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 104 故郷(1)


                   104 故郷(1)


「あれ、ホテルなのか?」

 タクシーは二人を最高級ホテルに案内した。

「はい、ここの最上階のレストランが眺めもいいし美味しいのよ」

 キミエは知っているらしかった。


「丁度2万イエンになります」

「じゃあ、これ」

 支払いはユキオが素早くした。

「ああ、もう、私が払ったのに」

 キミエは不満を漏らしたが、

「まあ、まあ、今回は俺が支払う番だから。じゃあどうも、有難うございました」

 なだめながら車から降りた。

「どうもご苦労様でした」

 話好きの運転手にキミエも丁寧にお礼を言ってタクシーから降りた。


「しかし、値段も高そうだけど、大丈夫なのか?」

 エレベーターの中でユキオはちょっと心配になって言った。

「ふふふふ、レストランの料金くらいだったら大したことはないわ。ここはね、天下グループの傘下にあるホテルなのよ。

 本当はここに宿泊したかったんだけど、大口の団体客があって、超満員だったのよ。部屋の空きが一つもないなんて、十年に一度有るか無いかの珍しい事なんだけど、その珍しい日に当たっちゃったのよね。

 120階建て、最上階の展望レストランは特に夜景が素晴らしいんだけど、それはまたこの次ということで、今日はお昼ごはんを堪能しましょう」

「そんな大口のお客がいたら展望レストランも混んでいるんじゃないのか?」

 ユキオはちょっと心配になって聞いてみた。


「それは大丈夫。大口のお客は何とかの大会の出場者で、もうホテルにはいないはずよ」

「ああ、そうなのか。でもよくそんな事が分かったね」

「今朝早く、皆が寝ているうちに電話で確認しておいたのよ。ユキオさんと一緒にラブラブでお昼を食べようと思って」

「はははは、何とも手回しが良いな」

「はい、私は手回しが良いんです」

 エレベーターには二人しか乗っていなかったので会話が弾んだ。


「へえーっ、ここなんだ」

 確かにすばらしい眺望のレストランだった。遠くの山々は雄大なスケールを感じさせて圧倒される。眼下を見れば豆粒の様な車がうごめく様が、おとぎの国に来たような錯覚さえ感じさせて、しばらく見ていても飽きが来なかった。

