。
でも、お二人にはこのホテルで留守番をしていて欲しい。スイートルームは今夜も借りているんですよね、タンポポ君」
「あ、はい。本部からはそう聞かされています」
「という様な訳だから、キミエもタンポポ君と一緒に雑談でもしていてくれないか」
「ま、まさか。有り得ないわ。ここまで来たんですから、当然私も付いて行きます。少し離れた所から見ているんだったら、邪魔にならないから良いでしょう?」
キミエはユキオの意図が分らなかった。
「それはだめだな。俺の接触の仕方は特別なやり方があるんだ。それは例え妻であっても教えられない。勿論タンポポ君であろうと、ウヅキさんやユキノさんであってもダメだ。
例え天下グループのお偉いさんであっても俺は断る。絶対の秘密の方法なんです。近くで見ていられても困るんですよ」
ユキオは 頑 ( かたく ) なな姿勢を見せた。
「………、分かったわ。それじゃあ、食事が終わったら一度部屋に戻って、留守の間何をするか話し合いましょう。タンポポさん良いわよね」
「はい、と言いたいのですが、私はユキオさんから目を離してはならないと言われて来ています。ですからそのお話は承知しかねます」
「ふうん、困ったね。まあ、とにかくまず腹ごしらえをして、部屋に戻ってから改めて話し合いましょう」
ユキオはタンポポを説得するのは難しいと感じている。
『止むを得ないな。キミエに協力して貰って、何とかしてしまおう』
そう決心した。間もなく昼食も終わり、3人はスイートルームに戻って来た。
「さあて俺は出掛ける前に一人で風呂に入るから、少しトレーニングをするからね」
キミエにそう言ってから、三つあるうちで一番広いタイプの風呂に入った。キミエにわざわざ言ったのは勿論キミエが一緒に入ることを防ぐ為である。
「ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ………」
全裸になって風呂に入って、突きや蹴りなどの基本動作を繰り返してみた。パワースピード共にほぼ全快と言える所まで回復している事が分かってほっとした。
『ふん、相変わらず、妖鬼の入れ墨が真っ黒だ。しかし待てよ、最近の男の水着は昔の女性の水着みたいにワンピース型のもあるよな。あれだったら入れ墨が見えないんじゃないのか?』
ふっと、閃いた。
『そうか、その手があったんだな! はははは、これだったら、泳げるかも知れないぞ。ああ、しかし、着替えを見られるとまずいな。
いや、それは何とかなるだろう。壁を背にして着替えるとかすれば良いじゃないか。今日、明日は無理だけど、近いうちに何とかしよう!』
去年からずっと泳いでいなかったので、泳げそうだと分かって嬉しかった。楽しい気分で風呂から上がった。
「キミエ、ちょっと話がある」
風呂から上がってすぐ、キミエと二人きりでひそひそと話し合った。
「ええっ! じゃ、じゃあ、………」
「何とか頼むよ。ただ無理はいけない。もてあましたら、その時は放置していいよ。怪我とかは無い様にしてくれ」
「分かりました、頑張ってやってみます」
二人の話は20分ほどで終わった。キミエはユキオに言われた通りを実行する積りである。
「タンポポ君、結局三人一緒に行くことにしたから。それなら文句はないよね」
「はい、勿論です。もうそろそろ時間ですから、出かけましょうか」
「うん。俺は一応変装していくからね」
ユキオはそう言うと、帽子を深く被り、サングラスを掛け、更にマスクまで掛けて、完璧に変装した。ヤセールグループに気付かれないように、という事らしい。
勿論、新品のにおい袋は持っている。におい袋は毎日取り替えていて、それだけは一度も忘れたことがなかった。
「あの、御免なさい。私、化粧をちゃんとしてなかったわ。先に行ってくれないかしら。行先は高校の近くよね」
「ああ、ノースイースト高校だから。タクシーで行先を言えば間違いなく行けるから」
「分かったわ。じゃあ後で合流しましょう」
結局、ユキオとタンポポが先行した。タクシーで行くのだが、
「学校のそばまで行ってしまうとヤセールグループの目があるかも知れない。かなり手前で降りるけどいいかな」
「はい、私は平気ですから。若いし、足はめちゃくちゃ速いんですよ。今度競争してみましょうか?」
「はははは、今度ね。それじゃタクシーを頼もう」
「はい」
二人はホテルに手配を頼んだタクシーに乗り込んだ。
「中央公園まで、お願いします」
「はい」
タクシーは言われた通り中央公園で二人を下ろした。
「さてここから、二人は一応仲の良い友達、そういう感じで行こうか」
「あのう、どうせ演技をするんだったら、恋人同士の方が良くはありませんか」
「そうかな、俺ってこの格好だからかなり怪しそうに見えるけどね」
「いいえ、今は結構多いですよ、帽子にサングラスにマスクスタイルは」
「そうなのか」
「はい、だから恋人同士でも全然平気ですよ」
「じゃあ、まあ、そんな感じで行こうか」
「うん!」
タンポポは何気に嬉しそうである。しばらく歩いて行くと、やや大きなビルディングが見えて来た。色々な催し物を開く多目的ホールで、誰でも出入りが出来るビルだった。
「あちゃ、何だか緊張して来たな。まずい、トイレに行きたくなって来た。ここのビルでトイレに行って来るけど、待っててくれるかな」
「うん、いいよ。ああ、ダメダメ、トイレで逃げるっていうサスペンスドラマがあった。私も入り口まで付いて行くからね。中にまでは入らないけど」
「はいはい、どうぞ」
二人はトイレの前まで一緒に行った。
「じゃあ、タンポポ君、ここで待っていてくれ。すぐだから」
数分で出て来た。
「それじゃ行きますよ」
「うん」
二人はノースイースト高校目指して再び歩き始めた。




