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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第三章:工業都市プラミィーシュレ
80/232

傍迷惑な事情聴取


 ――――――その頃、リョウはというと。

 先導する兵士に連れられて、この街の治安維持を担当する兵士たちの詰め所、【ツェントル】に来ていた。

 リョウは、二人の子供たちと共に小さな部屋に通されていた。

 その場所は、正面入り口から広間を抜けて、左に折れ、少し行った所にあった。

 廊下にはずらりと似たような部屋の扉が幾つも並び、取り調べ室のような趣だ。

 簡素な木の長椅子に座ったリョウと子供たちを確認すると、案内をした兵士は中で待っているようにと告げて、どこかへ姿を消してしまった。

 リョウは、もの珍しそうに辺りを見渡した。

 剥き出しになった石壁に明かり取りの窓が、かなり上の方に付いている。日の光が差し込み、室内は明るかった。

 それにしても、このようにして兵士たちの詰め所というものを訪れるのは二度目になる。

 一度目は北の砦。そして、二度目はこの街の【ツェントル】。

 つくづくこの国の兵士たちとは縁があるとリョウは内心、苦笑気味に思った。

 だが、所変われば、その趣も変わる。小ざっぱりとして実用性重視であった北の砦に比べ、この場所は大きな街中にあるせいか、中の様子も、そこで働く兵士たちも、少し華やいだ空気に包まれているように感じられた。面白いものだ。


 そうこうするうちに取調室の扉が開いた。

「やぁ、お待たせ」

 そんな軽い言葉と共に現れたのは、やけに物腰の柔らかい男だった。

 隊服を身につけ、その腕に緑色の腕章を付けているから、もしかしなくとも、ここの兵士なのだろう。 だが、印象としては随分とちぐはぐな感じを受ける。

「気分はどうだい? ハハ。怖がることはないよ。簡単に話を聞くだけだからね。後は、ちょっとした確認かな?」

 そう言ってあろうことか、片目を瞑って見せた。

 隊服を着ていなかったら、違う職業を思い浮かべるに違いない。

 武官というよりも文官的な匂いがした。


 現れた男が思いの外、優しそうな感じで毒気を抜かれたのか、初めて来る兵舎に緊張でがちがちになっていた子供たちは、体の力を抜くと、男の質問に答える形で徐々に事の経緯を話し始めた。

 子供相手ということで、尋問をする兵士の人選にはかなり気を使ったようだ。

 男は、実に巧みに子供たちの話から、鍵となる部分を引き出していった。

 男の子と女の子は其々、コースチャとラリーサという名の姉弟で、この街の東にある一角に住んでいる。父親は鍛冶屋を営んでいるが、今は病気で臥せっているとのことだった。

 姉弟は、その日、母親に使いを頼まれて少し離れた【薬師】の所に父の為の薬を貰いに出掛た途中だった。その途中、ごった返した往来で、あの男に真正面からぶつかった。そして、あの騒ぎになったということだった。

