白銀の王
身体を清め、髪を洗って。ホカホカと湯気を立たせながら、いい気分で風呂から上がると、然程広くはない部屋の中央、ベッド前の床板に大きな白い獣がひっそりと蹲っていた。
「……セレブロ!」
リョウはその場で目を大きく見開いて、驚きの余りか、気の抜けたような声を出していた。
『暫くぶりだな、リョウ。達者にしておったか?』
白い毛並みがうねるように光り輝いて、顔を上げたセレブロが、静かで低い、それでいて良く通る声を出した。
ささやかな企みの成功を喜ぶかのように長い尻尾がひらりと揺れた。
「どうやってここまで……」
そう言い掛けて、リョウは、目の前にある窓が小さく開いていることに気がついた。
いや、まさか。
セレブロは、小さな馬ほどの大きさがあった。
アッカが自分の馬、ユベルに跨る傍ら、リョウはセレブロの背に乗って、ここまでの道を疾走してきたのだ。それも記憶に新しい。
幾ら、狼や豹のようなしなやかで敏捷な肉体を持つとは言え、この巨体があの小さな窓を潜り抜けたのだろうか。
『造作ない』
そんなリョウの疑問を、セレブロは、あっさりと鼻息一つで肯定して見せた。
「それにしても、どうして……」
『そなたに逢いに来るのに理由がいるか?』
たった今、セレブロのことを思い出していたばかりだ。懐かしい、そんな気分だった。左胸の印が、その気持ちに同調したように薄らと熱を帯びた。
『そろそろ独り寝が寂しかろうと思うてな』
からかうように飄々と口にされて、リョウはその白い逞しい首筋に腕を回すとそっと顔を埋めた。
この場所から、どれだけ自分の感情が、この白き気高きヴォルグに流れ込んでいるのだろう。
それらは、必ずしも心地よいものばかりではないはずだ。
だが、セレブロはそのようなことをおくびにも出さない。
セレブロの毛の表面は、少しひんやりとしていて、だが、その中は温かかった。
顔を己が毛皮に埋めたままのリョウに、セレブロが小さく息を吐く。
『リョウ、髪を乾かせ。濡れたままでは風邪を引く』
それに驚く程、過保護だ。
セレブロがリョウの湿った髪に鼻を当て、小さく息を吹きかけると、不思議なことに髪を濡らしていたはずの水分が一瞬にして飛び散った。
大気と水の精霊達との戯れのようなものだとセレブロは言うが、何度見ても不思議で仕方がなかった。
「ありがと」
指で簡単に櫛けずれば、さらさらとした黒髪が指の隙間を通り、一時の戯れの名残のようにそよぐ風に流れていった。
「それにしても、よく見つからなかったね」
寛いでいる所為か、自然と素の口調が出た。
宵の入りとはいえ、この砦は昼夜問わず歩哨が見回りを行い、兵士達の目があるのだ。
唯でさえ、見つけてくれと言わんばかりに白く光り輝く毛並みを持っている。こんな大きな獣が、人間の居住区内を歩いていたら、それこそ大騒ぎになるだろう。
だが、耳を澄ませてみても、闖入者に騒いだ様子はない。
『さようなヘマなどするものか』
呆れたように鼻先を向けられて、それもそうかと、リョウは忍び笑いを噛みしめた。
そして、暫くは、この肌触りのよい毛皮と温もりを堪能するように、セレブロの身体に自分のそれを預けた。