10 逃亡(2)
10 逃亡(2)
家族とは何度か一緒に来たことはあったが、一人で来たのは今回が初めてである。しかも目的地がない。
『あれ、何だか腹が空いてきたぞ。はははは、こんな状況でもちゃんと腹は減るんだな。しかし、情報が欲しい。そもそも今日はいったい何月何日なんだ。
そうだ、時計を買おう。携帯電話とかだと身分証が必要だけど、時計だったら大丈夫。金さえ払えば買えるんだからな』
食事も靴も後回しにして先ず時計を買うことにした。しかし、やはり時計店も開いていなかった。結局、ゆっくり朝食をとることにした。
『ああ、ここが良さそうだな。ここだったらのんびりできそうだ』
十五分ほど歩きまわって、早朝から開店しているらしい喫茶店を見つけた。
「いらっしゃいませ」
「ああ、モーニングセット、お願いします」
「かしこまりました」
そんなありきたりのやり取りがあって数分後、注文のものが運ばれてきた。トースト、ハムエッグ、野菜サラダとコーヒーの格安セットだった。コーヒーお替り自由で五百イエンである。
運んできたのは若い女子、恐らくはアルバイトの女子高生だろう、ぎこちない様子からそれとわかる。客は他に五、六人居た。他の連中はもう少し高価な食事をしているようだが、
『とにかく節約せねば』
と思っているユキオには縁のないもののように思えた。
「おっと、ニュース、ニュース!」
普通の喫茶店と思って入ったのだが、各テーブルに一台ずつパソコンが置いてあって、インターネットが無料で使えるようである。嬉しくなってつい小声でニュース、ニュースと言ってしまった。
『ええっ、もう8月の下旬なのか! スイーツ研究所で眠らされてから二週間以上たっているんだ! うぐぐぐぐ……』
かなり日数が経っていることは何となく分かっていたが、それが紛れもない現実だと知ると、かなりショックである。気持ちを落ち着ける為にしばらくコーヒーだけを飲んでいた。
やがて気持ちがおさまると、ゆっくりと食事にとりかかった。改めてネットの日付や時間を確認する。
『ええと、今は午前八時半か。一時間ちょっと粘れば、たいていの店が開く午前十時になるな。さてと、動画ニュースを見てみようか。……えっ!』
自分に関するニュースがトップで伝えられていてドキリとした。
「女子高生連続殺人事件の容疑者、津下原陽気が、逮捕寸前に逃走した模様です。ご覧の山中の小屋には、つい数時間前まで陽気容疑者が潜んでいたと思われます。
入り口には内鍵がかけてあり、小屋の天井を破って逃走した模様です。これらの行為は、恐らく警察の捜査を逃れる為の時間稼ぎをしたものなのでしょう。
しかし、そのような細工をしなければならなかったという事は、相当に切羽詰まった状況にあったと考えられます。
なお、警察当局は今回史上初めて、ロボット警察犬を使うと発表致しました。総合的に見れば、通常の警察犬の数百倍の能力を持つと言われるロボット警察犬の投入で、容疑者逮捕は時間の問題、数日中には犯人逮捕の一報がもたらされるものと期待されております……」
ロボット警察犬と聞いてユキオに戦慄が走った。
『えええっ! ロボット警察犬! こりゃのんびりしておられんぞ! ああ、しかし、スーパー新幹線に乗って来て正解だったな。駅までは追跡出来ても、その先はちょっと手こずるだろうよ。
……これからは頻繁に乗り物に乗って、追跡されないようにしないと。くそっ、何としても逃げ切って見せるぞ! ここも長居は無用だ!』
一時間以上粘って居る積りだったが、三十分で切り上げて、今度は電車に乗った。どこへ行く当ても無いまま、大勢が降りた駅で自分も降りた。
『大勢と共に行動すれば、それだけ、足取りが分かり難くなる筈だ。これからはその方針で行こう』
その後も電車に乗ったり降りたりしながら時間を潰し、やがて、お昼近くになって、ようやく靴屋にたどり着いた。それまで履いていたズック靴は、無線発信機などを外してぼろぼろだった上に、かなり頻繁に歩き回ったので、既に殆ど底が抜け落ちていた。半ば裸足で歩いていたのだ。
『はははは、何だか足が痛いと思ったら裸足同然だったなんてね。まあ、ソックスのお蔭でいくらかましだったけど、やれやれ、これで何とかなるぞ』
ユキオは即断即決で靴を買い、近くの時計店で時計を買った。あまりに早い決断なので、両方の店の店員たちがちょっと訝しく感じたほどだった。両方合わせて約一万イエン。それでも残金はまだ九十万イエンほどある。
『数か月は何とかなるけど、一年持たせるのは無理だろう。金を稼ぐ方法はないか?』
ユキオに一つの目標が生まれた。しかしまず必要なのは行動力の維持である。昼食はかなり大きなスーパーの中にあるファミレスに入って、栄養のありそうなものを食べ、体力の回復に努めた。
その後、スーパーの中に大型テレビのある休憩所があったので、わざとのんびりとした風情を漂わせて、お昼のワイドショーを見た。
話題はやはり自分のことが一番に取り上げられている。それをまるで他人事の様な振りをして、時々頷きながら見続けた。
警察は既に立ち寄ったラブホテルを特定していたし、スーパー新幹線に乗ったところまでは、ロボット警察犬の素早い捜査で把握出来ていた。
ただ、幸いなのは服装の特定が出来ていなかったことである。これはラブホテル側が売れたコスプレ衣装の情報提供を頑として拒んだからだった。
お客様のプライバシーの侵害に当たる、として警察側に協力しなかったからであるのだが、何か別の理由があるのかもしれない。
「残念ながら、どこへ向かったか、までは特定出来ていませんが、恐らくはビッグシティに向かったのでありましょう。ここで容疑者の陽気君に言いたい。
もう、いい加減逃げるのは止めて、自首しなさい。もし自首して来たのなら、この私が全力で、死刑にならない様に応援致しますから」
ワイドショーの年配の司会者はそんな風に呼びかけたが、
『はははは、この人は呑気でいいね。死刑制度を圧倒的に支持しているこの国じゃ、あんたの呼びかけに答える奴は結局少数派だと思うぞ。
なんだかんだ言っても結局処刑されるのにきまっている。そもそもこの国を陰で動かしていると噂の、あの津下原会長が死刑にしたがっているんだからな……』
「ふうっ」
何か辛さを感じて溜息が出た。しかし、その反動だろうか、これでユキオの方針はきっちりと固まった。
『このままじゃ、いずれ捕まるぞ。それを回避する方法はただ一つ、金だ! ここまで来れたのだって、金があったからだ。金があれば、色々な選択肢が生まれる。
出来れば、百万、いや、三百万位は稼がなければ。ああ、だけど、どうやって金を稼ぐ? 身分証はないんだぞ。ううむ、パチンコはどうだ?
しかし、パチプロといえども短期間に三百万イエン稼ぐのは容易ではあるまい。それに、パチプロの素質があるとも思えないし、いや、まてよ……』
ユキオはうまい方法がありそうな気がして、席を立ったのだった。




