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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第三章:工業都市プラミィーシュレ
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高垣の中


 この街は、一言で言って、街道筋に通り過ぎたどの場所よりも活気に満ち溢れていた。

 通りを行き交う人も多い。

 道を歩いていてまず目に付くのは、屈強な男たちの姿だった。

 皆、腰には大きな剣を帯びている。鍛え上げられた体に服の合間から覗く剥き出しになった肌には、沢山の傷が、それこそ勲章のように付いていた。

 リョウは始め、自分でもかなり場違いな場所に入り込んでしまったのではないかという気分になった。 ぐるりと周囲を高い城壁で囲まれた街の入り口に立った時にも、その圧倒的な威圧感にその事を感じずにはいられなかった。


 この街に入る時には、かなりの緊張を強いられた。

 入口には開閉が出来る大きな門があり、そこには両側に二名の完全武装をした兵士が歩哨として立っていた。共に鎧を着込み、腰には長い剣を帯びている。そして、手には長い槍を持っていた。その様子は、中に入る旅人、出て行く行商人達を文字通り、【監視】しているように思えた。

 この国では、通行手形のようなものは必要が無かった。であるから、基本的にこの門は万人に開かれている。そう頭では理解していても、このような物々しい場所は初めてだったので無意識に足が竦みそうになった。

 リョウは真っ直ぐ前を向いて、門の中に入った。

 緊張の為にか、鞄を握り締めていた手に力が入る。

 兵士に軽く目礼をして門を形作る厚い石壁を通り抜けようとした所で、後ろから声が掛かった。

「おい、お前」

 突然のことに心臓が飛び出しそうな位に跳ねた。

 それでも、内心の動揺を面に出さないように気を付けて、リョウはゆっくりと振り返った。

「何でしょう?」

 疾しいことは何もない。後ろ暗いことも無かった。だから大丈夫だと心の中で言い聞かせる。

 門の両側に立つ二人の兵士の内、右側に控えていた一人が、こちらを見ていた。

 目が合えば、こちらへ来るようにと顎をしゃくられて、リョウは大人しく従った。

 心臓が早鐘を打つのが分かった。

 リョウは気を紛らわすように小さく息を吐き出すと、自分を呼び止めた目の前に立つ男を見上げた。

 日に焼けた浅黒い肌に短く刈りあげた明るい金色の髪が目に入る。左頬には、斜めに走る引き攣れた刀傷痕だろうか、細く長い傷跡があった。それだけで、この世界の現実とこの男が潜り抜けて来たであろう過去が透かして見えたような気がした。

