105 故郷(2)
105 故郷(2)
「しかし、外は暗くて良く見えないな」
都市部を過ぎると、スーパー新幹線からの外の景色はほぼ真っ暗である。景色を見ていても退屈なだけで、ユキオは空腹を思い出した。
普段ならとっくに食べている時間なのだが、慌てて電車に乗ったので何をする間もなかった。困ったのはキミエの唇が近づいて来ていたことである。
「ああん、ユキオ、良いでしょう………」
他人の目の無いボックス席である。幾らでもキスが楽しめた。しかしユキオには今は色気より食い気だった。数分のキスで切り上げて、
「食堂車で晩御飯を食べようよ」
とキミエを誘った。言われてみれば自分も空腹だったので一緒に食堂車に行くことにした。
「俺はカツカレー。それとラーメンかな。キミエは」
「あっ、呼び捨てにしてくれた、嬉しい!」
キミエは初めてユキオに呼び捨てにされたのだ。他人ではなくなった証拠である。大喜びで、
「私はカレーでいいわ。ユキオ、お願いね」
食事の注文をする時にわざと自分も呼び捨てにして親しさをアピールした。キスの時にも呼び捨てにしていたのだが、他の人のいる前で呼び捨てにするのとは意味合いが違うと感じている。
「うーん、まだまだだな」
ユキオは首をひねった。
「何がまだまだなの?」
「中学生のころにあるレストランでカツカレーを食べたんだけど、これがとても美味しくてね。でもその店は今は潰れてしまってないんだけど、あの味が忘れられないんだよ」
「そんなに美味しかったの?」
「ああ、カツが違うし、カレーも違う。つまり全部違うんだよ。福神漬けの味はよく覚えていないんだけど、特にカツが美味しかった記憶がある」
「ここのカツは美味しくないの?」
キミエは気になって聞いてみた。
「いや、ここのカツは悪くはないんだけど、一言で言えば平凡なんだよね。俺の食べたのはカツがもっと薄くて、衣の色はもっと明るい、そして下味の塩コショウが絶妙だった」
「へえーっ、まるで通みたいな言い方ね」
「はははは、別に通でも何でもないけど、美味しいものの味って忘れないものだな。どうやって作るのかはよく分からないけど、違いだけは分かる。
今後、色々なところでカツカレーを食べて研究してみようかな。もしどうしても巡り会えなかったら、後は自分で作るしかないけどね」
「ふふふふ、すごい熱の入れようね。ユキオにはコックの才能があるかも知れないわね」
「いやいや、俺の一番の趣味は食べることだよ」
「あら、あたしを食べるのはどうなの?」
キミエは耳元で囁いた。
「はははは、それは、いの一番だよ」
「まあ、正直なのね、あはははは」
夕食が楽しくてかなり盛り上がった。しかし、楽しそうな人を見ると不快に感じる者もいる。二人が食事を終えて自分達の席に戻ろうとした時、通路ですれ違った数人の男女がいた。
「おい、金を返せ!」
ユキオのポケットからかなり目減りした現金約50万イエンをスリ取ったものがいたのである。攻撃して来た訳ではなかったので、ユキオは言葉だけで解決しようとした。
「言いがかりは止めてくれ、俺が取ったと言うのなら、探してみろよ。ふん、昼間っから女といちゃいちゃしやがってよ!」
男は強気だった。それもそのはず、男は直ぐに他の仲間にスリ取った金を渡していたのだ。
「お前ら四人が仲間なんだろう? おい女、股間に隠した金を出せ!」
「ええーっ!」
周囲から反発の声が上がった。若い女性に対して、股間などという言葉はセクハラとみなされる。
「ひ、ひどい! ううううっ!」
若い女は泣き崩れた。だがユキオは情け容赦しなかった。
「バン、バン、バン」
泣き崩れている女を除いて、3人の腹部へ当身を食らわして、その場にうずくませた。気絶させた訳ではなく劇痛で動かせなくしたのである。ユキオにとっては今までで最も穏やかな方法だった。
「きゃあ、何するのよ!」
ユキオが若い泣き崩れていたはずの女のスカートをたくし上げて、パンティを引き下ろした。陰部がもろ見えになったが、その下に、まさしく股間にお札が挟んであった。
「バシッ!」
女の頬を一発平手打ちしてから、
「このお金は何だ! 警察に行くか、それとも返すか。どっちにする!」
ユキオは険しい表情で女に迫った。
「わ、分かったよ、返すよ。ほ、ほら」
若い女は股間から札束を取り出して、ユキオに渡した。その瞬間だった。女はユキオの腕に噛みつこうとした。
「バシィ!」
さっきの平手打ちの数倍の威力の平手打ちが女の頬に炸裂した。
「ギャッ!」
今度も気絶するほどではなかったし、歯も折れていないが、しかし相当に痛かったはずである。劇痛で立っているのがやっとの状態になった。
少し間があってから女はパンティを慌てて引き揚げ、スカートを下ろした。そばにうずくまっていた男達も痛みが薄れて来たのか何とか立ち上がった。
「ど、どうしましたか!」
連絡を受けたらしい車掌が慌ててやって来た。
