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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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隊長の帰還 1)

 ふと、門の辺りが賑やかになっていることに気がついた。

 何やら兵士達が集まって来ている。

 目を凝らせば、馬に乗った一団が到着したようだった。

『おお、来おったか』

 歩みを止めたリョウにイサークが言った。

 あの中にスートが敬愛して止まない【黒き雷】殿とやらがいるのだろうか。

 じっと観察していると、人垣の中に逞しい大きな黒毛の馬が一頭見えた。遠目にもその黒光りする立派な体格が見て取れる。


 【ここ】は、人も動物も己が記憶の中にある形態に比べると格段に大きなものが多いというのが、リョウの個人的な感想だった。スートやナハトも立派な馬だが、その黒毛には何と言うか王者のような威厳と風格があった。

 そして、その黒毛の馬の脇には、同じような漆黒色の外套に身を包んだ長身の男が立っていた。

 緩く括られた銀色の髪が日の光を浴び、風に揺れてはきめ細かい光を反射する。

 こちらには背を向けている為、その顔を拝む事は叶わないが、威風堂々たる黒毛馬の主らしく、隣に並んでも引けを取らない程には、いい体格をしていることが知れる。

 あれが、食堂で兵士達の噂に上っていた【隊長】殿であろうか。

 

 集まった兵士達の中に副団長のシーリスと補佐官ヨルグの姿もあった。

 黒いマントの男に騎士としての敬礼を取っている。御出迎えという構図だ。

 その脇には、アッカの上官であるサラトフが控え、その他の顔見知りの兵士達もいる。

 彼らは、黒毛馬に乗った上級兵士に付き従い一緒にやって来た他の兵士達と軽い抱擁や握手をし合い、長旅の労を労っていた。


 その顔ぶれの中にスートの主であるアスレイの姿を見つけた。

 アスレイも朋輩との再会を喜んでいるようだ。

 意外なことにあの恐ろしく気位の高い馬の主は、柔和な面差しをした優しい青年だった。

 まるで正反対の気性だ。

 面白い組み合わせもあったもので、一体、どんな顔をしてスートが主に仕えているのかと想像すると若干可笑しみを禁じえない。

 そんなことをスートに言ったら、絶対に機嫌を損ねそうだが。


 そんな他愛もないことを考えていれば、こちらに身体を向けているシーリスと目が合った。その口元が薄らと弧を描く。

 隣に控えている職務に忠実な補佐官ヨルグは、いつも通りの鉄仮面的無表情だが、やはりこちらへと一瞥をくれた。

 すると直ぐ傍にいたサラトフも軽く手を上げる。

 こうも気が付かれていては、挨拶を返さない訳にはいかない。

 左肩にイサークを乗せたまま、リョウは小さく会釈をしてからその場をやり過ごそうとした。

 が、それは叶わなかった。

「リョウ、こちらへ」

 良く通るシーリスの声が聞こえてきて、ささやかな逃走願望は一瞬にして消え去った。

 あの集団の中に行かなければならないのかと思うと若干、顔の筋肉が引き攣りそうになる。

 注目を浴びるのは苦手なのだ。

 だが、しがない居候の身、この砦のナンバー2直々の命令を聞かない訳にはいかない。

『呼んでおるようじゃの』

「分かってる」

 追い打ちを掛けるが如く、まるで他人事のようにイサークがのんびりと口にした。

 恨めしそうに見上げるリョウの視線にイサークは愉快気に笑って見せた。



 イサークを肩に乗せたまま、リョウはシーリスの元へ赴いた。

 呼びとめた理由を問うべく副団長を見上げると、シーリスは目元を和らげながらも意外なことを口にした。

「リョウ、着いた馬の世話を頼みます」

 簡潔な一言。

 それに何故か周囲がざわついた。

「よろしいのですか?」

「大丈夫か?」

「おい、エドガーはどうした?」

 シーリスが自分を呼び止めたのは、今到着したばかりの一団の馬の世話をするようにと依頼する為だった。

 それならば話は早い。

 ここでの自分の仕事は、厩舎での馬達の世話であるし、今日に至るまでそれなりの仕事はしてきた積りだ。古参の兵士達に比べれば、まだまだ半人前には違いがないが、誠心誠意を持って馬達には接してきた。

「承知いたしました」

 諾と頷いて、リョウは振り返ると、兵士達が乗って来た馬達がいる方へ足を進めた。

「おい」

「心配ありませんよ」

 銀色の髪の男が何やら言いたげに口を開いたが、シーリスは笑ってそれを制した。

 歩き出すと何やら外野の音が姦しい気がしたが、与えられた任務を全うするべく、リョウは外部からの騒音を意識的に遮断した。


 少し離れた木の下に馬は全部で五頭いた。

 赤みの掛かった茶色が二頭に濃い栗毛が二頭、そして、あの立派な黒毛だ。

 皆、相当の距離を駆けてきたのか、全身から汗を噴出させている。


 リョウの足は、自然と黒毛の一頭の前で止まった。

 徐に右手の握り拳を左の心臓の前に構えて右足を半歩後方に引き、上半身ごと頭を軽く下げる。

 ここの兵士達が取る一般的な騎士の敬礼を取ることで相手に敬意を表した。

「お初にお目にかかります。我が名はリョウ・サクマ。貴公は誉れ高き【黒き雷】殿と御見受けいたしますが」

『いかにも』

 静かな問いかけに黒毛は一歩蹄を寄せると、ぶるりと鼻を鳴らした。

『ほう、毛色の変わったのが入ったな。新入りか?』

「いえ。さる個人的な事情により、少し前よりここで世話になっています。兵士ではありません」

 顔を上げて、その澄んだ黒曜石のような瞳を見つめる。

『それは見れば分かる。ここは女子のいる場ではないからな』

 からかう様なその口調に、リョウは軽く目を瞠ると、苦笑にも似たような小さな笑いを零した。

「やはり、あなた方には分かるのですね」

 それは確認の言葉だった。

 これまで、ここで出会った人間は、皆、自分を男だとみなしていた。

 ここでは、どうやら年端の行かぬ少年に見えるらしい。

 防犯上の理由からその相手の勘違いに乗って、自分でもそれらしく見えるように振る舞ってはいるが、それは飽くまでも擬態で、本来の自分の姿ではない。

 今はそれなりに楽しんで男らしい口調も板には付いているが、何かの拍子にうっかり素が出まいかと頭のどこかで心配をしているのも確かだった。

 そんな中、ここの動物達は違った。森に居る獣達も、砦に居る馬達も、リョウの性別を間違えたことは無かった。それこそ動物的直感という奴なのだろう。

『何を戯けたことを。我らはその者の核を見る。いかにそなたが男と同じ格好をしていようともそなた自身は変わらぬ』

 それは森に住まう白銀の王セレブロにも言われたこと。異質な自分を認めてくれる嬉しい一言だった。

「ありがとう、黒き雷殿」

 リョウは目を細めて目の前の鼻面をそっと撫でた。

『その呼び名は止めよ。尻尾が痒くなる』

 苦々しい声音にその困惑を感じ取って、リョウは小さく吹き出した。

『我が名はキッシャー』

「では、キッシャー。あなた方の世話を一任されました。こちらへどうぞ」

『ああ、リョウと言ったな、宜しく頼む」

「はい。こちらこそ」


 こうして、リョウはキッシャーを連れて厩舎への道を歩いていった。その後ろには、四頭の馬達が大人しく付いて行った。


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