スタローヴァヤの看板娘
あれから昼食を取ろうとユルスナールに連れて来られた場所は、飾らない庶民的な【スタローヴァヤ】だった。
その店は、街の東側で開かれている市場から程近く、市中を緩やかに横断する大通りからは一本、脇道に入った所にあった。
開け放しにされたこじんまりとした木の扉を抜ければ、途端に中にいる客の熱気と様々な料理の匂いが顔面一杯に押し寄せて来た。
「はい。お待ちどう。熱々の【ガルショーク】だよ!」
威勢の良い掛け声と共に前掛けを着けた体格のいい女が肉付きのよい腕をテーブルの上に差し出した。
「うお、旨そうだ」
客が待ってましたとばかりに揉み手をして唾を飲み込めば、
「何、言ってるんだい。当たり前だよ。心してお食べ。熱いから気を付けるんだよ」
女は艶やかな赤みを帯びた頬に、自信たっぷりにからからと笑い、客の男の肩をど突いた。
男が痛みに顔を顰めたのも束の間、他の客から声が掛かる。
「おーい。こっちは肉団子入りの【シー】を頼む」
「あいよ。今行くから、ちょっと待っておくれな」
女は振り返ると、快活なよく通る声を響かせた。
店内は昼時とあってか、かなりの混み合いを見せていた。まさに掻き入れ時と言ったところだろう。
そこは、ちょっとした戦場のようでもあった。
狭い間口からは考えられない程、中は広々としていた。奥にはカウンターが据えられており、その手前には四人掛けのテーブルと椅子が雑然と、だが、この場所なりの秩序と法則性に則り並んでいた。飾り気の無い実用性重視のテーブルには、申し訳程度の質素なテーブルクロスが掛かっている。
そこには、多くの男たちがひしめいていた。
たっぷりとした髭を蓄えた職人風な男。これから季節は冬に入るというのに陽に焼けた肌を惜しげも無く晒した【マイカ】姿の労働者と思しき男たち。それから傭兵らしく腰に長剣を佩いた男。中には、ツェントルの隊服に身を包んだ兵士たちの姿もあった。
皆、仲間内で談笑しながら、思い思いに目の前の料理に舌鼓を打っている。中には、余程腹が減っていたのか、一心不乱に皿の中身を掻き込む若い男の姿もあった。
リョウは、なんだか懐かしい気分になった。
思い出すのは、北の砦の食堂だ。若い男たちの話し声。騒がしい程の賑やかな空気。料理長ヒルデの豪快な笑い声と厳めしい髭面が目裏に浮かんだ。
―――――――皆、元気にしているだろうか。
それから、視線を転じて。
大きな筋骨隆々とした男たちの中を忙しそうに給士に回る女たちも、皆、其々に迫力があった。
肝っ玉母さん。女将さん――――そんな言葉が浮かんでくる。
注文を取って回る女たちの中に一際目を引く若い女の人がいた。丸顔で鼻の辺りにそばかすが残る素朴だが愛嬌のある顔をしている。白い前掛けの結び目がその女性が通る度に揺れた。
リョウは、その優しい顔立ちに見覚えが合った。
「………ソーニャさん?」
思わず漏れた声を喧騒の最中に拾ったその女性は、こちらを振り返るとたちまち相好を崩した。
ふわりと柔らかく笑う笑顔の印象に残る人だった。
「まぁ! リョウじゃないの! いらっしゃい」
「こんにちは。凄い盛況ですね」
店内の様子を感嘆気味に口にすれば、
「ふふふ。お陰さまでね」
柔らかそうなソーニャの片頬に小さな笑窪が現れた。
