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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
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昼下がりの訪問者 1)

 リューバの家に戻り、扉に手を掛けようとした所で、ナソリが急にぴたりと足を止めた。

『………リョウ』

 鋭く発せられた低い唸り声に、リョウはドアの取っ手に手を置いた所で動きを止めるとゆっくりと振り返った。

 ナソリの毛並みは逆立っている。その只ならぬ気配に言い知れぬ緊張が走った。

「ナソリ?」

 自ずと囁く様に低く抑えた声で問い掛けていた。

『中に……なにやら、人がいるな』

「お客さんじゃなくて?」

『村の者ではない…だろう。嗅いだ事のない匂いだ。一人………二人か。………男だな』

 村人ではない男が二人、家の中にいる。

 ―何の為に?

 先程のスカモローフ(道化師)の一件が頭を過る。嫌な汗が背中を伝った。術師であるリューバに用事があるというのか。


 リューバは長年、この村に住んではいるが、余所からお客が来ることは、勿論、有り得ないことではなかった。その筋で名の知られた術師は、方々から依頼が舞い込む。

 だが、それは往々にして、術師たちの独自の経路(ルート)で紹介される場合が多かった。大抵は【伝令】に仕立て上げられた独自の【鳥】を通して事前に連絡が入るのだ。「こうこうこういう訳でこういう類の者が訪ねるがよろしく頼む」といったようなことだ。それは、自衛の為のギルド的組織に趣が似ていた。先の戦争を経て以来、術師たちは自らの身を守る手段を自発的に作り出していた。

 だが、その一方で、噂を聞きつけて依頼人が直接訪ねて来る場合もあった。間に他の術師や知り合いを仲介にしない場合は、受ける方も細心の注意を払う。しかしながら中には法外な仲介手数料を取る術師やそれを生業にしている闇の口利き屋のような良からぬ輩もいるようで、どちらが悪いとか良いとかは一概に言えなかった。

 今回もそういった依頼人が、直接訪ねて来たのだろうかと最初にリョウは思った。今は祭りの時期だ。ちょうど見物も兼ねて軽い気持ちでやってきたのではないかとも考えられた。

 だが、そう思ってみたものの、ナソリの警戒は依然高いままであった。

 獣たちには、本能から感じ取るものがあるのだろう。ナソリが慎重になるのには、何か理由があるはずだった。

「リューバは? 中にいるんだよね?」

 ―無事なのだろうか。

 リョウは無意識に取っ手を握る手に力を込めていた。

 一番の心配事はそれだった。

 ナソリは低く首を垂れて、中の気配を探っているようだった。

 リョウはその様子をじっと見守った。緊張に滲み出た唾を飲み込む。

 やがて、顔を上げたナソリは、低く口にした。

『なにやら、話をしておるようだな』

 ―その内容までは良く分からないが。

 そう言って息を一つ吸い込んだ。

 その時だった。

 玄関先に大きな影が一つ横切った。バサリと羽の羽ばたく音がする。

 リョウは思わず腕で頭を覆うように視界を庇った。ナソリも咄嗟のことに身を低くしてその身を庇うようにリョウの前に出た。

『おうや、これは、とんだ歓迎だな』

 そこへのんびりとした声が聞こえた。

 聞き覚えのあるその音色に、リョウが、そっと顔を上げれば、玄関を囲むテラスのとある杭の上に一羽の鷹が悠々と羽を畳んで止まっていた。

「………イサーク!」

 リョウは目を見開いて呆けたような声を上げていた。鼓動はまだ乱れ、ドクドクと波打っている。そして、呼吸を整えようと小さく深呼吸をした。

『ハハ、久しいなリョウ』

「イサーク」

 リョウは思わず胸に手を当てた。突然の登場は今に始まったことではないが、このタイミングでは心臓に悪いことに違いは無かった。

『ほほう、随分とめかし込んでおるな。よく似合っておるぞ』

「イサーク。こっちに来てたんだね」

 こちらの驚きには目もくれず、お馴染みの呑気な口調にリョウは暫し体の力を抜いた。

『左様』

『おぬしは……伝令の鷹だな。役目はどうした?』

 ナソリが低く問いを発した。

『今しがた終えた所だ』

『主を待っておるのか?』

『左様。中におるわい』

 その言葉にリョウはナソリと顔を見交わせた。

「中にいるのは、砦の兵士なんだね?」

『左様』

 鷹揚に頷き返したイサークに、リョウは小川の所で会ったナハトとケッペルの言葉を思い出した。

 ケッペルに乗ってきたのは、新しい鷹匠でこの村の出身の兵士だ。名前はキリルと言った。

『中にいるのは、キリルか?』

 ナソリが問い掛ければ、

『ああ。あのひよっこはこの村の出であったな』

 そう言えば思い出したというようにイサークが言った。

 その言葉にナソリは一先ずの警戒を解いたらしかった。

 砦の兵士達がリューバに何の用事があるのかと思ったが、取り敢えず、知らない人物ではないということが大きかった。

 それならば、普通に中に入ってもいいだろうか。

 顔を覗かせるくらいはしても構わないだろうし。もし、込み入った話をしているのならば、また席を外せばよいのだ。

 そう考えたリョウは、ナソリを促して中に入ることに決めた。

 リョウは直ぐ脇にあった納屋から革の腕当てを取り出すと艶やかな黒い【コーフタ(上着)】の生地の上に巻いた。

「イサーク」

 手を差し出せば、その意味を悟った伝令の鷹は大きな羽をはばたたかせてその細い腕に降り立った。

 ずしりと久し振りの重い感触が腕に伝わる。

 イサークが体勢を整えたのを見てリョウはナソリを振り返った。

「ナソリ。中に入ろうか」

『うむ』

 ナソリはまだどこか不服そうな顔をしていたが、大人しく付き従うことにした。


「リューバ! 只今、戻りました」

 扉を勢いよく開けるとリョウは出来るだけ声を張り上げた。中にいるであろうリューバとその客人に他者の存在を知らしめる為だ。

 やがて、

「あら、早かったわね。こっちにいらっしゃい」

 廊下の向こうからリューバのいつもと変わらぬ軽やかな声がした。それを耳にして詰めていた息を吐いた。無意識に緊張をしていたようだ。

 これならば、顔を出しても大丈夫だろうか。ナソリに目配せをすれば、その言わんとすることが分かったのか、一つ頷くと巨体をするりと先に滑らせた。

 リョウは、息を一つ吸い込むと、静かにそれに続いた。


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