「なるほどね」

 要領よく話を聞き終えた男は、そう言うと不意に人好きのする笑みを浮かべた。

 そして、視線を二人の子供たちから、その隣に居るもう一人の人物、リョウに流した。

「で、あのおっかないおじさんが、頭に血が上って、腰に差した一物を振り回した……ってところかな?」

 突き詰めれば、その内容は間違ってはいないのだろうが。

 その何とも気の抜けた表現に、リョウは少し脱力した。その所為か、曖昧な微笑みを浮かべていた。

 きっと口元が引き攣っているかもしれない。子供扱いされるのは、今に始まったことではないが、今回はやや度を越しているような気がしないでもない。

 ぱらりと報告書らしき紙を捲る音がした。

「ええと、周りにいた大人たちは、あの酔っ払いが君たちを殴りつけたのを見たって言ってたみたいだけれど」

 そこで区切ると男は顔を上げた。

「怪我はしてない?」

 その声に男の子と女の子が首を横に振る。

「キミは?」

「いえ。大丈夫です」

 リョウが小さく否定すれば、男の子が真っ先に顔を上げた。

 心配そうな色をその瞳に乗せていた。それに気にするなと小さく微笑む。

「えー? ホントに?」

 目の前に座る兵士は、軽い口調でそう言うと、その長い脚を窮屈そうに組み替えて、こちらを見ていた。

 その口元は、薄らと弧を描き、相変わらず感情の読めない表情を浮かべていたが、その眼差しは、どこか探るようなものだった。

 柔和な外見は、ある種の目くらましのようなもので。

 この男も兵士であるからして、中々に食えない人物なのかもしれない。

 リョウは、心の内で、目の前に座る男の印象に訂正を加えた。

「別に、あっちを庇う必要なんてないよ? こっちが知りたいのは、真実だからね」

 それは正論でもある。


 リョウは無意識に左手で右手の手首の辺りを掴んでいた。

 酔っ払いの男から受けた殴打の衝撃は、時間が経って、鈍い痛みを訴え始めていた。

 肩の辺りが熱を持ち始めていた。見ていないので分からないが、痣になっているのは間違いないだろう。単なる打撲で、骨までは行ってはいないといいのだが。生まれてこの方、骨折も捻挫も経験をしたことが無かったので、自分では良く分からないのが正直なところだった。

 リョウは出来ることなら、打たれたことを黙っていようと思っていた。

 後先考えずに、自分から巻き込まれに行ったようなものだ。怪我をしたなどと声高に言うべきことでは無かったし、第一、今、この街で厄介になっているリューバの息子、鍛冶屋を営んでいるカマールに迷惑が掛かるようなことはしたくなかった。

 リョウとしては、出来ることなら、このまま直ぐにでも放免してもらいたい位だった。

 カマールの事だ。きっと、近くに使いに出掛けたきり、中々帰ってこない自分の事を心配しているに違いなかった。

 ここで怪我をしているなんてことになったら、どう転ぶか知れない。

 あの酔っ払い男の処遇も少しは気になった。

「何処にも怪我はしていない?」

「はい」

「本当に?」

「はい」

 再度、確認の質問に、間を置かずに答えれば、

「フフフ。キミは随分と強情だねぇ」

 可笑しそうに目の前の男が笑った。

 ――――――だけれど、個人的には、そういうの、嫌いじゃないよ?

 そう言って、何故か、目の前の兵士は、意味深に目配せをしたかと思うとひっそりと笑った。

 その明るい薄茶色の瞳に、室内に差し込む燦々とした陽射しとは不釣り合いな程のどこか妖しい光が煌めく。

 それを見た瞬間、リョウの背中に言いようのない悪寒のようなものが走った。

 兵士は、ゆっくり長い腕を伸ばすとリョウの頬に指先で触れた。

 その輪郭を擽るようにかさついた男らしい指の先端が掠める。

 男はリョウ達の座る細長い木の腰掛の前に部屋の隅にあった背凭れのない木の丸椅子を持ってきて腰掛けていた。男とリョウの間には遮るものは無い。

 リョウは小さく肩を揺らした。

「恥ずかしがることはないよ。ここで駄目なら、ボクにだけでもいい。教えてくれないかい? その時は、勿論、場所を変えよう」

 ――――――それなら、いいだろう?

