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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
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キミの名は 2)

 村の中心へと続く、細長いうねった道を上って一人の人物がやって来る。

 豆粒程の大きさのその人は、見る見るうちに大きな若い男の姿へと変わった。

 短く刈った明るい色の髪が、柔らかそうに風に靡く。かなりの距離を物凄い速さで駆けたというのに、その男は、息一つ乱してはいなかった。


「待ってろって言っただろ」

 辿りつくや否や、少女に対して苦情を言った。

「あら、だって、そっちの話が、長引きそうだったんだもの。仕方ないじゃない。これは、焼き立てが美味しいのよ。冷めないうちに届けなさいって母さんも言ってたんだもの」

 これまでの照れてはにかんだ様子が嘘のように少女の口からは流れるように言葉が出て来た。

 これが少女の地なのだろう。余所行きの仮面が取れて気の置けない相手との会話は淀みがない。

「だからって先に行く奴があるか。何かあったらどうする?」

 不満と心配がない交ぜになったような色をその声音に乗せた男の台詞を少女は軽やかに笑い飛ばした。

「何かって、やあねぇ。こんな場所で、一体、何があるっているのよ?」

「最近は物騒だって親父さんも言ってただろ」

 そう言って、ちらりと男がこちらへ視線を流した。


 ―警戒されている。そう感じた。

 狭い村の中、村人は皆、互いに何処の誰かを把握している。そのような中では【余所者】は目立つ存在なのだ。

 必ずしも全ての人が自分を受け入れてくれる訳ではない。それは前々から予想していたことでもあった。今までは幸いにして、人の温かさ、優しさ、懐の深さに助けれ、励まされてきたが、それこそ運が良すぎたのだ。

 ガルーシャ以外の人達と交流を持つようになって、自分の顔立ちがこちらでは余り見かけないものであることも早々に理解した。それに対する反応も千差万別だが、これまでは概ね好意的でもあった。

 だが、それは傍にガルーシャやリューバという知り合いがいたからなのかも知れない。自分一人であったら違った反応が返って来てもおかしくはない。幾ら、己が、自他共に認める人畜無害そうな外見をしていても、だ。

 見るからにこの国の出ではない人間が、このような片田舎に一体、どんな用事があるというのか。そう不審に思われても仕方がなかった。

 リョウは、男の反応をさして気に留めなかった。寧ろ、当然のものとして受け止めた。

 一抹の疎外感と寂寞感は残るが、一々気にしていたら、それこそ限が無いだろう。


 そのまま傍でささやかな言い争いを続けてしまった二人に、リョウはどうしたものかと考えた。

 このままリューバを呼んできてもいいのだろうが、それも気が引ける。

 ―さて、どうしたものか。

 辺りへそれとなく視線を流せば、外の騒がしさに気が付いたのか、裏の勝手口からナソリがのっそりとその茶色い巨体を覗かせた。

 ちょうど良い。ナソリにリューバを呼んできてもらえば良いのだ。

 声を掛けようとすれば、ナソリの方が先にこちらに気が付いた。

『いかがいたした?』

「ナソリ、リューバにお客さんが来てるんだ。呼んでもらってもいいかな?」

 自分の後方に立つ二人の人物を見てから、

『ふむ。承知した』

 ナソリは、すぐさま体を反転させた。ふさふさの茶色い長い毛足がふわりと揺れる。


 ふと視線を感じて振り向けば、少女と青年が言い合いを止めてこちらを見ていた。

 動くなら今だろう。

 リョウは、甘い匂いのする籠を持ち上げると二人に向き直った。

「今、リューバを呼んでもらっているので、直ぐに来ると思いますよ」

 柔らかな微笑みを口元に刷きながらそう告げれば、

「まぁまぁ、一体、なんの騒ぎ?」

 扉の向こうからリューバのおっとりとしたやや高めの声が聞こえて来た。

 リューバが来れば、もう問題ないだろう。

「こちらは、リューバに渡しておきますね」

「あの…………」

 尚も何か言いかけた少女を制して、リョウは両手に二つの籠を抱えると、顔を覗かせたリューバに立ち替わり、中に入ることにした。


「リューバ、女の子の家の方から頂き物です」

「まぁ」

 すれ違い様例の籠を手渡す。

 リューバは籠に掛かっている上の布を少し捲って中を見るとたちまち相好を崩した。

「ナージャの所からね?」

 そして顔を上げると、不意にリョウの方を見て小さく笑った。

「リョウもありがとう。ふふふ。ほっぺに葉っぱの汁が付いているわよ。洗ってらっしゃい。それから、お茶にしましょう」

 からかうように口にされて、リョウは慌てて頬の辺りを袖で拭った。

 廊下の向こう、リューバの忍び笑いが小さく木霊する。


 そして幾らも経たない内に、

「あらあら、アクサーナにデニスじゃないの! アクサーナ、いつもありがとう。ナージャにも宜しく伝えて頂戴ね。ナージャの新作はいつも楽しみにしているのよ? 今回はなにかしら…………」

 リューバの歌う様な声が独特な旋律に乗って響き始めた。


 さっきまで少女が言いかけていたのは、恐らくこの頬に付いた汚れのことだったのだろう。そう当たりを付けたリョウは、台所に収穫した野菜の入った籠を置くと顔と手を洗いに洗面所へ向かった。


【ナージャ】は【ナデェージュダ】の愛称で、アクサーナの母親の名です。

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