 リョウは男の浅黄色とも取れる薄い色の瞳を見つめた。その真意を探るように。

 対する兵士の男は、動じることなく、じっと自分にもの問いたげな視線を返すリョウの物怖じしない態度に、何故か、小さく口角を上げた。

「坊主、それを取れ」

 視線で帽子を取るように促された。

 何故、そのようなことを誰何されるのかは分からなかったが、リョウは大人しく従った。

 帽子を脱げば、真っ直ぐな黒い頭髪が顕わになった。

 冷たさを帯びた風が頭頂部を掠める。

 伸びた髪は、無造作に後ろで小さく一つに束ねていた。乱れたであろうそれをそっと手櫛で整える。

 男の視線は尚も不躾な程に自分に注がれていた。

 リョウは居心地の悪さを感じていたが、それを顔に出すことは控えた。

 そして、じっと相手の次の動きを待った。


 暫くして、男が漸く口を開いた。

「…………見ない顔だな。何処から来た?」

 低く、簡潔に出された質問に、

「スフミからです」

 淀みなく簡潔な答えを出した。

「ここへの目的は?」

「この街で鍛冶屋を営む人に用事があります」

「武器を誂えるのか?」

 男の眉が興味深そうに上がる。

「いいえ。スフミに居るその人の母親から荷物を預かりました。それを届ける為です」

「…………そうか」

 じっとこちらの様子を窺いながら、男が静かに口にした。

 そうこうするうちに門の反対側を見ていた同僚の兵士が、こちらにやってきた。

「どうした、イリヤ?」

「いや」

 男は、こちらをちらと見た後、怪訝そうな顔をした仲間に何でもないと首を振った。

「見慣れない顔をした奴が通ったから改めただけだ」

 そう淡々と説明をした男に、もう片方の兵士が直ぐ傍らに立つ小柄な人物を見下ろす。

 そして、一言。

「なんだ。まだ、子供じゃないか」

 その言葉に、リョウは内心、ひっそりと溜息を吐いた。

「確かに珍しい顔立ちだが………」

 そう言って何やら二人でぼそぼそと言葉を交わし始めた兵士達にリョウはどうしたものかと思った。

 疑いは晴れたのだろうか。

「あの、もう通ってもよろしいのですか」

 恐る恐る声を掛ければ、後から来たもう片方の兵士がこちらを見て、白い歯を見せた。

 厳めしい男にしては実にさっぱりとした笑みだった。

 男は、徐にリョウの頭に手を伸ばし、その髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。

「ああ、坊主。悪かったな」

「いえ」

 されるがままに頭を弄られて、気が済んだのか男の大きな手が離れて行く。

 乱れに乱れた髪をリョウは慌てて手櫛で直した。

「それでは失礼します」

 きっちりと頭を下げて、兵士たちの前を通り過ぎようとすれば、最初に自分を呼びとめた男から再び声が掛かった。

「お前、名は?」

「………リョウです」

 頭上に沢山の疑問符を並べながらも、リョウは名乗った。

 耳慣れない響きだった為か、男は暫く、その名前を舌の上で転がした後、

「イリヤだ」

 親指で自分の胸を差した。

 もしかしなくとも、それは男の名前なのだろう。

 何故、それを自分に教えるのかは謎であったが、

「イリヤさんですね」

 確かめるように口にすれば、男は満足したように小さく頷いた。

 そして、漸く、もう行ってもよいと小さく片手を振った。

「またな、リョウ」

 不意に背中に掛かった小さな声に、リョウは内心、首を傾げたままだったが、ちらりと後方を振り返るとそれに応えるべく軽く頭を下げたのだった。

 そんなへんてこなことがあったのは、ここに来た初日。三日前のことだった。



 この街、【プラミィーシュレ】は、武具や武器を扱う店が多く軒を連ねることでも有名だった。

 要するに軍人御用達の街なのだ。

 この場所は、傭兵専用のギルドがあることでも知られており、街中を闊歩する男たちはそれこそ、兵士崩れのような荒々しい風体の者も多かった。用心棒やちょっとした軍部の手伝い、治安維持といった方面に駆り出されたりもするらしい。

 皆、当たり前のように腰には大きな剣を下げていた。中には両刃の厳めしい剣を背中に背負っている者もいた。

 荒削りでどこか型には収まり切らない野卑さを併せ持つ独特の空気がそこにはあった。

 勿論、それだけで街の機能が成り立つ訳は無いので、普通に一般市民も生活をしているのだが、どうしても、そういう少し規格外に見えるような男たちの集団が目に付いてしまうので、総合的に見て、そういう印象を得るに至ってしまうのだ。


 少し道を歩けば、今度は、鍛冶屋が多く集まる界隈に当たった。

 カンカンと金属を打つ音、熱く滾った【スターリ(鋼鉄)】の煮える音、打った刃を急激に冷やすための水入れの音。蒸気音や熱気に混じり、働く男たちの掛け声が聞こえてくる。

 そこは、まるで小さな工場のような様相を呈していた。

 この場所は、国の中でも様々な鉱物資源が集まる一大拠点でもあった。そして、ここに集まる良い素材を求めて、優秀な鍛冶職人も多く集まっていた。よって武器の生産も盛んであった。鍛冶職人達は日々、切磋琢磨し、自分たちの技を競った。

 そういう理由から、この街には様々な武器を求めて方々から【腕に覚えのある】多くの男たちが集うのだ。その中には、傭兵もそうだが、勿論、主要な顧客である軍の関係者が多かった。

 通りを歩く兵士たちの中には、どこか見覚えのあるような隊服に身を包んだ男達もいた。その格好は、北の砦の兵士たちを彷彿とさせたのだ。

 良く見れば、着ている物の形は同じだが、細かい色遣いが違った。素人目にも判別が付く顕著な違いは、兵士たちが付ける腕章の色だった。北の砦の兵士たちは、青い模様の付いた腕章を付けていた。ここの兵士たちはその色が緑だった。

 聞く所によると、この国の軍部は、大まかに言って第一から第十までの部隊に分かれているらしい。

 この街、【プラミィーシュレ】を管轄するのは第五師団の部隊だとのことだ。因みに、北の砦は、第七師団の管轄であるということだ。

 軍籍に身を置く男たちが集まる街と言うことで、街中にはそういった男たちが集う酒場や色街、俗に言う歓楽街もあった。

 中には、昼間から酒を呷る者もいる。場所柄、些細なこともいざこざの原因になり得た。


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