ソーニャは、カマールの工房兼住宅がある同じ通りに店を構える金物屋の主の娘だった。独り身のカマールを案じてか、時折、食事や洗濯の世話をしていた。カマールとはこの街に弟子として入門した辺りからの古い付き合いだと言う。顔に似合わず甘いモノが好きだというカマールの秘密もソーニャから聞いたものだった。
父親が営む金物屋は滅多にお客が来ないから、外の【スタローヴァヤ】に働きに出ているとは、世間話の序でに聞いてはいたが、まさか、こんなところでその場所に行き当たるとは思っても見なかった。
このプラミィーシュレは、大きな街で、一口に【スタローヴァヤ】と言っても、街中には、数え切れない程の店があった。
人の縁とは奇妙なものである。
「ソーネェチカ! こっちを頼むよ」
「はーい」
厨房から掛かる声に、ソーニャは首だけ振り返って、幾分高めな良く通る声を張り上げた。
そして、ざっと店内を見渡すと空いている席を探した。
「この通り、今は混んでるから相席になるけどいい?」
「はい。勿論」
そう答えると、リョウは隣に立つユルスナールを見上げた。了承を求めるべく『いいか?』と目線で問おうとすれば、当のユルスナールは店内の隅の方を見ていた。
「ルスラン?」
小さく声を掛ければ、ユルスナールがこちらを向く前に、
「おーい、こっちだ!」
合間を縫うように男の野太い声が響いた。
柱と衝立の影になって良く分からなかったが、目を凝らせば、ブコバルが顔を覗かせて、こちらに向かって手をひらひらと振っていた。
余りの頃合いの良さに驚く。
「約束していたんですか?」
「いや、偶々だ」
こちらを見たユルスナールに真顔で問えば、そんな答えが返ってきた。
まぁ、これまでの事を考えれば、この街で行動を共にすることも多かったであろうから、その行動範囲も似たようなものなのかも知れないが。
「知り合いがいるのね。じゃぁ、あそこにする?」
ブコバルのいるテーブルには、ちょうど二つ、空席があった。
ソーニャの訳知り顔にリョウがどうするのかと思っていれば、
「ああ」
ユルスナールからは簡潔な頷きが返ってきた。
先に足を進めたユルスナールの後に付いて、男たちでひしめくテーブルの合間を歩く。肩から提げている鞄がぶつからないように気を付けていると、
「おい、お前」
突然、横から伸びて来た手に腕を取られた。
リョウは、吃驚して振り返った。
そこには、焦げ茶色の上着を身に着けた一人の男が食事の席に着いていた。
なめした革だろうか、くすんだ茶色の袖から伸びた男の右手が、自分の左腕を掴んでいた。
鋭角な顎に掛かる縮れた鈍色の髪。無造作に括られた髪の合間から覗くのは、ぞっとする程、色の無い瞳だった。
鼓動が妙な具合に跳ねた。
何か、粗相でもしてしまっただろうか。
「なんでしょうか?」
内心、冷や汗を垂らしながら、口を開く。
だが、男の口から紡がれた言葉は、リョウの意表を突くものだった。
「お前…………国はどこだ?」
男が低く問うた。
余りにも不意打ち過ぎる質問に、リョウの頭は、一瞬、真っ白になった。
リョウは、じっと男を見下ろした。質問の裏に潜む男の真意を見出そうとでもするかのように。
かちあった視線の先。男の瞳は赤みを帯びた茶色をしていた。そこに色を無くした自分の顔が映り込んでいた。
―――――――ナゼ ソンナコトヲ キクノダロウ?
