スフミよりアイを込めて 2)
「勘違いされたみたいですね」
それほどまでに自分は男に見えたのだろうか。ただ、それだけが不思議で仕方がなかった。
髪も伸びるに任せて長くしていた。それを根元で一つに束ねてはいたが、髪の長さに男女の違いはあまりなさそうだから関係はないだろう。
「なぁに、男も女も【想い】に大差はなかろう」
ガルーシャがしたり顔で言えば、
『好かれておるということじゃろう。良いことではないかのう』
他人事なのか、好々爺らしくのんびりとピァーチも合槌を打つ。
「それとこれとは話が違いますよ」
これは一体、どんな喜劇だろうか。
だが、性質の悪い冗談にするには、その【想い】は余りにも純粋過ぎた。差出人は真剣なのだ。それを笑い飛ばすことなど、どうして出来ようか。
それでも、この小さな紙片に一杯詰まった【気持ち】とやらは、自分を【男】だとみなしての感情なのだ。自分の何がそう見えたのか。さっぱり見当も付かない。
『ややこしく取ることはなかろう。その女子はリョウを気に入った。それに変わりはあるまい』
首を傾げるばかりのリョウにセレブロは至極まっとうな解釈をしようとする。
それはそれで分かるのだが。
だが、親愛の感情と恋愛のそれとは大分差があると思うのだ。
ここでは性別の境界が曖昧だったりするのだろうか。恋愛に性差など関係ないというのか。それはそれで事実ならば受け止めることはできると思うが…。
いや、ガルーシャやリューバを見る限り、そのようなことはないだろう。
一目惚れだと書いてあった。あのような短い邂逅の中で、言葉など交わした内には入らないだろう。やたらと視線を感じたと思ったらこんな落ちになろうとは露にも思わなかった。
そうと決まれば、あの青年の態度も納得が行く。
恐らく、デニスはアクサーナを常から好ましく思っていて、好きな女が、「いきなり現れた見知らぬ【男】」に顔を赤らめたり、視線を奪われたりする様が気に食わなかったのだろう。図式としては随分と単純だ。こんな所で奇妙な三角関係に巻き込まれる羽目になるとは予想外もいいところだった。
『フォッフォッフォッ。懐かしいのう。儂も昔はそうじゃったわい』
「若いってのはいいもんだ。いつの世もモテる男は辛い。その影には数多もの女達の涙が川を作るのだ。私とて若いころは満更でもなかったからな。………懐かしい」
ガルーシャは深い皺の刻まれた頬をつるりと撫でた。
それから、不意に真面目な顔をしてリョウの方を見た。
「りょう、程々にな。余り、女を泣かせてはいかんぞ。アクサーナは気丈な性質だがら心配ないとは思うが………」
自分の性別を分かっている癖にガルーシャはそんなことを言う。
そうやって自分達の昔話に花を咲かせ始めた男どもをリョウは横目に見遣った。これから自慢話にでもなるに違いない。
概して過去の記憶というものは、脳内で脚色されて色彩鮮やかに、まるで別物のように蘇るものだ。
「………はぁ」
各人の個人的感想はともかく、リョウは非常に複雑な気分を紛らわすように大きな溜息を吐いた。
『リョウ。溜息など吐くものではない。邪気が入り込むぞ』
溜息を吐くとこちらではそうやって諌めた。
故郷の【幸せが逃げる】という表現とは根底が似ている。向こうは吐き出す方だが、こちらは吐き出した後に吸い込む方の心配をするのだ。
セレブロに言われてリョウは情けなく眉を下げた。
「返事………なんて書こう」
これだけのものを渡されておいて何も返さない訳にはいかなかった。
『ありのままでよかろう』
「リューバは何か言っていなかったか?」
ガルーシャが思い出したようにピァーチに聞く。
『何やら企んでいる風ではあったが、大方、高みの見物で楽しむ腹積もりじゃろう』
「あやつも相変わらず人が悪い」
『じゃが、まぁ、悪いようにはせんと思うぞ』
リューバはリューバでこの事態を面白がっているようだ。
『リョウ、返事をもらって来るようにと言われておるでな』
止めを刺さんとばかりに伝令の役目を預かるピァーチから催促されて、リョウは腹を括った。
大事な役目を負った伝令を手ぶらで帰らせる訳にはいかない。
「分かった。今、返事を書いてくるから、ちょっと待ってて」
この際だから正直に書こう。後のことは、あちらにいるリューバに任せればよいのだ。リューバのことだからきっとうまく取りなしてくれるだろう。そう思うことにした。
リョウは、居間の卓の上に手作りした筆記用具と同じく手作りした少し不格好な紙を取り出すと、早速、返事を書き始めたのだった。