5魂――平穏とは言い難い日常
「ふっふっふっ、流石俺が見込んだ奴等だっ!あの馬鹿の鼻も明かせて俺は非常に鼻が高い!今なら大概の願いを叶えてやるぞ!」
「では願おう。消えろ」
「ウザイ」
恒例の屋上前階段にて恒例の神様登場。ちなみに週明けの月曜日である。
流石に2人とも突然の登場にも慣れて直ぐに返した。神様は微妙にショボーンとしている。
「お前等、いくらなんでも酷くねえか」
「あんな不愉快な思いをさせられたら誰だってこうなる。失せろ元凶」
「夢見の悪い経験だった。消えろ似非神」
ここぞとばかりにボロっかすに言いまくる2人だった。
「……そこまで言うなら帰ってやるよっ!置土産だ、とっとけっ!」
いつも通り天井に消えていった神様だった。
「置土産だって言う奴初めて見た」
「私もだ。結局何の変化も無いようだ、何をしに来たのだろうな」
「知りたくもないです」
「同感だ」
とことん神様が嫌いな2人だった。
「そう言えば、鳥嶋香澄のその後を知りたくはないか?」
「興味ないです」
「そう言うな、私は話したいんだ。ちゃんと聞いていろ」
最初から響夜の意思など無視する気の燈華だった。
「土曜日と日曜日は流石に倒れたままだったらしい。それはそうだな、あれだけ殴っておいて普通のOLが無事なはずがない。特に何度も背後から首を痛めるような攻撃をされたんだ。首の骨に異常が無いのが不思議なくらいだ」
響夜の顔が微妙に青い。
それもそのはず、背後から何度も攻撃したのは響夜だ。そのたびに鳥嶋香澄は鞭打ちになるような衝撃を受けている。最後には後頭部を屋上の床に叩きつけもした。訴えられたら殺人未遂だと言われる可能性だってある。
「日曜日の昼過ぎくらいに目を覚ましてから首が痛いと言っていたそうだ。心当たりはないか?なぁ、響夜」
「……さぁ、後ろから殴られでもしたんですかね。いや~、世の中何があるか分からないですし怖いですね」
「ふっ、そうだな。いきなり見知らぬ男子高校生に殴られたのかもしれないな」
燈華のあからさま過ぎる言葉に冷汗が噴き出す響夜であった。理由はどうあれ女性を背後から襲ったのは事実である。
「苛めるのはこの辺にしておいてやろう。
目を覚ました鳥嶋香澄は憑き物が落ちたとまではいかないまでも社会復帰に前向きにリハビリを始めたそうだ。今は病院のリハビリステーションで落ちた体力を鍛え直し、精神科で内面のバランス調整をしているそうだ」
「ま、急に回復するなんて都合の良い事はありませんか。まぁ、社会復帰に動き出せるようになった時点で驚きだな」
「そうだな。今日はバイトか?」
「ええ、沙夜も来ますよ」
「ふっ、では放課後を楽しみにいているぞ」
そう言って名残惜しさなど欠片も感じさせずに燈華がその場を後にした。
「……今回は特別だった」
響夜にとって魂処理は新しく増えた日常の1面だ。だが新しいという事は無くなる可能性も高いという事だ。
「こんな事はもう起きない、起きても知らない。それだけだ」
そう自分に言い聞かせ、響夜もその場を後にした。
放課後、予定通り響夜は喫茶スズランでバイトに精を出していた。
普段通りにマスターに挨拶し、馴染みの客を雑談混じりに接客し、時々暇潰しで来ている燈華と妹の沙夜に絡まれる。そんな響夜の日常。
響夜が外を見ると店の扉を開けよとしている人が居る事に気付き接客の準備にトレーの上にお冷を用意する。その間に新たな客が店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ、御一人様ですか?」
新たな客は強気な目をした中学生くらいの少女だった。頭にはハチマキを巻いていて少々痛い臭いがする。
「……あんた、何でここに居るじゃん」
少女、ユウが顔を驚愕に染めて聞いてきた。
「何でと言われても、ここは俺のバイト先だ。2人席とカウンター、どっちが良い?」
「……カウンター」
今にも噛み付いてきそうな雰囲気だったが店内は響夜のホーム。下手に絡んで痛い目を見るのは御免だとばかりに響夜を抜いて壁際のカウンター席、燈華の隣に座った。
