関所の俄か番人たち 2)
「所で、なんでこんな端っこで宴会をしているんですか?」
村全体が祭り一色だからと言ってもここはまだ村の入り口だった。
人が集まっているのは、村の中心にある広場だと聞いていた。主な催し物もそこで行われるのだとリューバとアクサーナが楽しげに語っていたのだ。
そういう話を聞いていたから、なにもこんな端で酒盛りを始めなくてもいいだろうにと思ったのだが、
「ああ、俺たちは関所の門番ってとこだ」
胸を反らして親指を上げたセミョーンの言にリョウは居並ぶ男達の顔を見回した。
よくよくその顔を見てみれば、皆、比較的若い腕に覚えがありそうな屈強な男達だった。どうやら単なる酒盛りではなく、彼らにはれっきとした役割があったようだ。
酒を飲んだ状態で、果たしてそれがいかほどの威力を発揮するのかは不明だったが、彼らには【ピーバ】位では酒の内に入らないのだろうし。まぁ、それはこの際、目を瞑って置くことにした。
「祭の間は、外から色んな奴らが入って来るだろう? そういうのを俺達【自警団】が一応目を光らせて置くんだ。こんな時期だからな、祭りに紛れ込んで碌でもないのが入り込んだりすると困るだろ? ここに来るのは、大抵が顔見知りやら親類縁者だが、各地を回る物売りの類もやって来る。そいつらの顔をここで最初に拝んで置くのさ。怪しい奴は見つけやすい」
セミョーンの隣に腰を下ろしていたジューコフの言葉に、リョウは成程と思った。
ジューコフは、このスフミ村の村長ダルジの息子だった。
父親の背中を見て育った息子は、自らも積極的に村の治世に参加しているようだ。基本的に比較的若い男達で形成される【自警団】を取りまとめるのも未来の長であるジューコフの役目だった。
「リョウはリューバのところか?」
滞在先を訊かれて、
「はい。アクサーナに招待されたんです」
今回の訪問の目的も含めて答えれば、男達から悲鳴のような雄叫びが上がった。
「だぁぁぁぁあ、アクサーナァ!」
「デニスの野郎、まんまと上手いことやりやがって」
「お前じゃ、無理だろ」
「なんだと!」
「お前だって相手にされなかっただろうが」
どうやらアクサーナは【村一番の器量よし】という評判に違わずに中々に罪作りな存在であったようだ。競争に敗れた敗者達からは―元々参加していたのかさえ怪しいが―やっかみという名の悲哀に満ちた愚痴が零れ始める。
このテーブルは差し詰め、取り残された独身者の慰労会みたいなものに成り下がっていた。
「よし、今日はとことん飲むぞ!」
「馬鹿言え、それじゃぁ仕事にならねぇだろ」
「ハッ、これが飲まずにやってられるかよ」
恋破れた者達の口説は続く。
こういう場合は、巻き込まれる前に速やかに去るべきだ。
リョウの第六感が危険信号を発していた。酔っ払いには付き合っていられない。延々と愚痴を聞かされるのは御免だ。こんなところで足止めを食らうもの馬鹿げている。
話が妙な方向に飛び火する前にリョウはこの場を離れようと思った。
こちらの意図に気が付いたジューコフは、目が合うと仕方がないとばかりに一つ頷いてから軽く手を一振りした。
それを了承の合図と取る。
「恩に着ます」
口ぱくでそう礼を言う。
そして、リョウはそろりそろりと後ずさりを始めると、次の瞬間、身体を反転させ、なるべく足音を立てないように駆け出したのだった。
「……なぁ、そうだろ、坊主? ………って、あ?」
そう言って管を巻き始めていたフョードルが振り返る。
だが、同意を求めようにも、そこに立っていたはずの少年の姿は見えなかった。
フョードルは素っ頓狂な声を上げた。
「あ? 坊主は? どこ行った?」
さっきまでここにいたはずなのにと辺りを見渡す。
「ハハハ、まんまと逃げられたな」
「違いねぇ」
セミョーンが差し示す方向には、小さく、村の中心へ向かって駆けて行く少年の黒い頭部とその背中で弾む鞄が見え隠れしていた。
「だっせぇ。坊主にまで逃げられてやんの」
「うっせぇ」
「おら、フョードル、いつまでもうだうだ言ってんじゃねぇよ。俺達は任務中だ。その眠そうな目ぇかっぴらいて、しっかり見張っとけ」
リョウが去った方向へ元々の細い目を凝らして半曲線のようになった瞼を向けていたフョードルに、ジューコフは毒づいた。
そして、フョードルがかけていた木の椅子をその太い足でガッと蹴り上げた。
「イテッ」
勢いがあったのか、決して細いとは言えないフョードルの身体が跳ねた。
「ヘイヘイ、分かりやしたよ、団長。ちっくしょう、リョウの野郎、後で覚えてろよ」
身に覚えのない逆恨みに似た感情をぶつけるはずの相手は、すでに曲がりくねった小道の向こうに消えていた。
尚も愚痴るフョードルに周囲は宥めるように空になったジョッキに【ピーバ】を注いだ。
「おいおい、八当たりなんて止めとけ」
「そうだぞ。坊主になにかあったら、それこそアクサーナが黙ってねぇだろ」
男達の間でもアクサーナのリョウに対する可愛がりよう―男達の目にはそう映った―はある意味有名だったのだ。
アクサーナは、普段は朗らかだが、本気で怒らせると物凄く怖いのだ。幼い頃からこの村で育ち、それを知る男達は、自ら地雷を踏みに行くような莫迦なことはしない。
「分かってるさ」
そんなことは重々承知している。それでも煮え切らない、消化できずに燻った【想い】というのはあるもので。
フョードルは、友人達の慰めに並々と注がれて揺れるジョッキの中身を己が失恋の苦みと共に一気に呷ったのだった。