「いいえ、何でもありません。些細なトラブルでしたけど、もう解決しましたから。どうもお騒がせして申し訳ございません」
ユキオはざっと説明して、丁寧に頭を下げた。
「本当に申し訳ございません、ちょっとした思い違いだったようです。もう仲直りしましたから」
キミエも簡単に説明して、頭を下げた。
「はあーっ、面倒は起こさないで貰いたいですね。で、本当に解決したんですね」
「はい、済みませんでした」
スリの一人もそう言って謝って事なきを得た。お互いに警察沙汰は困るのである。その点で利害が一致して、一応丸く収まった。
「チッ!」
ユキオ達が去った後で四人組は舌打ちをして悔しがった。
「あいつら何者だ。ただの鼠じゃねえぞ、きっと」
「畜生、覚えてろよ!」
悪態をついた男女四人組は次の駅で降りて、カモを捜しに夜の街へ繰り出して行った。
「ふう、驚いたわ。スカートをたくし上げて、パンティを下げた時には生きた心地がしなかった。もし何も出て来なかったら、ただの痴漢よね。
よく思い切ってあんなことが出来たわね。私だったら、たとえ股に盗んだお金が挟んであることを知っていても、とてもあんなに大胆なことは出来なかったわ、ユキオさん勇気がある!」
ボックス席に戻ってすぐにキミエは興奮して大声で話した。
「それがあいつらの狙いなのさ。若い女性の股間にお金がある、分かっていても言い出しにくい。まごまごしているうちに更に他の仲間にお金を渡して、逃げ切る積りだったのさ。
俺は目が良いから、すぐ分かったんだよ。四人が仲間らしいってことも直感的に分かったから、ゆっくりしていられないと思った。だから少し大胆だと思ったけど、えいっ、て、やってしまった」
ユキオはわざとキミエのスカートをたくし上げて、さっきの女にやったようにパンティを引き下ろし、
「まあ、こんなに綺麗だったら、ちょっと気が変わっていたかも知れない」
などと言いながら、陰部に口をつけ、情交を始めた。
「ああ~ん、ユキオ~」
その後、ビッグシティ駅に着くまで短い時間ではあったが情を交わしたのだった。
「ビッグシティ駅の辺りで接触があるはずだけど、方法は?」
「私も何も聞いていないわね。多分、誰かが乗って来るんでしょうけど」
電車がビッグシティ駅に着き、それから発車して5分経ったが何事も無かった。ユキオはキミエに聞いてみたが天下本部からの連絡方法は分からなかった。
「コンコン、コンコン」
二人が天下本部の話をしていると、ボックス席のドアがノックされた。
「あのう、タンポポです」
聞き覚えのある声だった。
「えっ、タンポポ?」
ユキオは念の為に聞き返した。
「はい、便利屋のタンポポです、本部からの連絡事項とお薬持って来ました」
「お薬って何のお薬なのかしら」
今度はキミエが聞いた。
「はい、におい袋ですけど」
「分かった」
ユキオには天国島のカジノ風レストランで出会ったタンポポに間違いないと分かった。
「あ、あのう、お久しぶりです」
個室のドアを開けると、タンポポはハニカミながら言った。
「久しぶりだね、本当に」
確かに懐かしい顔である。キミエはちょっと面白くない。如何にも親しそうだからだ。
「こ、この若い女の子はどこの誰?」
「ああ、天国島の特別レストランに出入りしている便利屋のタンポポさんだ」
「タンポポ? 本名なの?」
「いいえ、通称です。本名は秘密です。えっとこれ、におい袋。それからこれはお給料だそうです。こっちが妖鬼じゃなかった、天涯ユキオさんの分40万イエン。
こっちが深里キミエさんの分30万イエン。どうぞお確かめ下さい。私はお二人と一緒にノースイーストシティに降ります。私の席は別ですから、今、お暇しますけど」
「ど、どうして私達と一緒なの?」
キミエは怪訝な表情で聞いた。
「済みませんが、お目付け役をおおせつかって来ました。これ以上長居されては困るとかで、要するに監視役ですね。これも便利屋の仕事なもんで、悪しからず」
「はははは、俺は信用されていないんだな。まあ、確かに何かと問題を起こすからね。で、降りてからも俺達と一緒なのか」
「はい。そう言われていますので。お邪魔かも知れませんが、本部の命令なので仕方ないです。お金も貰ってますし」
「ふんっ、しょうがないわね」
キミエは不快感を露わにした。
「まあ、本部からの指令じゃ仕方がない。で、何処まで一緒なんだ?」
「南端島到着までご一緒させて頂きます」
「ええーっ! あんまりだわ! こ、抗議して来ようかしら。いいえ、断固、抗議します!」
キミエは大憤慨である。本気になって席を立とうとした。
「まあまあ、キミエさん、まだ俺達の先は長いと思うから、抗議なんて止めて下さいよ」
ユキオはかなり真顔でキミエを止めた。
「じゃあ、とにかくそういう事なので、今後しばらくご一緒しますので宜しくね。私は自分の席に戻りますから、ちょっとの間だけさようなら」
タンポポは仕事と割り切った顔で自分の席へ戻って行った。




