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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
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南西よりの使者

 さて、リョウのスフミ村到着から時を遡ること約三日前。

 所は変わって北の砦。この国の最北端にある軍事拠点である。


 その日、団長室には二人の兵士が招集を受けていた。

 一人は、逞しい体つきをした背の高い男で、落ち着いた物腰に思慮深さを備えた眼差しをしている。

 もう一人は、隣に立つ男とは対照的にひょろりとした線の細い青年で、その顔立ちには若干の幼さを残していた。

 だが、それを補うように青年の秀でた額際から現れる明るい黄緑色の瞳には、知性の欠片が宿っていた。

 背筋を伸ばして上官の前に立つ二人の表情は、緊張に染まり、真剣そのものだった。それはこの部屋を支配する痛い程に張りつめた空気に晒されて、益々硬さを増してゆくようだった。

 そんな二人を前にして、淡々と事務的な連絡事項が進んで行く。

「その後の報告は?」

「変わりありません」

「不審な動きは?」

「今のところ、見受けられないかと。ですが、水面下ではなにやらキナ臭い話があるのも事実です。噂の類ですが。まぁ、それ自体も向こうの策略であることは十分考えられますが。その件も含めて現在調査中です」

 己が片腕(シーリス)の淀みない報告にこの北の砦を預かるスタルゴラド第七師団・団長のユルスナールは、一旦、目を閉じると徐に開いた。

 瑠璃色の光彩が鋭い光を帯びる。

 団長はゆっくりと己が部下へと顔を向けた。

 対峙した相手を射貫く鋭角な眼差しにその眼前に直立不動で控えていた二人の兵士は、改めて表情を引き締めた。

「どんな些細なことでもいい。奴らの動きを見逃すな」

「「ハッ!」」

「報告は逐一寄こせ」

「「ハッ!」」

「では、頼んだぞ」

「「ハッ!」」

 切れのある号令と共に騎士としての敬礼がなされる。

 そして二人の兵士は、きびきびとした無駄のない動きで与えられた任務へと向かうべく団長室を辞したのだった。


 二人が出て行った扉を団長のユルスナールは、組んだ両手に顎を乗せて見つめていた。

「ロッソは分かるが、キリルはまだ配属されたばかりだろう?」

 今回の特殊任務の人選はシーリスとヨルグに任せていたが、出立の挨拶に現れた二人組の顔ぶれは、ユルスナールの予想とは違っていた。

 ロッソは経験豊富な兵士だ。ユルスナールもその仕事振りは目にして知っている。なので、そちらに問題は無かった。

 一方のキリルは、王都スタリーツァでの二年間の見習い期間を経て、先月に補充要員として配属されたばかりだった。専任は伝令・諜報の鷹匠だ。前線に立つ部隊要員ではない。

 それに実戦経験もなかった。

 そのようなまだ一人前とは言えない兵士を今回の任務に抜擢したのは、どう見ても異例なことで、キリルにはいささか荷が重すぎるような気がした。

「心配ありませんよ」

 だが、難しい表情を崩さないユルスナールの傍らで副団長のシーリスは穏やかに言葉を継いだ。

 その目には絶対的な自信に裏打ちされた確固たる色が浮かんでいた。

 基本、穏やかな性格ながら、その腹の中には一物も二物も厄介な狸を飼っている。政治で言えば、影で動く明らかな参謀タイプだ。敵には回したくない策士だが、王都風の言葉遊びが些か過ぎるようで、ユルスナールにしてみれば少々回りくどい表現を好んで使う輩でもあった。大体にして寄せ集めた莫大な情報を己が掌に転がして高みの見物をするきらいがある。それは、ユルスナールから見れば、友人の【悪い癖】に思えた。

 今回もそういった出し惜しみをしているように見受けられた。


 シーリスの訳知り顔に、ユルスナールの眉が不審げにひょいと上がる。

 すると常の如く、その隣に控えていた補佐官ヨルグが一歩、前に出た。

「キリルの抜擢には相応の理由があります。経験不足は元より承知です。その上で敢えて選んだのです。それを差し引いても、あの者にはお釣りが来るかと」

「つまり?」

 前置きの長さに痺れを切らすようにユルスナールの長い指が、一つ執務机を小突いた。

 ―コツン。

 固い音が、静まり返った室内に響いた。

 気の短い旧知の知己の仕草にシーリスは苦笑する。今日は、いつになく小さな苛立ちが、己が上司の取る仕草の端々に見えていた。

 先日、寄こされた報告書が、満足のいくものでなかった所為だろう。

 だが、付き合いの長い相手のことだ。今更、そのような不機嫌さを前に怖気づくことなどあり得ない。それは補佐官であるヨルグも同じことだった。

 それとは対照的に先程まで中にいた年若い兵士の、青褪めて震えそうになるのを懸命に堪えていた下唇を思い返して、シーリスは気の毒なことをしたかと思った。

 だが、まぁ、これも新人兵士に対する洗礼とも言うべきもので、今後、この無愛想な上官には慣れてもらわないといけないのだから、遅かれ早かれ、通らざるを得ない道のりではあったのだろう。

 シーリスがそんなことを考えている間に、ヨルグはそつのない動作で、決定的となる一言を告げていた。

「キリルの出身地は、【スフミ】です」


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