100 天国、99(1)
100 天国、99(1)
「ああ、思い出した。あ、いや、何でもない」
ユキオは道場で拳銃を取り出した男の事を思い出していた。しかし、ジュノンという部外者がいるので、それ以上話すのは止めにした。窓の外を見るのは怖いので、しばらくの間、目をつぶってひたすら考えることに没頭した。
『あれは確か天国島のガードマンのリーダーだった男! 俺に対する違法な措置で首になったと聞いている。本土に来ていたんだな。
何だか気の毒な事をしたな。しかし、どうして拳銃なんか持っていたんだろう。だけどあの銃は本物だったのだろうか?
………はじけるバネ! まさにそんな感じだった。拳銃を見た瞬間に反応していた。俺の態度は正しかったのか? しかし、一瞬のためらいが死を招くのだぞ!
本物だろうと偽物だろうと銃は銃だ。もし裁判になったら俺はどんな罪になるのだ? 彼はきっとこう言うだろう、殺意はなかった、いや、それ以前に銃は玩具だったと。
しかし、とっさに玩具かどうかどうして確かめられる? 撃ち殺されてから本物だと分かっても遅い。とすれば俺は正当防衛か?
あの銃が玩具だった場合、裁判官はどう判断するのだろう。冷静に見れば一目で玩具だと分かる代物だったかも知れない。しかし、そんな余裕があるか?
俺は絶対に正しかったはず。それと拳銃を持った三人組。これはもう間違いなく正当防衛だろう。あいつらの手は恐らく一生使い物にはならないだろうな。
俺にその権利はあるのか? いや、彼らは殺されても文句は言えないはずだ。やはり絶対に正しかった。もう少し手加減が必要?
俺にはそれが出来た。しかし手加減したくなかった。あの手慣れた感じはもう何人も殺して来ているのに違いないとそう感じたから手加減しなかったのだ、………』
「そろそろ、パーキングエリアです、15分くらいの休憩で出発するから宜しくね」
キミエが久しぶりに言葉を発した。静かだった車内にほっとした空気が流れる。暴走族から奪い取った車は車高が低く改造されていて、300キロ走行がやたら速く感じられるのだ。どうしても緊張してしまう。平然としていたのは、この車に慣れているらしいジュノンだけだった。
「もう11時を回っているのか、キミエさんコーヒーを飲みますか。それとキャロンさんとジュノンも。自販機のしかないけど」
前に駐車したパーキングエリアと違ってそこは小さく、自動販売機がずらりと並んでいる。後は簡単な雨をしのげる程度の屋根のかかった、イスとテーブルが幾つかあるだけの無人の休憩所である。他にあるのはトイレと電話位だった。
「そうねえ、私はカフェオレで」
キャロンが真っ先に答えた。
「私は普通のミルクコーヒー」
「あ、あの、私も飲んでいいんですか?」
キミエの次にジュノンは恐る恐る言った。
「ああ、勿論だ。どれでも好きなのを飲んでいいよ」
「じゃ、じゃあ、エスプレッソで」
「OK,俺は、ブラックが好きだから、と」
ユキオは四人分まとめて買って、イスに座って待っていた一人一人に手渡した。
「う、嬉しい、ううううっ」
何故だか突然ジュノンは泣き出した。
「まあ、このくらいで感激するなんて、………」
キャロンは少し呆れながらも同情した。
「ふん、演技よ。誰かさんの気を引こうと思っているのよね」
小声でキミエは皮肉った。
「あ~、うまい!」
キミエの皮肉が聞こえたがユキオは知らぬ振りをした。
『ジュノンは本当に感激している。簡単な事なんだけど、今まで一度もこういうふうにして貰ったことがなかったんだな』
ユキオはジュノンに対してかなり慎重に見極めようと、『心読み』をしていたのだ。彼女の心に嘘はなかった。
「おお、結構星が綺麗だな」
久しぶりに夜空を見上げた気がした。
『家出した時の満天の星空ほどではないけれど、なかなか綺麗だし、ちゃんと天の川も見えている。ふう、気持ちが落ち着く』
「あのう、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか? け、警察に追われているんでしょう?」
ふいにジュノンは言い出した。彼女はユキオが単なる乱暴者ではないことを察し始めていた。それどころか心優しい男なのだということに気が付き始めている。
『こっちから攻撃しない限り、この男は決して牙をむいて来ることはない!!』
今まで付き合って来た連中とは余りに違っていたのでかなり面喰っていたが、
『信じてもいい男』
そう思うと見え方が違って来た。気軽に声を掛けられそうな気がして、ちょっと聞いてみたのである。
「さて、そろそろ時間だから行きましょうか」
キミエはそわそわして落ち着かない。車から降りてまだ7、8分しか経っていなかったのに、みんなを急かせた。
『早くこのジュノンとかいう女狐を放逐しないと!』