暫し、見知らぬ男と見つめ合う形になった。
―――――――ドクン。
鼓動がまた一つ、耳の奥で不規則に跳ねた。
「聞こえなかったか?」
落ち着いた男の声に、リョウは我に返った。
「あ…………いえ。聞こえてはいます」
―――――――だが、なんと答えたらよいのだろうか。
そう言えば、男は当然の如く、視線だけで続きの言葉を促した。
だが、対するリョウの口元は、中途半端に開いたまま、止まってしまった。
「どうした?」
催促するかのように、掴まれたままの場所に力が込められた。
リョウはそっと目を閉じた。迷いを払拭するかのように。ざわざわとした胸内からこの場合の【正しい】言葉を探す。全身の血がドクドクと駆け巡っているのが分かった。
適当に誤魔化せる程、この世界のことに精通した訳ではなかった。この国の知識すら、自分が持ち得るものは、幼子のそれのようなものだ。
――――――この男は、何を求めているのだろうか。
それが分からない。
だが、少なくとも、男が真剣であることは、その瞳から感じ取ることが出来た。
リョウは、小さく息を吸い込むと腹を括った。
「申し訳ございませんが、その質問にお答えすることはできません」
告げるべき答えを持ち合わせていなかった。
そう言えば、男があからさまに顔を顰めたのが見て取れた。
それもそうだろう。普通、出身はどこかと尋ねられて、答えられないというのは有り得ない。
考えられるとしたら、記憶喪失に陥って過去の事を忘れているか、それとも出身を明らかに出来ない何か特別な事情があるとかだ。例えば、それを公にすることが命の危険に繋がるといった。それから、両親のいない孤児の場合も考えられるか。みなしごの為、その出自が分からないという。前者は余程のことでない限り起こり得ないことであろうから、普通に考えれば、後者のいづれかということになる。
リョウは困惑気味に眉を下げた。そして、力なく首を横に振る。
それで相手が何かを感じ取ってくれれば良いのだが。
誰もが真っ正直に光の下を歩いて行ける訳ではない。それは、ここでも変わらない真実の一つだろう。
そんな淡い期待を抱いていれば、リョウの隣に影が差した。
自分の後を着いてこないリョウを心配したユルスナールが様子を見に来たのだった。
「どうした?」
「いえ」
どこか困惑気味に苦笑に似た表情を浮かべたリョウを見て、ユルスナールはテーブルに座る男を見下ろした。
「連れが、何か粗相でもしただろうか?」
ユルスナールが低く尋ねた。
テーブルの男は、突然、介入してきた硬質な空気を身に纏った男を一瞥すると、
「いや」
そう言って、掴んでいたリョウの腕をあっさりと開放した。
そして、再び、何事も無かったかのように、止まっていた食事を再開した。
リョウは、戸惑うようにテーブルの男を見た。
てっきり、自分が答えを口にするまで、腕を掴まれたままかと思っていた。それが意外にも直ぐ離された。先程のどこか緊迫した空気が嘘のように男の関心が自分から逸れていた。
男を見る。だが、その視線は、手元の皿に注がれたままだった。
「行くぞ」
ユルスナールの大きな手が、先を促すように背中に当てられる。そのまま踵を返そうとして、それでも何か引っかかるものを感じたリョウは、ちらりと後方を振り返った。
すると、男が顔を上げていた。赤みを帯びた茶色の光彩が細められていた。
再び、目が合った男は、小さく口を開いた。
「兄姉はいるか?」
その問いかけに、リョウは首を横に振ることで答えた。
「………そうか」
小さく息を吐き出した男は、一瞬、途方に暮れたような哀しみの表情をその顔に浮かべた。
「済まなかった」
そして、辛うじて聞き取れるか聞き取れないかの小さな呟きを背に、リョウはブコバルがいるというテーブルに向かったのだった。
どこか釈然としない気持ちを抱えたまま。
四人掛けのテーブルには、ブコバルの他にもう一人の男が席に着いていた。
それは、リョウの知らない顔だった。
「久し振りだな。元気にしていたか」
「ああ。そっちこそ。元気そうで何よりだ」
男は食事の手を止めて立ち上がると、ユルスナールと手を取り合い、挨拶を交わした。
暗めの茶色の髪を寸分の隙も無く後ろに撫でつけている。秀でた額にの直ぐ下には、神経質そうな細い眉が引かれていた。
