優しさに包まれて 1)
リューバは、自分の飼い犬が拗ねる様を半ば微笑ましげに眺めていた。
ナソリの言動の奥に潜んでいるのは、紛れもない嫉妬だ。自分の与り知らぬ所でリョウが心を許す存在が現れたことが気に食わないのだろう。
珍しくそんな執着を見せるのだから困ったものだ。
リョウが持つキコウ石。その中でも希少な部類に入るカローリ。
見た目にも鮮やかな瑠璃色の輝きを放つその石は、普通に考えておいそれと他人にやれるような代物ではなかった。
家にそれが伝われば、装飾品に加工して、それこそ代々受け継いで大切にしてゆく。そして人生の中で、ここぞという晴れ舞台の時に身につける。そういった類の扱い方をされてもおかしくない物だった。
その辺りの事情をリョウはまだきちんと把握していないようだった。
だが、それ以上に重要なのはそこに込められている並々ならない愛情に似た慈しみだった。
ガルーシャの縁ということは、術師としての素養があるのだろう。
それでも人の【想い】がこのようにして残り、その持ち主を守るといった、それこそ厄除けのような作用をもたらしているというのは、余り聞かない話だ。それだけ、これを渡した当人が、受け取り手のことを大事に思っているということになる。
だが、その隠された真実をリューバはこの場で告げる積りは無かった。他人が軽々しく口に出来るものではないし、第一、お節介というものだろう。
リョウが知ったら、恐らく茫然自失になりそうな位驚くことだろう。
本音を言えば、それはそれで面白そうだが、まぁ、そこまで無粋なことはしたくなかった。
「リョウ、大事になさいね」
―その繋がりを。
きっとこれからも、貴方の力になってくれるでしょうから。
「はい」
こちらの言いたいことを察したのか、リョウは、はにかむように微笑むと小さくその石を胸内に握り締めた。
そこにあるのは、どう見ても【女】の顔だった。
初めて目にするリョウの女性としての一面にリューバは胸の奥が締め付けられるような、そんな複雑な気持ちになった。
村の住人達は、リョウのことを少年だと思っているようだった。リューバ自身も最初間違えてしまったので余り大きなことは言えないのだが、今ではそのことに納得がいっていなかった。
男と同じような格好をしているから見間違えてしまうのだろうが、リョウはれっきとした女性だ。一度、そのことに気が付けば、どう引っくり返っても男には見えなかった。
そんな周囲との認識の差にリューバ自身は、なぜかヤキモキしていた。
その一方で当の本人であるリョウ自身は、別に気にも留めていないようなのだから仕方がない。相変わらず「動きやすいから」と簡素なシャツに男と同じズボンを履き、口調もそれらしく変えているようだ。
それはリューバの目には、無意識の鎧に映った。
本当の核である己を巧妙に隠すための防衛本能がもたらす自己保全。
あの子は、何をそんなに恐れているのだろう。女であることを隠す必要はないのに。
だが、そこはリューバが悪戯に踏み込んではいけない領域だ。
それだけが日頃から残念でならなかった。心苦しくも口惜しくもあった。
リョウは着飾れば、きっと綺麗だ。この国の女達と同じような服を身につければ、見違えるに違いない。それこそ、元が誰だか分からなくなるだろう。
元々、リョウが持つ空気はしっとりと落ち着いたものだ。外見からはどうも幼く見られてしまうようだが、その内面は成熟した女のものだ。自分の女としての【勘】がそう訴えていた。
リューバの子供達は二人とも男で、常々女の子が欲しいと思っていたことも関係するだろう。
その願いは、結局叶うことはなかった。その所為かリョウを目の前にするとついつい自分には縁が無かった己が娘の姿を重ねてしまうのだ。
自分に娘がいたら、こうしてあげたい。そんな、一度は捨ててしまったはずの欲求が膨らんでくる。だからであろうか。リューバのリョウに対する心遣いは、自分の娘に対するそれに近かった。