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4魂――魂人への対処法

 病院で人気の無い所が思いつかなかった響夜は仕方なしに屋上に来てみた。意外なことに鍵はかかっていなかった。


「人は……居ない。ここなら平気か?」


 燈華が後ろに居るのは確認済なのでここまでは順調。問題はこの後、魂人にどう対抗するかだった。

 フェンスの下を見に扉から離れ、2人を待つ。


「響夜、ここで良いんだな?」

「他に思いつきません。ここでやりましょう」


 背後で扉の閉まる音がした。振り向いてみると、明らかに正気じゃない焦点は合わないがランランと輝く目をした女性が響夜と燈華の間に居た。


「と言うわけだ、鳥嶋香澄。いや、鳥嶋香澄に憑く何か」


 燈華の言葉に鳥嶋香澄の肩がピクリと反応した。


「お前が誰かは知らない。だが鳥嶋香澄本人ではないだろう?その体は鳥嶋香澄の物だ。返してやってくれないか?」


 響夜から見える女性の表情はピクピクと痙攣している。怒りで震えているかのようだ。


「生きているお前達に、何が分かる」


 鳥嶋香澄が呟いたのは、とても20代の女性の声とは思えない低い声だった。


「分からないだろうな。だからこうして対峙している」

「ハッキリと言うな。そこの小僧も同じか」

「さっきのやり取りで分かってんだろ?」

「そうだったな」


 自暴自棄になった狂人というわけではないらしいが、テレビや漫画の悪霊と同類で考えている響夜としては話し合いは期待していない。


「そのままだと体が腐るそうだ。早めに体から出て成仏したらどうだ?」


 処理と言うと反抗されそうなので成仏と言い換えた燈華だったが素直に従うとは思っていない。


「五月蝿い、お前達の意見など聞いていない。俺には目的がある」

「それこそ聞いていない。お前が占拠しているその体は別人の物だ。さっさと出て行け」


「五月蝿いと言ったぞ、小娘」


 鳥嶋香澄が首だけを背後の燈華に向け、濁った瞳で射抜く。壊れたブリキの人形のような、首の関節が砕けているのではないかと思う姿勢だった。


「出て行けと言ったぞ、亡者」


 気持ち悪い視線を余裕の表情で受け止める燈華は鳥嶋香澄を見る。鳥嶋香澄の後ろに居る響夜を見る。


「俺に交渉など無意味だ。来るなら来、」


「言われなくても」


 鳥嶋香澄は燈華を見ていたが、燈華は鳥嶋香澄を視界に入れているだけだった。本当に見ていたのは忍び寄る響夜。

 燈華とのお喋りに気を取られている鳥嶋香澄を正面から殴り倒し燈華の前に転がす。同時に燈華も蹴り返す。


「まさかあんなにも無警戒に響夜から視線を外すとは思わなかったぞ。交渉は決裂、ここからは実力行使といこう」

「この蛮族がっ!」

「略奪者が何を言う」

「貴様っ!」

「後ろガラ空き!」


 燈華の挑発に乗ってしまいまたしても後ろから響夜に攻撃された魂人から魂が剥がれ始めた。


「成程、これを続ければ剥がれるという事か」

「今の俺、かなりの最低野郎に見えるんだろうな」


 勝機を見て笑を浮かべる燈華と自分の行いが周りからどう見られるか考えてゲンナリする響夜だった。

 2人がそうして鳥嶋香澄と対峙していると、階段扉からバタバタと走る音が聞こえてきた。この状況を誰かに見られるのはマズイと一瞬焦った響夜だったが扉を開いた人物を見て脱力した。