一言で言って、男が身に纏う空気は、この【スタローヴァヤ】では浮いていた。何と言うか、とても上品な感じがするのだ。それは男が身に纏う詰襟の軍服らしい隊服と真っ直ぐに伸びた背筋に良く現れていた。隙の無い着こなし。身に着けている服も上等なものだった。
その前に座るブコバルは、言わずもがな、この場所の空気に良く溶け込んでいた。身なりも北の砦に居た時よりももっと砕けたもので、荒くれ者の男達に混じっても粗野で野卑な所のある男には違和感を覚えない感じであった。
片や優雅な身のこなしの紳士風の男。片や荒削りで無骨な風体の傭兵のような男。
一体、二人にはどんな繋がりがあるのだろう。
その正反対な組み合わせをリョウは妙な気持で眺めていた。
「リョウ。紹介する。この男は、ドーリン。古くからの友人だ」
ユルスナールの紹介に、リョウは軽く頭を下げた。
「初めまして。リョウです」
「ああ、話には聞いている」
再び着席し、白い【サルフェートカ】で口元を拭う。
淡々と返ってきた男の言葉にリョウは、思わずブコバルの方を見た。
「なんだよ?」
目が合ったブコバルは途端に人の悪そうな笑みを浮かべた。
「いえ。ブコバルが何を話したのかと思いまして」
ブコバルの口から自分の事が他人に語られるのは何とも恐ろしいことに思えた。
何処まで、何を話しているのだろうか。
内心、恐々としながらも正直に口にすれば、
「ルスランが、えらく世話を焼いているという少し毛色の変わった奴がいると聞いたまでだが?」
器用に【ノーシュ】と【ビールカ】を使いながら、ドーリンが簡潔に言い放った。
「…………そう……ですか」
能面のような表情は余り変わらない。有能な官吏のような雰囲気だ。
北の砦にいるヨルグのようだとリョウは思った。
鉄仮面と揶揄されることの多い表情の男は、その実、とても細やかで繊細な神経の持ち主だった。
懐かしい人物の面影のようなものを見出したリョウは、小さく微笑んでいた。
「何だ?」
それに居心地が悪そうに、ドーリンが身じろいだ。
「いえ。ヨルグのことを思い出していました」
そう口にすれば、ドーリンが、食事の手を止めて、まじまじとこちらを見たのが分かった。
「まぁ、似ているかも分からんな」
それまでの遣り取りを聞いていたユルスナールが、可笑しそうに笑った。
「ハッ、やっぱ、血は争えねェって感じか? おい」
そこにブコバル迄もが割って入る。
二人の言葉に、リョウが尚も目を瞬かせていると、
「似ているのはそうだろう。お前の所とヨルグの所は、確か縁戚関係にあっただろう?」
知る人ぞ知るというようなユルスナールの言葉に、
「二代前だ。母方だがな」
ドーリンが淡々と返した。
ヨルグと目の前の男が血縁関係にある。そう聞いて、リョウは合点した。
「そうでしたか。ヨルグには北の砦で良くしてもらったので、懐かしくなってしまって………」
リョウが穏やかな微笑みを浮かべれば、ドーリンはその様子を不思議なものを見るような気分でじっと見つめていた。
ドーリンは、勿論、ヨルグとは面識があった。面白味に欠ける所がやや難点だが、仕事一筋の有能な男だと思っている。
ドーリンとしては、真面目で実直、鉄仮面の名を恣にしている男が、他人の世話を焼くという行為が、どうにも想像が付かなかったようだ。
だが、良識あるドーリンは、この場で、それ以上の詮索はしなかった。
――――――それはさておき。
「リョウ。何にするか決まったか?」
ユルスナールから声を掛けられて、
「ええと、そうですね」
リョウはぐるりと店内を見渡した。注文をする為に、メニューのようなものを探すのだが、見当たらない。
そう言えば、こういったお店らしい店で食事をするのは、初めてだということに思い至った。
「あの、料理の品名が書いてあるような目録一覧みたいなものはないんですか?」
リョウとしては当たり前のことを尋ねた積りであったのだが、ユルスナールには不思議そうな顔をされてしまった。
「いや。そんなものはないぞ? 基本的なものは置いているだろうが、後は店の店主の裁量によるからな。その日の仕入れによって出来るものも違う」
詰まり、当たりを付けて食べたいものが出来るかどうかを聞く。若しくは、今日のお勧めを店の人に聞いた方が早いと言うことなのだろう。随分と大雑把だが、それはそれで面白い。
だが、この国の基本的な料理なるものをよく知らない自分には、かなり難易度の高いものだと思わざるを得なかった。
