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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第三章:工業都市プラミィーシュレ
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往来にて

 リョウはその日、そんな通りを足早に歩いていた。そういった一筋縄ではいかないような荒くれ者が多い男たちでごったがえす通りは、抜けるのに中々に神経を使う。

 男たちは、気が立っているのか、気が短い者が多いのか、通りすがりに長剣の先が当たったとか、肩がぶつかったとか、そういう些細な接触から、喧嘩になる場合があった。

 ここに来てまだ日は浅かったが、そういう光景を既に何度か目にしていた。


 そんな中、ふと前方でなにやら人だかりができているのが見えた。

 野太い声と高めのか細い声が切れ切れに聞こえる。

 そっと隙間から覗くと、一人の男が、往来の真中で仁王立ちしていた。そして、大声で怒声を上げている。そのすぐ目の前には、まだ幼い男の子とその姉だろうか、少し長じた少女が男の子を庇うように肩を抱き、寄り添うように体を縮こまらせていた。

 周りの大人たちは皆、心配そうな顔をしている。

 だが、その間に入って立つ者はいなかった。対峙する男の風体が如何にもという荒削りな感じであるからだろうか。どうにも仲裁に入るのを躊躇っているようだった。

 少女は弟らしき男の子を庇うようにして、懸命に男に謝っているようだった。だが、対する男は腹の虫が収まらないようで、尚も喚き続けている。

 その顔は薄らと赤みを帯びていた。それは激高から来ているというよりも、酒から来ているように思われた。ひょっとしたら、一杯ひっかけているのかもしれなかった。

 なんと間の悪いことだろう。酔っ払いの因縁か。

 リョウは無意識に顔を顰めていた。

 そうこうするうちに激高した男が、鞘ごと腰から大剣を取りだした。

 それを見て、周りの大人たちが息を飲む。

 妙な緊張が張りつめていた。

 リョウは、それ以上見ていられなかった。

 男が、徐に手にした剣を振り上げようとする所で、リョウの体は勝手に動いていた。


 引き寄せられるように前に飛び出すと二人の子供たちを庇うように前に出て、男に背を向けていた。

 ガンという殴打に特有の鈍い音がしたかと思うと、右肩から上腕に掛けて鋭い鈍痛と痺れが走った。

 覚悟はしていたが、それは思いの外、強烈な衝撃だった。

 腕の中で、小さな二つの体が強張ったのが分かった。

「何だ。てめぇ、邪魔する気か!」

 突然の闖入者に男が剣呑な声を張り上げた。

 尋常でない痛みに顔を顰めながらも、リョウは歯を食いしばってそれに耐えた。

「お待ちください」

 なんとか痛みをやり過ごして、リョウは顔を上げると、毅然とした態度で剣を振りかざした男を見据えた。

 リョウは沸々と湧きあがる静かな怒りに駆られていた。

 こんな幼い子供相手に大の大人が兵士の魂とも言うべき剣を振り上げるという行為が許せなかった。

 この男のしていることは兵士の風上にも置けない。男が兵士であろうが、傭兵であろうが、それはこの際、関係無かった。北の砦にいた兵士たちの高潔な気概を知る自分としては、男の行為自体が、彼らの心意気を辱めるような気がして許せなかったのだ。

