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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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世界の理

 この世界には、【魔法】というものが存在する。

 それが、リョウが生まれ育った世界との決定的な相違点だった。

 向こうで言うならば、ファンタジー、お伽噺の中の世界のような事象が、ここには当たり前のように存在した。いや、存在しているように見えた。

 向こうの世界でも科学では解き明かすことの出来ない人智の及ばない不可思議な出来事は多々あった。

 超能力であるとか、幽霊であるとか。例をあげればきりがない。

 だが、ここでの魔法というものは、自然の力を借り、己の中にある潜在能力を引き出して使うものであるという。

 人は、皆、多かれ少なかれその潜在能力を持つが、その力は通常、意識の奥深くに眠ったままで、それを引き出せるか引き出せないかが鍵を握るらしい。

 そうするとそれを【魔法】と形容するのは、少し語弊があるかもしれない。

 ここでは【術師】、【施術者】などと呼ばれるのが一般的らしい。

 場合によっては妖術、魔術とされ、忌み嫌われる類もあるという。能力を引き出す使い手によって、それは毒にも薬にもなる。諸刃の剣というところだろう。

 リョウが、森に住まう獣達と意思の疎通が出来るのも、その潜在能力に寄るものらしかった。

 本来、人には様々な能力があったが、原始の森を離れ、街を作り、強固な石壁を築いて人のみの暮らしをするようになって、そういった能力は【不要のもの】とみなされて、次第に忘れ去られて来たのだとガルーシャは語った。


 リョウは浴室に入ると、壁に埋め込まれた四角い形状の鉱石に触れた。

 そうすると室内が明るくなる。

 この世界に電気はないが、それに代わるようなものは意外に沢山あった。

 それもこの一つだ。それは光の粒子を内部に閉じ込めたような発光石で、人が触れると発光する仕組みになっているらしい。石の加工は専門の術師が行い、術が使えない一般の人々もその恩恵に預かれる形になっているのだ。


 壁に沿うように小振りの浴槽が備え付けられている。その注ぎ口にある青い石に触れると水が注がれる。水がある程度まで溜まった時点で、その隣にある赤い色の石に触れると浴槽の中の水が温まった。

 細かい温度調節は、水の中に手を入れて行う。片方の手で赤い石に触れたまま、以前、ガルーシャから教わったように、意識を集中させる。自分好みの適温を肌で感じ、思い描きながら。そうするとごく短時間で、自分好みの少し熱めの風呂が沸いた。


 この世界でも水は場所によってはかなり貴重な資源になり、おいそれと使うことは出来ないらしいが、この地域は割と豊富に存在した。そのお陰で余り一般的に広く普及している訳ではないものの入浴の習慣もあった。これは非常に有り難いことだった。


 兵舎の中には別途、大きな、大人数で入れる洗い場のある浴場が備えられているらしいが、無論、リョウはそのような所に入って行ける訳もなく、部屋に備え付けられている小振りの浴槽で十分だった。

 ここにいる屈強な体格を誇る兵士達には狭くとも、自分にはちょうど良い。

 こういう時は、身体が小さくてよかったと思う。


 湯船に浸かると、御約束のように長い息が漏れた。一日の労働で強張った筋肉をゆっくりと解してゆく。

 肩に手を掛けて、不意に心臓の上にある銀色と蒼色が混じったような文様に目が行った。


 ちょうど鎖骨からあばらを一本ほど下りた所、胸の膨らみが始まる辺りには、飾り文字のような装飾模様が、銀色とも蒼色とも付かないような不思議な色合いで入っていた。

 それをそっと撫ででみる。なんと書いてあるのかは、リョウには分からなかったが、それはガルーシャが使った印封のように、この術を施した者の名前が入っていると教えられた。

 白銀の王、誇り高きヴォルグの長であるセレブロが、自分の為に入れてくれたものだ。

 ガルーシャ亡き後、最後の依頼を果たすべく、暫く森を離れると伝えた際にセレブロは加護をくれた。

 呪いのようなものだと密やかに笑って。

 人や単なる獣よりも、精霊や神に近い存在であるというヴォルグ。その中でも長い年月を生きてきたセレブロ。

 その印があることで、セレブロはリョウの現在地が把握出来るし、もしもの場合―例えば、命の危機に晒された場合などは、直ぐに分かるのだという。

 そして、その有効期間は、リョウの人としての命が尽きるまで。悠久に近い時を生きるセレブロにとっては、ささやかな時間だ。

 どんな気まぐれであったのかは知らないが、そういう風に自分のことを気にかけてくれる存在があるというのは、ガルーシャを失った今、特に心強かった。

 この印を貰った時のことは、今でもはっきりと覚えている。セレブロの精を自分の体内に受け入れ、同調させる。それは、まるで神聖な儀式のようだった。


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