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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
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キミの名は 1)

 アクサーナに初めて出会ったのは、リューバの家の裏の畑で野菜を収穫する手伝いをしている時だった。アクサーナは、度々リューバに家で焼いた焼き菓子やパンの類をお裾分けしに来ていたのだ。

 彼女の母親であるナデェージュダは、焼き菓子とパン作りに於いては村一番の腕との評判だった。ナデェージュダのパンは、これまでに何度か御相伴に預かったことがあるが、実に美味しかった。リョウ自身、森の小屋でもパン作りはするが、水加減が中々に難しく満足の行く出来には中々ならない。

 パンは、この国では主食であるから、女達がパンを焼くのは日々の家事の中でも必須事項で、出来て当たり前のことだった。リューバも勿論自分で焼いているのだが、ナデェージュダのものはやはり一味違うらしい。

 それにナデェージュダは【好き】が高じてか、創作意欲も旺盛で、よく変わり種の菓子に近い甘いパンを作ったりもしていた。生地に木の実を練り込んだり、保存用に乾燥させた果物を細かく刻んで入れたり、素朴だけれどもどこか温かく懐かしい味のするモノが多かった。

 そのような訳で、試作品を偶に多めに作ったりすると近所に配ったりするのだ。


 リューバの家の裏には、広さは然程大きくはないが、かなり本格的な畑があった。季節ごとに様々な野菜を植えており、基本的に自給自足で賄っていた。足りない物や作り過ぎてしまった物は、村の人々と交換したりしている。

 そして畑の反対側には、様々な薬草を栽培した区画があった。

 ガルーシャもそうだったが、薬師を担う術師は、大抵自分でも薬草を栽培している場合が多いらしかった。


 あの時、リョウは、裏の畑の中にいた。綺麗に整えられた畝の間に体を滑り込ませ、支柱に支えられて、胸の辺りまで高さのある蔓科の植物に付いている実を取っていた。

 周囲をぐるりと巡らす柵の向こうで、カサリと物音がした。その音に振り返ると、豊かな金色の髪をおさげにして長く垂らした女性が籠を両手に抱えて立っていた。

 村の人だろう。リョウはそう思った。

 リューバの家には、時折仲の良い人達がちょっとした手土産持参でお茶をしにくるのだ。勿論、術師や薬師としての依頼もあるのだろうが、そういう訪いの方が多いように見受けられた。

 そういう時、リューバの家は村の女達のささやかな社交場に早変わりする。それぞれが持ち寄ったお茶受けのお菓子を前に、情報交換と言う名のお喋りに興じる。そうやってリューバを始めとする村の女達は、互いの関係を確かめ合っているのかもしれなかった。

 女が三人寄れば(かまびす)しい―とは良く言ったもので。

 天気の話に始まり、作物の話から亭主の話になり、子供の話になり、どこそこの誰はと村人の話になり、そして隣町の様子から果ては王都の流行まで。

 次から次へとその話題は尽きることなく延々と続いて行く様は、傍目にも実に興味深かった。

 このスフミは国の中でも北方の僻地にあるはずなのだが、女達が得る情報には目を瞠はるものがある。

 街道を通じての物流が、人の噂と便りも運ぶのだということを教えてくれるいい例だった。


「こんにちは」

 声を掛ければ、その女性は小さく肩を揺らした。目が心なしか大きく見開かれている。

 驚かせてしまっただろうか。

 リョウは、相手を安心させるように穏やかな微笑みを浮かべた。

「リューバなら中にいますよ」

 台所で準備をしてくるからと言って、ちょうど一足違いで家の中に入った所だった。

「あ……いえ……その……」

 籠を抱えたままその女性は言葉を詰まらせる。それを見て、リョウは内心首を傾げた。

 見た目は大人びているが、そういう仕草を見る限りまだまだ子供なのかもしれない。母親に頼まれてお使いに来たが、見知らぬ人物がいて驚いた。そんなところだろうか。人見知りをする性質なのかもしれない。