 酒が入って酔っ払っていることも理由にはならない。この男の行為は、人としてどうしても許せなかった。

「どんな事情があるのかは分かりませんが、このような往来の真中で、幼い子供相手に随分ななさりようではありませんか」

 自分でも思いの外、低い声が出ていた。

「部外者は引っ込んでろ」

「そういう訳にも参りません」

「はっ、小僧が。随分な口を利くじゃねぇか、え?」

 男の剣幕に腕の中に居る二人の子供たちが必死にしがみ付いてくる。それに答えるように、リョウはか細い背中を抱く手に力を込めた。

 ここで引き下がる訳にはいかなかった。

「どうか剣をお納めください。事情をお聞かせ下さいませんか」

 静まり返った往来に静かで落ち着いた声が通った。

 それが子供たちを打つ理由足り得るのかどうか。それだけでも知りたかった。

 だが、それすらも対峙する男の神経を逆撫でたらしかった。

「クソガキが!」

 そう吐き捨てた男が、再び鞘に入ったままの剣を振り上げる。

 再び繰り出される殴打の衝撃に覚悟を決めようとした、その時だった。


 ―――――キーン。

 甲高い鳴き声と共に上空に黒い影が差す。

 バサリとした大きな羽ばたきに続いて二羽の大きな【鳥】が急降下してきた。

 鋭い爪が男の顔を掠めた。

「何だ? この野郎!」

 突然のことに男の足がたたらを踏んだ。平衡感覚を崩して、どさりと後方に尻もちを着く。

「イーサン!」

 見覚えのある姿にリョウは声を上げた。

 立ちあがったリョウの下に、一羽の大きな鷹が舞い降りた。

 それにもう一頭の大きな鷲が続く。

「ヴィー!」

『やれやれ、間にあったか』

『酔っ払いめが、とんだ恥晒しだの』

 鷹揚に毒を吐き出して、空いた肩と差しだされた腕に二頭の猛禽類が乗る。ずっしりとした馴染み深い重みにリョウは涙が出そうになった。

 それを見て、尻もちをついたまま無様な格好を晒した男が、悔し紛れに地を蹴るような仕草をした。

チョールトバジミー(クソったれが)!」

 そうこうするうちに往来での騒ぎを聞きつけたのか、周囲の大人たちの誰かが呼んだのか、治安維持の任務を担う兵士たちが現れた。

「何をしている!」

 左腕に緑色の腕章を付けた男たちの出現に、周囲で事の成り行きを心配そうに見守っていた大人たちは、一様に安堵の溜息を吐いた。

 周りの大人たちから簡単なあらましを聞いた兵士たちは、酔っ払った男を拘束し、引っ立てていった。 恐らく、しかるべき場所で男に事情を聞くのだろう。

 そして、事態の収拾に当たっていた兵士は集まった野次馬達に散るように命じた。

 人々が散り散りになって、再び、普段通りの日常取り戻した往来で、リョウは緊張の糸が切れたようにその場で膝を着いていた。

 子供たちが打たれることを阻止しようと必死だったが、一歩間違えば、自分も無傷では済まされない大変な事態になる所だった。今更ながらにその事に思い至って、肝が冷えたのだ。

 身体の芯が小刻みに震えてきた。

 打ち据えられた右肩が、燃えるように熱さを訴え始めていた。

『やれやれ、肝が冷えたわい』

『ああ、寿命が縮んだぞ』

 のんびりとした鷹のイーサンと鷲のヴィーの声に、リョウは苦笑をするほか無かった。

「ありがとう、イーサン、ヴィー。助かったよ」

 感謝を込めて、二頭の羽を撫でる。

「もう大丈夫だよ」

 それから、すぐ傍で肩を寄せ合っている幼い男の子と女の子にも声を掛けた。

 男の子は、必死に泣くまいと口をへの字に曲げて涙を堪えていた。女の子の方も涙を目の端に滲ませながら、漸くほっとしたような表情を作っていた。

 リョウは立ちあがると、二人の子供たちに歩み寄り、そっと腕を回して抱き締めた。もう大丈夫だというように其の背中を軽く宥めるように叩く。そうすれば、漸く安堵したのか、張りつめていたものが吹っ切れたのか、二人がわんわんと声を上げて泣き出した。


 暫くして、

「お前たちも、こちらへ来い」

 事態の収拾に駆り出されていた兵士達の一人が、リョウと子供たちの所へ来た。

「大丈夫か?」

 縋りつく子供たちの方を見下ろして、やや困惑したような色をその瞳に乗せながら、腕に緑の腕章を付けたこの街の兵士の隊服に身を包んだ男が問うた。

 荒くれ者の男たち相手は慣れてはいても、子供の対応には余り慣れていないのだろう。その男は、どういう接し方をしたらよいのか戸惑っているようにも見えた。

 そして、リョウを含む二人の子供ともども先程の酔っ払い男と同じく、兵士たちの詰め所に来るようにと言われた。

「一応、双方、当事者の言い分を聞く必要があるからな」

 尤もな言い分にリョウは素直に頷いて見せた。

 それを聞いて、泣きやんだ男の子と女の子は不安そうな表情をしてこちらを見上げた。

 リョウは揺れる二対の瞳に心配ないと微笑んで見せた。

「大丈夫だよ。一緒に付いて行くから」

 このような所で、子供たちを放ることなど出来はしなかった。どの道、子供たちを庇ったことで、自分も当事者の頭数に数えられてしまっただろう。

 共に行くことを伝えれば、二人は安堵したように体の力を抜いた。それでも上背のあるがたいのいい男達に囲まれて、二人は心なしか体を固くしているようだった。


 リョウは、二人の子供たちの手を繋ぎながら、少し前を歩く兵士の後姿を追った。

 すっと伸びた背筋に規則正しく繰り出される歩調。その顔はまだ若かったが、隊服に身を包んだ青年のがっしりとした背中は、威厳と自信に満ち溢れていた。

 それは、しっかりと訓練された兵士のものだった。

 その後ろ姿に、北の砦の兵士達と同じような匂いを感じ取って、リョウはほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 時折、その青年がちらりと後ろを振り返る。

 ちゃんとこちらが付いてきているのかを確認するように。

 そして、思いの外、両者の間が開いていたことに気が付いたのか、その歩調を少し緩めた。

 そういった相手のささやかな心遣いに、リョウは自然と穏やかな微笑みを浮かべていた。

 悪いようにはならないかもしれない。そんな予感を持った。


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