 ねっとりとした男の囁きが耳朶を掠める。そして、同じように耳元を擽った指先が、離れていった。

 突然、立ち上るようにして現れた妙な空気に首を傾げる。

 リョウは、言われたことの意味が理解できずに目を瞬かせた。

「……あの、仰ることの意味が良く分からないのですが」

「おや? 本当に分からないかい?」

 やけに近い場所で、男の瞳が悪戯っぽく輝いた。

 随分と楽しそうだ。上機嫌な男に対して、リョウの気分は急降下していった。得体の知れない相手の行動に、だらだらと冷や汗をかきそうな塩梅だった。

 リョウは、不意に近づいてきた男の顔に無意識に体を引いた。

 その瞬間、殆ど反射的に後ろに着いた右腕から、肩に掛けて激痛が走った。

 それを一瞬、顔を顰めることでやり過ごす。

 だが、その動きに合わせるかのように、男が同じく間合いを詰めて来た。

 男の口元が弧を描いた。

「おや? やっぱり、どこか怪我をしているんじゃないの? 肩かな?」

 そう言って、舐めるような男の視線が、リョウの右肩に注がれた。


 そんな時だった。

 ―――――バン!

 勢い良く取り調べ室の扉が開いたかと思うと、凄い形相をした別の兵士が中に入ってきた。

「ウテナ!」

 入ってきた兵士は、中にいた同僚を見るなり鋭い声を上げた。

「やっぱり、ここにいやがったか。この変態野郎。これはお前の仕事じゃねぇだろうが! なにやってんだ!」

 物凄い男の剣幕に、ウテナと呼ばれた兵士は別段、堪えた様子も無く、ゆっくりを振り返ると鷹揚に肩を竦めて見せた。

「やだなぁ、なんだい、藪から棒に。騒々しいったらありゃしない。折角、これからが楽しい所だったのに」

「あ? 人の仕事奪っておいて、なんだその言い草は?」

「ええー、良いじゃないか。こっちがやってあげてるんだから。その辺は恩に着ておいてよ」

「馬鹿を言え」

 入ってきた兵士の顔にリョウは見覚えがあった。

「あ」

 思わず漏れた声に、物凄い勢いで捲し立てていた兵士の顔がこちらを向く。

 日に焼けた浅黒い肌に短く刈りあげた金色の髪。そして浅黄色の瞳。見紛う筈がない、三日前に門の所で自分を呼び止めた兵士だ。

 名前は確か…………。

「イリヤさん?」

 目が合った兵士は、一瞬、ぎょっとしたような顔をしてから、傍にやってきた。

「リョウ! リョウじゃねぇか! お前、大丈夫か? こいつに何もされてないか?」

 それはどういう意味だろうか。

 どこか案じる顔をしながら、イリヤの大きな手が、何かを確かめるようにリョウの肩から腕を辿った。

 不意打ちに右肩をいきなり掴まれて、痛みに体が跳ねた。

「イリヤ、手を離せ」

「何すんだよ?」

 ウテナはすぐさま、イリヤの手を掴むと、リョウの右肩から外した。

「馬鹿。この子は、怪我をしている」

 不意に落とされた真面目な声音に、イリヤの顔がハッとした。

「わりぃ。大丈夫だったか?」

 リョウは痛みの走る右肩をそっと左手で抑えていた。

 それでも、心配そうに顔を覗き込んだイリヤに微笑んで見せた。

「はい」

「バーカ。平気な訳ないだろうに」

 顔を顰めたウテナに、リョウは曖昧に微笑むしかなかった。

「リョウといったね」

 名前を確認されるように口にされて、小さく首肯する。

「その怪我は、あの男の仕業だろう?」

 先程までの軽薄さが嘘のように真剣な響きを持ったウテナの声音に、リョウはどうしたものかと顔を上げた。

 別に騒ぎ立てたい訳ではないのだ。

 だが、その事をここで認めたら、どうなるのだろう。

「そんな情けない顔をしないの」

 自分でもその自覚はあった。

 呆れたような響きを乗せて、ついと伸びて来たウテナの手に頬の肉を軽く摘まれる。

「なに? 痛い方が好きなの? それならそれで、こっちとしては構わないんだけれど。いや、むしろそっちの方が楽しいっていうか…………って、アタ!」

 そう言って、話があらぬ方向へ行きそうになるのをイリヤがウテナの頭を引っ叩く事で軌道修正した。

「何すんだ!」

「それはこっちの台詞だ」

 イリヤは、ギロリとウテナを一睨みした後、そっとリョウを拱いた。

「悪いな。リョウ。こいつはちょっとばかしおかしな趣味を持っててさ。その、何だ。所謂【少年】ってやつに目が無いんだ。ちょっとした偏った嗜好を持った奴って言えば分かるか? まぁ、なんだ。要するに【愛好家(マニア)】みたいな所があるんだよ」