「出てくるじゃん、魂人!この魂処理屋のユウが相手じゃんっ!」

「何だよ、この前のハチマキ中学生か。飴ちゃんやるから帰れ」


登場したのはハチマキを巻いたもう1人の魂処理屋、ユウだった。響夜が持っているのは病院のフロントに置いてあった飴だ。

ちなみにユウからしても2人が居るのは想定外だったらしい。


「何でお前等がいるじゃん!?」

「自称神とやらの指示だ」

「アタシだけで充分じゃん!」

「どうでも良いけど速く倒さねえとさっきまでのダメージ回復しちまうぞ」

「響夜、私達は私達でやるぞ。あいつは協力する気はなさそうだ」

「了解です」


「ガキが1人増えた程度で!」


 完全に無視された鳥嶋香澄がキレた。その上キャンキャン五月蝿い少女の登場でウンザリもした。


「さっさと処理してやるじゃん!」


 ユウが鳥嶋香澄に正面から殴りかかるが覚束無かった足取りは消え、シッカリと地面を踏みしめユウの拳を両手をクロスさせて受け止める。

 殴り合いの経験など小学校低学年以来のユウはその後の行動が遅れ、カウンターで強烈な右ローキックが横腹に当たり倒れた。

追撃しようとした鳥嶋香澄だったが響夜がまたしても背後から蹴飛ばし倒れそうになったところを燈華のアッパーで追撃された。


「流石響夜だ。不意打ちが上手い」

「遠回しに貶してますよね」

「このガキ共がっ!」


 いつまで経っても巫山戯た態度の2人に鳥嶋香澄のイライラも最高潮だ。

 何度も背後から不意打ちをしてくる響夜に殴りかかる。寝たきり病人にはありえない速さで近付いてくる鳥嶋香澄に驚きながらも響夜は腹に蹴りを叩き込んだ。

 燈華はよく男と喧嘩をし、響夜はそれに巻き込まれる事が多い。結果1対1の喧嘩ならば簡単には負けない程度に強くなった。


「何で寝たきりの病人があんな動けんだ?」

「恐らくリミッターが働いていないんだろう」


 響夜の独り言に燈華が答えた。俗に言う『人間は本来出せる力の殆どをセーブしている』というやつだ。


「自分の体じゃないから何しても良いってか?盗人猛々しいな」

「黙れっ!」


 響夜の小馬鹿にしたような態度に鳥嶋香澄が掴みかかるがバックステップで避けられ、顎を燈華に蹴り上げられる。その拍子に魂が殆ど離れた。

 魂が剥がれかかっているのが見えたわけではないが響夜が前にステップし距離を詰め、鳥嶋香澄のおデコに手を当て地面に叩きつけた。

 完全に力の抜けた鳥嶋香澄の体からは魂が離れたようで、響夜と燈華の目の前には人間の形をした魂が現れた。


『何故だっ!何故俺の邪魔をするっ!俺はただ、家族に会いたかっただけだっ!』


 初めて聞く魂の叫び声にユウがビクッと震えた。


『ガキ共が何様のつもりだっ!少し特殊な力を持っているからと神気取りかっ!この体は俺が受け取ったものだっ!』


 魂には魂の事情がある。生前の未練を捨てきれず、また神に処理してもらいあるべき流れに乗る事も出来なかった魂は現世で願いを叶えるために必死だ。

 そのためには人の体を乗っ取る事も辞さないほどに。


「誰が神など気取るものか」

「あんな巫山戯た奴の真似なんて、御免だ」


 ただし、ここに居る2人にその手の泣き落しも慟哭も通じない。


「貴様こそ他者の肉体を乗っ取るなど、どういうつもりだ」


 燈華の静かだが責めるような視線が人型の魂を貫く。


「他者の自由を奪うなど、貴様こそ神を気取るのも大概にしろ」


 ゆっくりと、燈華が魂に近付く。


「鳥嶋香澄に何があったのか、私は知らない」


 燈華1歩進める度に1歩分後ろに下がろうとする魂だが、いつの間にか背後に移動していた響夜に羽交い締めにされた。


「鳥嶋香澄自信が、貴様に体を明け渡したのかもしれない」


羽交い締めにされ逃げる事もできない魂の顔は恐怖に歪んでいる。


「だが、それが貴様の行動の理由にはならない。あるべき流れで猛省しろっ!」


燈華の右ストレートが魂の鳩尾を打ち抜き、消滅させる。


『俺は、ただ……』


 最後に聞こえたのは、言葉にならない名もなき魂の悲鳴、ではなく。


「すまん」

「軽く、殴れば、良かったでしょう、が」


 魂と一緒に殴られた男の情けない非難めいた声だった。


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