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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
47/232

スフミよりアイを込めて 1)

 そうして、ガルーシャの下に帰ってから【デェシャータク】が過ぎない内に、つまり、分かりやすく言い換えれば、10日も経たない内に、リューバの所から伝令に仕立て上げられた【ゴールビ()】が飛んできた。

「りょう」

 ガルーシャに呼ばれて書斎へと顔を覗かせれば、リューバからだと言う手紙を渡された。

「………ワタシに、ですか?」

 意外なことに首を傾げれば、

「ああ。宛名を見てご覧」

 ガルーシャの長い骨ばった指が、封書の反対側を指示していた。


 手の中にある封書をひっくり返せば、丁寧にも繊細なリューバのものと思われる印封が施されていた。逆を返して宛名を見る。

 宛名は、自分宛てになっていた。小さな少し丸みを帯びた字体で、覚えて間もないこの国の文字で綴られているのは、紛れもない自分の名だった。

 以前、ガルーシャから教わった通りに印封に触れる。すると封を施していた蜜蝋が、音もなく砂塵のように砕け散った。

『中身は開けてのお楽しみじゃのう』

 窓枠の所で毛繕いをしていた【ゴールビ()】のピァーチがのんびりと口にする。どこか訳知り顔な感じだ。

「ピァーチは何か知っているの?」

『まぁ、見てみるがよいさ』

 クルルと上機嫌に喉を鳴らす。

 報酬として好物のスグリの実を貰ったようで、嘴の先が濃い紫色に染まっていた。

 中を開けてみれば、リューバの一筆の他に小さく折り畳まれた紙が入っていた。

 ―アクサーナから文を預かっている。

 簡潔な一文でそう書かれてあった。

 アクサーナと言えば、前回の訪問で会った少女だ。手紙の遣り取りをする程親しくはならなかったはずなのだが。

 首を捻りながらも几帳面な程に小さく折り畳まれた紙を開いた。

「……………………」

 そして、中に書かれてあった内容にリョウは言葉を失った。一度では理解できずにもう一度確かめるように文面へ目を通す。

 それを何度か繰り返して。

 リョウは開いた手紙を無言のままガルーシャへと手渡した。

 リョウの取った行動にガルーシャはひょいと片方の眉を器用に跳ね上げたが、何も言わずに差し出された手紙らしき紙を受け取ると目を通し始めた。


 程なくして。

 生真面目な表情で文面を追っていたガルーシャの顔が、皺を刻み、歪みを生じ始める。やがて小さく小刻みに喉の奥を震わせ始めた。

「………りょう………」

 滲んでくる生理的涙を堪えるように目を細めながらも、ガルーシャは何とも言えないような顔付きをして横目でこちらを流し見た。滑稽とも憐憫とも取れる、複雑怪奇極まりない色をその瞳に浮かべて。

「そんな器用な顔をする位なら、普通に笑ったらどうですか?」

 せり上がって来る居たたまれなさと不機嫌さを隠さずに言えば、そんな拗ねたようなリョウの様子を一瞥してから、ガルーシャは声を立てて笑い始めた。

『如何いたした?』

 近くで寛いでいたセレブロがのっそりとその身を起して訝しげな顔をすれば、ガルーシャは尚も捩れそうになる腹を手で摩って宥めながら、手にしていた手紙をセレブロの鼻先に突き出した。

 ガルーシャは余り感情を顕わにしない性質だが、余程ツボに入ったようだった。

 いまだ喉の奥を鳴らし続けるガルーシャをリョウは半眼で見た。

「…………そんなに笑うこともないでしょう?」

「笑えと言ったのはりょうの方じゃないか」

 それはそうなのだが。

 いざ目の前でそんな態度を取られると腹立たしいのだから仕方がない。

『……コレの何が可笑しいのだ?』

 手紙を読み終えたセレブロは合点が行かぬようだった。

「差出人を見てみろ」

 ガルーシャが手紙の一番下を指し示す。

『ふむ、アクサーナというのか。女子の名だな』

「ああ。アクサーナは差し詰め、うら若き乙女だな。スフミでも美人と専らの評判だ」

『宛名は無論………リョウか』

 微妙な間の後に、セレブロがリョウへ視線を向けた。

「…………どう思いますか?」

「どうとはなんだ?」

 リョウとしては思い切った積りだったのだが、ガルーシャには聞きたいことが伝わらなかったらしい。

『中身の話じゃろうて』

 ピァーチ(伝令の鳩)が助け船を出すように小首を傾げながら愛嬌のある姿勢で断定すれば、

『中身とな?』

 セレブロも窓枠にいる伝令の鳩へ鼻先を向けた。

『意味など明らかじゃろうが。訊ぬるまでもないわい』

『ああ。左様なことか』

 それだけで話が通じたらしい。

 納得したセレブロは不意にリョウを振り返った。

『リョウ。何が気に食わんのだ?』

 セレブロとの認識の差にリョウは苦笑しつつもどう答えたものかと考えた。

「気に入るとか、気に入らないとかの話じゃなくて………」

 もっと根底的な話の気がするのだが。

『これは、紛れもない恋文だ』

 断定的な口調とともに手紙を返されて、

「やっぱり?」

 受け取りながらも最後の悪あがきをするようにその虹色に煌めく瞳を見る。

『熱烈じゃのう』

 ピァーチののほほんとしたしわがれ声が、やけに滑稽に響いた。

『そなたの言う【こなた】での【世間一般の基準】とやらを鑑みてみてもだな。そう考えるのが妥当だろう』

 やたらと常識的で人間臭いセレブロの説明にリョウは、やはりかと何とも複雑な顔をして見せた。

 正直なところ、どうしていいか分からなかった。第一波の衝撃の波が去ってから少し冷静さを取り戻した頭で考えてみても、戸惑いの方が先に来た。


 小さく間延びした癖のある字体で紙面にびっしりと埋められていたのは、迸りそうな程の熱を帯びた言の葉の数々だった。

 勘違いもここに極まれり。もう笑うしかないだろう。

 このような熱烈な恋文(ラブレター)、いや、恋文自体を貰ったのは初めてだった。

 好意を寄せられて悪い気はしないが、それでも限度というものはある。意味合いは大分違うのだ。

 何が彼女をここまで駆り立てたのか。リョウとしては首を傾げるばかりだった。


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