 そのままにしているのも可哀想なので、助け船を出すことにした。

「リューバを呼んできましょうか?」

 リョウは手にしていた籠を足下に下ろして短剣(ナイフ)をしまうと着けていた手袋を脱いだ。

 そして、柵を挟んで向こう側で立ち竦んでいる少女と思しき訪問者の前に歩み寄った。


 ハッと顔を上げた少女の瞳は、懐かしい柑橘類を思わせる温かい陽だまりの色をしていた。

 近くに立てば目線は余り変わらない。いや、ややもすればリョウの方が低い位だ。

 こちらの人々は、全体的に見て―と言っても、まだ多くの人に遭遇した訳ではないので比較対象自体が少ないが、これまでの印象から言えば大柄な人達が多かった。少女だとしても背は高い。成長の度合いはもう違うのだ。

「どうかしましたか?」

 黙ったまま微動だにしない少女の顔を覗き込めば、その顔が見る見るうちに赤みを帯びてきた。

「大丈夫?」

 尚も案じる声を掛ければ、

「へ、平気です!」

 と言った傍からその子が手にしていた籠が支えを失い落下する。

「おっと」

 咄嗟に手を伸ばして。

 籠は傾いたものの落とすことは免れた。


 籠の上には小ぶりの(ナプキン)が掛かっていたが、そこから立ち上る【マースラ(バター)】と【サーハル(砂糖)】の甘い匂いに、リョウは目を細めた。

 リューバへのお裾分けだろうか。

 甘いものが好きなリューバは、お茶の時間に必ずと言ってよいほど手作りしたお菓子の類を用意していたから、この手のものは喜ばれるだろう。

 リョウ自身甘いものは好きな方だった。布をほんの少し捲って中を見てみたい誘惑に駆られたが、それを寸での所で堪えた。

 いきなりそんなことをしたら失礼にあたるだろう。

「はい。どうぞ。落とさないように気を付けて」

 そうして籠を少女の手に渡そうとしたのだが、

「あ……これは、リューバにって、母さんが」

 そう言われて、リョウは籠を手に持ったまま小さく笑みを零した。


 少女の顔は、極度の緊張の為か首まで真っ赤になっていた。まるで自分がつい先ほどまで収穫していた【パミドール】のようだ。

 【パミドール】は、【トマト】に似た真っ赤な色をした野菜の一種で、生のまま食べてもよし、煮込んでもよしとこの地方では一般的な野菜だった。果肉は多くの水分を含み、仄かな甘みと清涼感のある後味が特徴だ。

「中を見てもいいですか?」

 少女が頷いたのを確認してからそっと上に掛かった布を捲る。

 籠の中には【マフィン】に似た焼き菓子が綺麗に並んでいた。ふわりと香ばしい甘い香りが鼻孔を擽った。

「キミのお母さんが作ったのかな?」

「ええ、母さんとわたし、二人で」

「それは凄い。とても美味しそうだね」

 素直に感嘆の声を上げれば、少女は照れたようにそれでも誇らしげに小さく笑った。

 きっと台所でのお手伝いは日常茶飯事のことで。こうして母から娘へと家庭の味が受け継がれて行くのだろう。

「いい匂い。リューバもきっと喜びます」

 少し言葉を交わしてみて警戒が取れたのか、和やかな空気が二人を包み込んでいた。少女の方も緊張が和らいだのか、表情に硬さが抜けてきている。

「それじゃあ、リューバを呼んできましょうか」

 手にした籠を持ち上げて微笑んでみる。

 リョウは足下にあるもう一つの籠をもう片方の手に持った。中には先程畑から採ったばかりの真っ赤な【パミドール】とその他二・三種類の野菜が艶やかな光を湛えていた。

 そのまま踵を返そうとして、

「……あ、あの………」

 呼びとめる声に顔だけ振り向けば、

「アクサァーナァ!」

 少女の声に被さるようにして遠くから低い声が響いてきた。

 少女はバッと体ごと振り返るとこちらに駆けて来る人物を見て表情を緩めた。そして、合図をするように大きく手を振った。


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