女の直感というのか、自分の立場が危ういと感じている。ジュノンは今はケバケバしいなりをしているし、化粧も濃い。しかし、ガラリと変わってしまう可能性があることを既に見抜いていた。
「そうだな、じゃあ、俺はトイレに行ってくるから」
ユキオはなるべくみんなを休ませる為にあえてトイレに行くことにした。
「じゃあ、私も」
キャロンが言うと、
「あの、私もなんです」
次にジュノンが言った。
「じゃあ、私も行きますよ」
キミエは怒った感じで言った。結局、15分近く休憩が取れたので、ユキオは安心して車に乗った。
『キミエさんの疲れも少しは取れたはず』
そう思ったのである。車は間もなくスーパー高速道路を抜け一般道に入って行った。もうそこはサウスビッグシティである。
「初めて来たけど、何かビッグシティより高層ビルが多いみたいだな」
車の速度が落ちたので、ユキオは余裕を持って話が出来た。
「そうよ、この街は昔からビッグシティと張り合っていて、いつもビッグシティに追いつき追い越せの街ですからね。何が何でもビッグシティにだけは負けない、そんな風潮がそうさせているのよ」
「もうじき、天国、99ですけど、普通に入って宜しいんですか?」
キミエはキャロンから特に指示を受けていなかったが念の為に聞いてみた。
「はい、ふつうの客として入りますから。ホテルに入ったら、先ずやることは部屋割りよ。一部屋に四人は認められないことになっていますからね。まあ、特別料金を払えば出来ますけど」
「ふうん、二人ずつ二部屋に分かれるのか?」
ユキオは素直に聞いた。
「はい。でもちょっと話が遠いわね」
キャロンは二部屋を取ると言ったものの確かに何かと不便であることに気が付いた。
「そうです。特別料金を支払って四人一緒の方が良いです」
キミエは当然のこととして言った。
「あ、あのう、四人でエッチするんですか?」
ジュノンがこれもごく当然のこととして聞いたのだった。
「ち、違うわよ。一般のホテルが間に合わなかったからラブホテルになっただけで、エッチはしません」
キャロンは慌てて言った。
「それじゃあ、普通に入室して、部屋は四人一緒にするんですね。手続きは私がしますけど宜しいでしょうか。あのう、それで、その、お金の方は」
キミエは手続きをするつもりだったが余りお金を多く持ってはいなかったので、一応キャロンに聞いてみたのである。
「ああ、それは私が払いますから」
キャロンは即答したのだが、
「済みません私に支払わせて下さい」
ジュノンが払うと言い出したことにはみんな驚いた。
「悪いけど、ここは組織の手前もあるから、私が払わないとまずいわね」
キャロンが改めて言った。
「組織の手前ですか? 組織って、ええっ! そ、組織なんですか?」
ジュノンにはますますキャロン達のグループの正体がつかめなくなった。
「その質問にはノーコメント。先ず駐車場に駐車して」
キャロンはジュノンの質問に辟易し始めている。素直に聞かれるのでかえって答えにくいのだ。
「それじゃあ、行きましょう。888号室よ」
キミエが車を駐車場に入れると、すかさず降りて走る様にして行って、キャロンは受付で一部屋に四人入る交渉をした。勿論、追加料金を支払ってOKである。
エレベーターで8階に行くと8番目の部屋だった。何のことも無い、8階の部屋は811号室、822号室などとなっていて、一つの階には8つしか部屋がないのだが如何にもたくさんある様に部屋の番号を二つ並べてあるだけだったのだ。
「888号室というから、一杯部屋があると思ったら、見せ掛けだけだったのね。でも、ラブホテルの部屋ってどんなのかしら。回転ベッドとかあるんでしょうね」
キャロンははしゃいだ感じで言った。どうやらラブホテルは初めての様である。
「天下グループ、ああ、いや、何でもない」
ユキオはつい口が滑った。天下グループの幹部なのに重要な収入源であるラブホテルを知らないのか、と言いたかったのだが、部外者のジュノンが居て、その話はまずいのだ。
「わあ、部屋中がピンクだらけね、大きい鏡があるし、円形のベッドもあるわ!」
部屋に入ると、キャロンが感激したような口調で言った。ラブホテルに入ったことがないのはキャロンだけの様である。
「でもみんな冷静ね。ラブホテルに入ったことがるの?」
「まあ、俺は、一人でホテル代わりに何度も入ったことがある」
「わ、私は昔の彼と何回か」
キミエは言い難そうに言った。ユキオの前では如何にも言い難かったが、今更嘘をついても仕方がないと思った。何しろ彼には彼氏が3人居たことを白状しているのだから。
「私は、あいつらと何度も来た。私はあいつらの玩具だったから。自分から進んで来たことは一度もないけど」
三人三様のラブホテル歴だった。