「ほう、珍しい客が来たものだな。マスター、この子にオレンジジュースを。私の奢りだ」
「ここはバーじゃありませんよ」
「アタシは子供じゃないじゃんっ!」
マスターのツッコミは華麗にスルーされた。マスターも最初から冗談だと分かっているので微笑を浮かべて2人の様子を窺っている。もとい楽しんでいる。
「それより何であんたまでここに居るじゃん」
「私はここの常連だ」
「……あいつが居る時点で気付くべきだったじゃん」
「心外だな、私はただマスターのコーヒーとケーキに釣られただけだ。響夜と知り合ったのは偶々だ」
燈華のハッキリとした物言いに二の句も繋げずに黙りこくってしまうユウだった。
「燈華さん、あんまり新規のお客さんに絡まないでください。ユウ、注文が決まったら呼んでくれ」
「……分かったじゃん」
お冷とメニューを渋々と受け取るユウだった。
「ナニナニー!兄さんと義理姉さんの知り合いー?」
燈華の反対隣に座っていた沙夜が興味津々で燈華越しにユウを見る。どうにも沙夜の『姉さん』に別の意味を感じて不安になる響夜だった。
「わー、可愛い娘!」
どちらかと言えばユウは生意気そうな娘だ。妹を眼科に連れていこうか悩む兄であった。
「……決まったじゃん」
「お、決まったか。ご注文は?」
「レモンティにチーズケーキ」
「「「っ!」」」
店内に衝撃が走った。響夜も燈華も沙夜も他も客も全員目を見開いてユウを見る。ユウとしてはコーヒーは苦くて飲めない、しかしジュースは恥ずかしいという背伸びしたい年頃の注文だった。
「な、何かマズイじゃん?」
「う、嘘だろう?」
「……質の悪い冗談だよな?」
「何で、よりにもよって」
上から燈華、響夜、沙夜の順である。ちなみにマスターは嬉しそうに紅茶の準備を始めた。それを見て全員がユウに同情的な視線を向けた。響夜に至っては死地に赴く戦友を見るような暖かくも悲しい目をしている。
「その、何だ、お前とは衝突してばっかだったけど、嫌いじゃなかったぜ」
「私達はきっと今世では仲良くはなれないだろうが、来世では友人になれると良いな」
「駄目だよ、思い直して!どうして、どうしてそんな風に命を軽々しく扱えるのっ!」
響夜と燈華の優しい顔、アニメの最終回で相打ち覚悟の主人公を止めようとするヒロインのような沙夜に困惑し過ぎて何がなんだか分からなくなるユウだった。ちなみに誰1人自己紹介していない。
「さ、できましたよ」
マスターの言葉に過剰に反応した3人を見てユウもいよいよ自分が何をしたのか悟った。
マスターがカウンター越しに出してきたのはレモンティとチーズケーキ。
そう、チーズケーキは良い。作りおきにも関わらず鮮度の高い状態で保存されていた事が1目で分かる綺麗な色、鼻腔をくすぐる芳醇な香りは口に含んだら間違いなく至福の時を与えてくれるだろうと予想できる。
問題はレモンティの方だ。明らかにおかしい。レモンティなのに、青い。
鼻腔を刺激するのは何やら柑橘系とは別の酸味の臭い。強いて言うならキムチに近いが通常のそれより明らかにキツイ臭いだ。正直チーズケーキの香りをかき消しかかっている。
「…………店員、響夜とか言ったじゃん?」
「ああ」
「店員ならお客様のためのサービス精神ってのがあるじゃん?」
「無い」
「今直ぐ作るじゃん。そしてアタシの代わりにレモンティだけ飲むじゃん」
「無理」
喫茶スズラン、そこは人知れず現世に溢れかえった魂を神に代わり処理する者達、通称、魂処理屋が集まる秘密の喫茶店。
今日もスズランには魂処理屋が集まる。混沌と呪いのような現実に愁いを抱きながら。
「響夜、私はこれで帰るよ。明日提出の課題があるんだ」
「私も!明日の英語の予習しなくちゃっ!」
「あ、用事思い出したじゃん!大丈夫じゃん、金は払うじゃん!」
逃げ惑う人々、阿鼻叫喚の地獄がそこにはあった。
「待て!自分の注文した品くらい自分でどうにかしろっ!」
悪夢のような現実も、呪いたくなるような人間関係も含めて、響夜の日常は続いていく。
響夜は心の内で呟く。
(何でこうなった)




