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 1 家出と挫折と

                         

            空  の  数  え  歌        

        

                                     春野エックス                     

                     1  


 夏休みの初日だった。高校二年の暁天ぎょうてんユキオは家出した。地方のローカル線の線路上をとぼとぼと歩く。午後四時、かなり暑い。

『のどが渇いたな。少し腹も減ったから、一休みして行こうか』

 線路わきの草むらの座れそうな所を探して、腰を下ろし、水筒の水を飲み、夕食用のクリームパンを食う。

『うん、美味いな。……これからどうする? まあ、行ける所まで行くさ』

 最低でも三日は家に帰らないつもりだった。持って来たカバンの中には着替えの下着とパンやお菓子などが入っている。線路の周囲は人家が少なく畑が多かったが、その畑も減りつつある。次第に山の中へと入りつつあったのだ。目立って来たのは点在する林だった。


『一時間に一本くらいしか電車は来ないから、次の電車が通ったらまた歩くことにしよう』

 特にすることもなく、空の雲の行方などを目で追っていると、間もなく轟音ごうおんとどろかせて二両編成の電車が通って行った。

『とにかく、どこまでも歩くぞ!』

 体力はあったが気分は重い。中学の時に成績の良かったユキオはいわゆる進学校に入った。その地域一番の進学校だったこともあって、授業のスピードが速かった。かろうじて二年に進級出来たものの、もう限界だった。

『半年で一年分を終わるんだからな、速過ぎるよ。いっそのこともっとレベルの低い高校に行けばよかったな。いや、それは無理だろう。親父も先生もクラスメートも認めはしないだろうよ。いやいや、俺が、俺のプライドが許さないよな。ああ、何かうまくいかないな』

 チンプンカンプンで全くついて行けない授業を受けることほど辛いものはない。しかも何故だか全くやる気が起こらないのだ。


 あれこれ考えながら、しかし時々電車をやり過ごす為に、線路から少し離れたところで休養を取りつつ、線路上を歩き続けた。

 午後六時を過ぎると辺りは徐々に薄暗くなり始めた。午後七時過ぎになると、一つ二つと星が輝き始める。街中にいたのでは、そのような微妙な変化には全く気付かない。

『家出して良かったことの第一号だな』

 そう思うと幾分気持はなごんだ。


 午後八時、辺りは真っ暗になった。周囲に人家は全くなく、それこそ真っ暗である。何気なく空を見上げた。

『ウオオオオオーーーー!!』

 恐らくは生まれて初めて見る満天の星空だった。言い様のない凄まじいエネルギーを感じた。心の中だけだったが叫ばずにはいられなかった。

「で、でかい!! こ、これが大宇宙なんだ!!」

 思わず大きな声が出た。人気が全く無いので大声を出しても平気である。しかしすぐに惨めな気持ちが沸き起こる。

『俺は、俺は、なんて小さいんだ……』

 自分が草むらに潜む、小さな一匹の虫けらのように思えて、しばし呆然とした。それでも、何とかそのあと数時間は歩き続けた。が、やがて歩き疲れて、徐々に気力が衰え始めた。

『俺はいったい何をしているんだ?』

 学校生活に疲れて家出して来たものの、何の当てもないのだ。節約すれば三日は持つ筈の食料ももう既に殆ど食い尽くした。


『仕方がない、帰ろう』

 結局ユキオの家出は半日で挫折した。ただその時見た宇宙の凄さだけはくっきりと心に残った。帰宅した一人息子のユキオに険しい視線は向けたものの、両親は厳しい注意などはしなかった。しかし、

「親戚の人達に来て貰って、たった今帰ったばかりなのよ」

 と言った母の言葉が印象的だった。親戚を呼んだのは父親に違いない。

『親戚を呼んでどうするんだ?』

 ユキオは父親が自分の心情を全く理解していないことを悟った。

『早く学校を辞めたい、もうどうにもならないんだけど。何度も何度も辞めるって言ったのにな……』

 その意思表示の為の家出だったのだが、両親ともに帰って来たことに安心しただけだった。今は夏休み。休みが終わったらどうしようという当ても無いまま、ただズルズルと日は過ぎていく。

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