「前に一度だけ来たことがあったの、えっとその、二番目の彼氏とね。まあ、その話はもういいわね」

「ああ、楽しくはないな。昔の事は忘れようよ」

「勿論ですとも」


 二人は窓際の席で向かい合って座った。例によってユキオはステーキを注文し、キミエもそれにならった。ただし、ユキオの半分の量だった。

「ここは東洋一とか言われる高さを誇っているのよ。高さは888メートル。あら、昨日の部屋の番号と同じね」

「はははは、偶然かも知れないけど、何かの因縁があるのかな」

「さあ、偶然だと思うわ」

「はははは、そうだな。ところで、一つお願いがあるんだけどね」

「何?」

「一度故郷に帰ってみようと思うんだけど、ダメかな?」

「ええっ! 正気なの? 危険よ。わ、分かっていると思うけど、元の妖鬼、今の暁天ユキオの居る所なのよ」

 キミエは声を潜めて言った。


「勿論承知しているよ。俺は彼と話をしてみたいんだよ。どうして女子高生二人を殺したのか、法律が間に合わないという事がどんな意味なのかをね」

「でも、天下グループは良いとしても、ヤセールグループも網を張っているのよ。絶対無理だわ!」

 キミエは馬鹿な事を止めさせようと必死だった。ただ大声は出せない。小声で叫んだ。


「俺は彼の近くに行きさえすればそれでいいんだよ。直接話をしなくてもいい」

「そ、それってどういうこと?」

 キミエには意味が分からなかった。

「例えば彼にメモを渡すとか、色々な方法がある。誰かに頼んで連絡を取って貰うのさ。そうだ、電話する手もあるな。自分の所の電話番号は知っているし」

「無、無理よ。電話は盗聴されるのにきまっているし、それに、ユキオさん、言ってなかったけど、もう特殊メークが消えかかっているわよ。

 髪も銀髪が随分薄くなって、黒髪が見えているし。今のままだったら認証システムに引っ掛かるわよきっと」 

 相変わらず、止めさせようとした。


「どうしても行きたいんだよ。俺は絶対に捕まらない。考えがあるんだよ、捕まらないうまい方法がね」

「どんな方法?」

「それは、今は言えない」

「わ、私にも言えないの?」

「申し訳ないけどこれだけは簡単に言う訳にはいかない。キミエさんの事は大好きだけど、でも、これは別次元の話なんだよ。言える時期が来たら言うけどね」

「そう、夫婦同然の私にも言えないんだ。ひょっとしてウヅキさんやユキノさんには言ったのかしら?」

 キミエは失望を感じていた。自分はナンバーワンではないのではないのか、そんな思いが心の中を駆け巡る。


「いや、誰にも言っていない。さっきも言った様にこれは別次元の話だから、今まで唯の一度も言った事はない。ただし、一人だけその秘密を知っている奴がいる」

「ええっ、誰?」

「前に苦手な女性がいると言ったことがあっただろう?」

「え、ええ。確かブルースカイレストランに入った時だったと思いますけど」

「そう、あの時の彼女だけは秘密を知っている。まあ、簡単に言えば俺の弱みを握っている。だからどんな男を倒せても彼女は倒せないんだよ。

 拳銃を持って俺に向かってくれば倒せるけど、彼女はそんなことはしない。彼女だって俺の強さは知っているだろうからね」

「何の事だかさっぱりわからないわ。第一どうやって誰にも言っていない秘密をその人が知ったのかしら?」

「まあ、それは偶然にということだ。そうとしか言いようがない」

 ユキオは嘘をついた。『心読み』をどうしても秘密にしておきたかったのだ。


「ちょっと悲しいけど、さっき私の事を大好きだと言ったわよね。あれは嘘じゃないわよね」

「勿論さ、だから普通じゃお願い出来ないことをお願いしてるんだよ。本部に連絡して、南端島に行くのを2、3日遅らせて貰いたいんだけどね」

「分かったわ。やってみる」

 キミエは、ユキオの大好きという言葉に賭けてみることにした。


「ふう、やっと了承して貰ったわ」

 天下グループのホテルには所々に電話コーナーがある。そこから直接天下グループ本部に電話が掛けられるのだ。

 勿論公表されていない秘密の電話番号があるのである。電話は延々3時間もかかった。しかし、二日以内という制限つきでやっと了承が得られた。


「ちょっと忙しくなるわよ。あなたは先ず美容室に行って、メークをし直して欲しい。髪は金髪の方が良いわね。私も一緒に行ってメークの仕方を指示しますから。

 私はあなたの無理を聞いたのですから、せめてメークとか髪の色とかヘアースタイルとかは私の思い通りにして欲しいわ。良いわよね?」

 キミエは強気な言い方をした。


「ああ、分かった。じゃあ、行こうか」

 二人はホテルの中にある美容室に向かった。美容室に行くと幸い席が一つ空いていたので、すぐ席に座れたが、キミエの指示通りだと4時間はかかりそうである。

「4時間もかかるそうだけどいいかな?」

 ユキオはちょっと心配になったが、

「大丈夫、私もここでやって貰いますからね。私の方は2時間とは掛らないから、終わるのは一緒位だと思うわ」

 キミエはしゃあしゃあと言った。ユキオに選択の余地はなかった。


「ハイ、お疲れ様でした」

 ユキオが終わったのは午後7時ころ。キミエは6時ころに終わっていたので、予定通りとはいかなかったが、 

「あら、良い男になったわね」

 出来上がりに大いに満足していた。


「はははは、キミエさんもすっかり美人になったよ」

 これは嘘ではない。ここの所忙しくて美容院に行く暇がなかったので髪はかなり乱れ気味だった。その髪にさっぱりとしたパーマが掛って、化粧もプロがきっちりしたおかげで女優レベルの美人が出現した。

 美容院の料金はユキオが支払った。レストランではキミエが支払ったので、今度は自分の番だと言って支払ったのである。


 その後、衣料品店でカジュアルルックに決めた二人はタクシーでスーパー新幹線サウスビッグシティ駅に向かい、発車5分前のノースビッグシティ行きの電車に慌てて乗り込んだ。

 空いている席が他になかったので、定員二人の高級ボックス席に座らざるを得なかった。一人5万イエンで、二人分だと10万イエンになる。

 ユキオは持っているお金がどんどん目減りしていくのが辛かったが、どうしても行くと言ったのは自分だったので、支払わない訳にはいかなかった。


 3時間ほどでノースイーストシティ、ユキオの故郷に到着する。キミエは現状を電車の中から本部に連絡して置いた。本部からはビッグシティで仲間が接触すると知らせが入った。

「うふふふ、すっかり私好みの顔になったわ。ああ、超楽し~い!」

 ボックス席は防音が施されているので気楽に話せる。結構大きな声でキミエは叫んだ。ユキオの顔は特殊メークをした時とも、元々の妖鬼の顔とも異なる、いわゆるイケメンタイプの顔になった。


 ユキオ自身は特に良いとも悪いとも思わなかったが、

『俺の顔は全部で四つあることになるぞ』

 そう思うと少々憂鬱である。

「しかし、キミエさん本当に綺麗になったよ。何だか誇らしいよ」

 自分の彼女が美人なので憂鬱な気分も随分和らいだ。

「そ、そお。ふふふふ、嬉しい」

 キミエはユキオに褒められて上機嫌である。ところが憂鬱な話題が一つ出て来た。ボックス席にはテレビもついているのだが、ニュースを見ていると、天国島に対する捜査がいよいよ近いと伝えていた。

「はあ、いよいよ近いのか。せめて故郷に着いて、その後三日後くらいにして欲しいものだな」

 ユキオは弱気に言った。


「仕方がないわよ。私達にはどうにも出来ないわ」

 キミエは同情してみせたが内心は必ずしもそうではない。

『私のライバルが警察に逮捕されれば良いのにね。ウヅキ、ユキノ、それとジュノン。みんな捕まれば良いんだわ。そうなればこの人は永遠に私のものよ』

 そう思ったが、それでもなお一つだけ気掛かりなことがあった。

『ユキオさんが恐れている女、あの女は油断出来ないわね。弱みを握られているという事は、あの女の言いなりにならないとも限らない。

 つまり私からユキオさんを奪って行くかも知れない。いっそのことバッサリやってしまえば良いのかも知れない………』

 キミエの心の奥にごく小さな殺意が生まれた。

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