優しさに包まれて 2)
あの日、突然、ガルーシャがリョウを伴ってやって来た時にはそれこそ腰が抜けそうな程に驚いたものだ。
新しい家族だと紹介された時には、いつの間にそんな隠し子などを作っていたのかと仰天したのだが、連れられた子の顔立ちとその色彩を見て、自分の勘違いには早々に気が付いた。
この国の人間ではまず見かけない異国風の面に黒い瞳、そして真っ直ぐに伸びた長い黒髪。
それは、リューバも初めて目にする珍しい組み合わせだった。
あの頃のリョウは、ちょうどこの国の言葉を覚え始めたばかりで、まだ片言を話すのがやっとという状態だった。そして、ガルーシャの隣にひっそりと控えていた。
時折、見せる控え目な微笑みは、人を惹きつける【何か】を持っていた。
いや、人だけではない。それは獣達にも有効で、この村では番犬宜しく強面で通っているナソリが、あっさりと尻尾を振って懐いて見せた様には、実に大笑いしたものだった。
獣達は、常にその者の本質を見る。彼らに好かれるということは、心根が綺麗な証拠だった。
よくよく観察していれば、ナソリと普通に会話をしている。それはリョウが、多くの人が失ってしまって久しい能力を持っていることを意味していた。
一体、どこからそんな子を連れてきたのか。
まさか、かどわかしてきたのではあるまいかと冗談交じりに、それでも半ば本気で尋ねてみれば、ガルーシャは剣呑そうな顔をしてジロリとこちらを睨みつけた後、ゆっくりと否定の言葉を吐いた。
馬鹿は休み休み言え―そんな言葉だったと思う。
そして、一言「森で拾った」と付け加えたのだった。
その時は、その「森で拾った子」に関してそれ以上の話をすることはなかった。
ガルーシャが口を開かなければ、聞いても仕方がない。術師同士の会話とはそういうものだった。
一時はどうなる事かと思われたが、二人の共同生活は上手くやっているようで、時折、伝令として飛んでくる鷹や隼達は、ガルーシャと新しい家族の日常の様子を面白可笑しく語って行った。
そんな子が、今は流暢にこの国の言葉を操っている。まだ所々、多少の訛りがあるが上出来だ。その見た目の割には少し堅苦しい話し方を差し引いても十分おつりがくるだろう。
ここまで来るには、きっと並々ならない努力をしたはずだった。
それなのに、リョウはその辛さや大変さをおくびにも出さない。ここを訪れる度に変わらない、にこやかな笑みを浮かべる。だから、つい気になってしまうのだ。あの子が無理をしてはいまいかと。
ガルーシャの【旅立ち】を知らされて、心配したのは一にも二にもリョウのことだった。
森の動物達の伝手を頼ってその様子を知らせるようには頼んでいたが、やって来る鷹のイーサンは、律儀に報告をした後、『余り心配をしても仕方なかろう』などと釘を差して行った。
今回の訪問はそのガルーシャの旅立ちから初めてで、リューバにしてみれば待ちに待ったものだった。報せを受けた時は、喜び勇み、晩御飯にリョウの好物を作ろうと張り切った。
全ての準備を整えて。到着の頃合いになった時分には、柄にもなく気が急いてナソリを迎えに行かせた位だ。
そして、約半年振りに会ったリョウの髪は、以前に比べて短くなっていた。
この国の弔いの慣習に倣い髪を切ったのだろうことは簡単に想像が付いた。
玄関で目にしたリョウの表情は、穏やかなものだった。心配していたような陰りは見えない。
そしてすぐさま、リューバの視線は、その胸に燦然と煌めく瑠璃色の石に釘づけになった。
そこには、リョウを包み込むような優しい【気】が溢れていた。
そこで、確信をしたのだ。ガルーシャの代わりにこの子を支えてくれている人物がいるということを。
それは、リューバにとってはまたとない嬉しい報せとなった。
砦での一件を語るリョウの目は優しさに満ちていた。それだけでリョウがその場所でどんな待遇を受けたのかが分かる。
―願わくば、この出会いが、またとないものになりますように。
リョウを自分の娘のように思っているリューバは、そう、願わずにはいられなかった。