「……そうなんですか」
リョウはさり気なく他のテーブルを見渡した。
こういう時、周りの人間が食べているものを見るのが一番だ。
そして、二つ向こうのテーブルに着いている男の皿の中身が気になった。
「ルスラン。あの人が食べているものは何ですか?」
スープの中に、何やら白い『すいとん』のようなものが入っているように見えた。湯気を立てて労働者風の男が食べる姿は実に旨そうであった。
「ああ。あれは【ペリメニ】だ」
「【ペリメニ】………ですか」
ペリメニ、ペリメニ………と新しい響きを持つ言葉に、もごもごと口の中で単語を反芻してみる。
「あのスープの中の白いモノは?」
「あれが【ペリメニ】だ。中に刻んだ【ルーク】と【ミャーサ】が入っている。ああやってスープに入れて食べるんだ」
「なるほど。じゃぁ、それにします」
半ば、感心したように口にすれば、ブコバルとドーリンの二人が、何とも言えないような顔をしてこちらを見ているのが分かった。
「どうか………しましたか?」
「リョウ、お前、ひょっとして、とんだ箱入りか?」
―――――――前々から、頓珍漢なことを言う奴だとは思っていたが。
行儀悪く【ローシュカ】を突き出して、繰り出されたブコバルの言葉に、リョウは、首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
告げられた事がよく理解できなくて、ブコバルの顔を見れば、
「おいおい、冗談だろ。お前、【ペリメニ】を知らないなんざぁ、この国の人間じゃ有り得ねぇだろうがよ。庶民の代表的な喰いもんだぜ?」
そんな言葉が返ってきた。
心底、驚いたのか、目を丸くしたブコバルに、リョウは苦笑をして見せるしかなかった。
またここで一つ、自分の知らないこの国の【常識】というものにぶつかった。
だが、不思議と苛立ちは湧かなかった。
「それは仕方がないでしょう? こういう所で御飯を食べるのは初めてなんですから」
これまでリョウが食べてきたものと言えば、ガルーシャやリューバから教わった所謂、家庭料理の類で、北の砦で世話になっていた時は、毎回出される物が決まっていたから、別段、自分から選ぶようなことはなかった。
「箱入りというよりも、田舎者ですかね」
ブコバルの言葉を真似るように返してみる。
「ワタシが持ち得るこの国の知識は、皆、ガルーシャから教わったものですから」
「ガルーシャとは…………ガルーシャ・マライ殿のことか?」
ドーリンがその手を止めて、虚を突かれたような顔をした。
「はい」
「そうか」
正直に種明かしをすれば、今度はユルスナールがこちらを見ていた。
ユルスナールは、多くを問わない。冷静に客観的に見れば、自分が訳の分からないことを言っているという自覚はあった。それなのに、これまでユルスナールは必要以上の詮索をしてこなかった。
そう言えば、この男と肩を並べて、食事をするのは初めてのことではないだろうか。そんなことをぼんやりと思った。
ユルスナールの瑠璃色の瞳は、柔らかく細められていた。
穏やかな凪ぎの色。
リョウは、その温かい眼差しにそっと微笑み返していた。
いづれ、本当のことを伝えられるだろうか。
いづれ、時が来たら。
きっと、それは俄かには信じられないことだろう。自分が逆の立場で合ったならば、そう思う。
だが、この男には、その時が来たら、全てを打ち明けたい。そう思った。
―――――――ゴホン!
何故か、見つめ合った二人にドーリンが態とらしく咳払いをした。
「注文は決まったかしら?」
そして、タイミング良く、ソーニャが水の入ったコップを手に注文を取りに来た。
「【ペリメニ】を一つと【ボールシュ】を一つ」
ユルスナールが簡潔に告げる。
「【フレープ】は幾つ?」
「【クソーチク】でいいから、小さいのを一つ」
「【ブーラチカ】半分だな」
そして、厨房に向けて、ソーニャの良く通る声が響き渡った。
こうして、賑やかな男たちの笑い声を背に、実に個性的な男たちとの食事が始まりを告げたのだった。
お店では、人が食べているものがおいしく見える不思議。【ペリメニ】はシベリア地方の料理、水餃子のようなものです。寒いと温かいものが食べたくなります。ユルスナールが頼んだ【ボールシュ】はボルシチです。発音表記にしました。