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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
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アクサーナ 1)

 そうやって持ち込んだ薬草を前に、その処方量を始めとする細かい薬草の知識をリューバに学んでいる時だった。

「リューバ! リョウが来てるって向かいのムサカ爺さんに聞いたんだけど!」

 ―バン!!!!!

 突然、勢いよく扉が開いたかと思うと、金色に輝く長いおさげ髪を翻して一人の女性が飛び込んできた。

「まぁアクサーナ、朝から騒々しいわね」

 リューバのお小言もそっちのけ。明るい橙色の瞳が、室内をぐるりと見渡す。

 そして一か所で止まった。途端、その顔が喜色に満ち溢れた。

「リョ~ウ!!! 逢いたかったわ。元気にしてた?」

 アクサーナと呼ばれた女性はそう声をはり上げるとリョウに突進した。長い腕が、力強くリョウの体に巻き付いた。そのままギュっと音がしそうなほど抱きしめられて息が詰まりそうになる。

 リューバの時以上の衝撃をリョウは黙って耐えた。

 一見細く見えるのだが、アクサーナはリョウよりも上背があり、その骨格も骨太だった。そして、その細い体のどこから出ているのだと不思議に思う位とてつもなく力が強いのだ。

『アクサーナ! 離れろ。リョウの息が詰まる!』

 『ヴァウ』とナソリが注意を促すように吠えれば、

「アクサーナ! 力を入れ過ぎよ! リョウが窒息するわ!」

 リューバも慌てて声を掛けた。

 そうして漸く、アクサーナの腕が緩んだ所で、

「アハハ。久し振り、アクサーナ。元気そうで何より」

 顔を若干苦笑に歪めながらも、リョウは突然の闖入者に微笑み返していた。

 猪突猛進の如く我が道を行く所は変わらない。体中の骨が一気に軋みを立てたが、その痛みにも関わらずリョウの顔は嬉しそうだった。

 アクサーナの熱烈な歓迎振りは今日に始まったことではないが、毎回毎回同じように力一杯抱き締められて、リョウは内心たじたじだった。この感情表現(テンション)の高さには、中々に慣れるものではない。

「うふふ、リョウも相変わらず素敵ね!」

 巻き付いた腕を解いて。満面の笑みを浮かべたアクサーナから、両方の頬にキスを受ける。

 同じように挨拶を返せば、

「あら、髪を短くしたのね。前の長い時も黒い駿馬の尻尾みたいで綺麗だったけれど、その長さも……うん、良く似合ってるわ」

 うっとりと些か熱の籠った視線で見つめられて、リョウは居心地が悪そうに身じろいだ。


 アクサーナの口から淀みなく流れ出るのは、自分に向けられるには実に恥ずかしい台詞の数々だった。彼女は臆面も無く褒め言葉を口にする。それが、彼女自身の性格によるものなのか、この国の女達の属性なのかはよく分からなかったが、リューバを見る限りは大体半々というところだろう。


 アクサーナは、村一番の器量よしと評判の娘だった。この国の女達の例に漏れず、早々に幼さの抜けた顔立ちに伸びやかな肢体を持ち、輝くばかりの色素の薄い金色の髪は豊かにうねり、腰の辺りまであった。それをゆったりとおさげにして束ねている。

 すっと通った鼻筋にぽってりとした厚みのある唇。大きく見開かれた目は、暖かい日の光のように明るい橙色をしていた。

 こちらでは人が持つ色彩は実に豊かだ。特に瞳の色にそれは如実に表れている。リューバの緑色にアクサーナのオレンジを想起させる橙色。これまで見聞きした事例を思い起こせば、砦の兵士達もそうだった。

 シーリスは綺麗な菫色だったし、ブコバルは青灰色、ヨルグは木の実のヘーゼル、アッカは、霞がかった春の蒼穹を想起させる蒼い色だった。

 そして、ユルスナールは瑠璃色だった。

 そういう色とりどりの中では、自分の黒という色は、逆に珍しく映るのかも知れなかった。

 中でもアクサーナは、事あるごとにリョウの真っ直ぐに伸びた癖のない黒髪を羨ましがった。

 他人の芝生が青く見えるのは、どこにいても同じだ。若い女らしくお洒落には余念がない年頃でもある。

 アクサーナの姉は既に嫁いで大きな街で暮らしていた。その所為もあるのだろうが、街の若い女達の所謂流行には敏感らしく、田舎の村娘という言葉の響きから受ける印象からは、かなり掛け離れていた。

 素朴さや地味さから言ったら、自分の方が絶対に勝っている気がする。そんな取りとめもないことを考えていると、いつの間にかアクサーナの華やかな顔が間近にあった。

 キラキラと日の光が橙色の明るい光彩に反射する。

「ねぇ、リョウ。今回はいつまでいられるの?」


 森の小屋からこのスフミ村までは、徒歩で丸一日の距離だ。馬ならば半日の距離。こちらの感覚では、それ程離れている訳ではない。

 いつもなら薬草を卸して二・三日はリューバのところに厄介になる。そこで家の手伝いをしたり、薬師としての薬草の用い方を教えてもらっていた。

 他にはこの辺りの地理や人々の暮らしぶり、慣習や風習など、細々とした知識・常識も教わる。都会の方から風に乗ってやってくる噂話と言うのもあった。こちらの方がリョウにとっては非常に重要で、大きな意味を持っていた。

 教わると言ってもそんなに堅苦しいことではない。世間一般の基準から言ってもリューバはおしゃべりな性質であったから、お茶の合間や食事の合間、料理をする合間でも、ふと疑問に思ったことを口にすれば、一つの問いに対して答えがそれこそ十にも二十にもなって返ってきた。

 ここで見聞きすること全ては、自分にとってはなくてはならない情報足り得た。


 ガルーシャは、世の博識な学者肌の研究者に等しく、どこか浮世離れしているところがあった。性別が男であったということもあるが、元々の出自が良いのか、物腰も粗野な所は全く見受けられず、どちらかと言えば紳士的で庶民の地に足の着いた暮らしぶりにはとんと疎かった。知識としてはそれなりにあるのだが、実践的な面ではからきしと言えばいいか。

 その反面、リューバは女性ということもあって生活に密着した細々とした事柄に詳しいのは無論のことガルーシャには中々聞けないようなことも余り気負わずに口に出来た。


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