 耳元で囁かれた仰天の事実に、リョウは仰け反りそうになった。

 いや、他人の嗜好云々をとやかく言う積りはないが、それは自分に実害が及ばないと仮定しての範囲内でだ。

「案の定、急いで来てみればこの様だ。間に合って良かった」

 ほっとした表情で告げられたイリヤの台詞に、リョウの口元は盛大に引き攣っていた。

「勿論、ここにいる分には大丈夫だ。俺たちの目が光ってるからな」

「失礼な。ボクが好きなのは純粋な【美】だよ。美しいモノは愛でてこそだろう?」

 隣で筒抜けになった話声にウテナの嘯く声が聞こえた。

 妙な持論を持ちだした同僚に、イリヤはあからさまに顔を顰めて見せた。


 イリヤによればこうだ。

 本来は、イリヤが尋問をする予定だったのだが、何処で小耳に挟んだのか、少し目を離した隙に、取り調べ室にいる相手が珍しくも年端の行かぬ子供たちだと聞いたウテナが、嬉々として自分の仕事を分捕って行ったのだという。

 リョウの顔には、最早、乾いた笑みしか浮かんではいなかった。

 少年趣味のある兵士。それをこんな所で大っぴらにしてよく問題にならないものだ。

 その事の方がいっそ感心する。まぁ、兵士になる男たちは皆、逞しい体つきをしているから、ウテナが思い描く理想の姿形に嵌るような相手は、軍部内では何処をどう探しても見つからないのだろうが。

 だが、それにしてもだ。

 イリヤが乱入しなかったらと思うとぞっとした。

 心底、呆れたような視線をウテナに向ければ、何を勘違いしたのか、バチンと音がしそうな程のウィンクを返される。

 リョウはそれを緩く頭を振ることで追い払った。

 何だか馬鹿らしくなってきたのは気のせいではないだろう。

「それはそれは。残念でしたね。ご期待には沿えなかったようで、すみません」

 何を期待したのかは知れないが、自分は、美少年とは程遠い。

 そのことを暗に言えば、

「何を言ってるんだい。キミは十分圏内だよ。いや、お釣りが来る程だ。その瞳の色も、髪の色も珍しいし、その顔立ちだって……」

 それ以上続きそうになる戯言に、

「もういいです」

 リョウは手を伸ばすと居たたまれない気分で、ウテナの口を塞いだ。

「おや? 随分と積極的だね」

 だが、却って嬉々として輝き出した瞳に、リョウは助けを求めるようにイリヤを振り仰げば、

「少し、黙ってろ」

 イリヤは、ウテナの前に体を滑り込ませて、リョウの視界を遮った。


 リョウが、ふと後方を振り返れば、二人の子供たちが、目を白黒させながらこちらを見ていた。

 リョウは内心、頭を抱えたくなった。二人の子供がいる前で、なんてことをしていたのだろう。

 思わず片手で顔を覆えば、

「お兄ちゃん……………大丈夫?」

 却って姉弟に心配そうに聞かれてしまった。

 リョウは顔を上げると穏やかに微笑んだ。

 椅子に座って、子供たちの背中になんともない方の左腕を回す。

「ああ、大丈夫だよ。お母さん、きっと心配してるよね。直ぐに帰れるようにしてもらおうね」

 そして、リョウがいつになったら開放してもらえるのだろうかと聞こうと顔を上げた時だった。


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