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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
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刻まれた記憶 2)

 夜間用に発光石の照射量が落とされた室内、寝台(ベッド)の上で横になって寝息を立てているのは、紛れもない自分だった。己が姿を客観的に外から見るのはなんだか変な気がする。自分なのに自分ではないような、そんな不思議な感覚だった。

 そこに長い影が差した。

 大きな骨ばった掌が現れる。長い指の背の部分が、弛緩した頬を撫でて行く。指先が何度かその感触を確かめた後、大きな掌が顔に掛かる髪をそっと後方へ梳いた。

 そして、その手は、首から、肩、二の腕、背中、脇腹を辿り、ゆっくりとその輪郭を暴きだすように触れ、腰から、臀部、そして、太もも、膝へと下って行った。

 蝋燭の炎のように揺らぐ光の粒子の中、映像として映るのは、寝台に浅く腰かけた一人の人物の脚と手だ。

 そして最後に、名残惜しむように指先が耳元を擽り離れて行く。

 それから、その人物は寝台の上に屈み込むと、寝息を立てている自分の頬に軽く唇で触れた。


 リョウは、余りの衝撃に頭が真っ白になっていた。思わず手で口を塞ぐ。

 自分は、あの手を知っている。

 少し骨ばった大きな手。剣ダコのある長い指。そこから滲むようにして溢れて来る優しさを。

「これは……………」

 だが、それは同時に信じられない光景でもあった。

 まさか、自分の中で意識しない願望のようなものが深層心理の中から現れたとでも言うのだろうか。

 そのことに思い至って少なからず衝撃を受けていれば、

「この石の元々の持ち主が残した意識の断片よ」

 リューバが口にしたのは、リョウが考えていたこととは反対のことだった。

「つまり、実際に起きたこと?」

 過去の時間の断片なのか。

「そうとも言えるわね」

 円らな翡翠のような緑色の瞳が好奇に満ちて輝く。

「心当たりでもあるの?」

 意味深に口にされて、リョウの鼓動は跳ねた。


 心当たりは、なくもなかった。

 あれは、そう、砦での最後の夜のことだった。

 兵士達の酒盛りに紛れて自分も酒を過ごしてしまって。強制的に戦線離脱を余儀なくされたのだ。折角良い気分であった所を団長の止めが入り、そのまま抱えられて部屋へと戻された。

 それから、どうした?

 寝台の上に座っていたら急に眠気が襲ってきて、そのまま横になった気がする。

 それからのことは……実のところ、良く覚えていなかった。


 あの後、気が付いたら、自分が使っていた部屋とは違う寝台の上で朝を迎えていた。二日酔いのような症状は全くなかったが、昨晩の名残を引きずるような気だるさの残る身体。そして、直ぐ傍にあった自分とは違う他者の温もりに思考が止まり、状況を把握するのが暫し遅れた。

 体に回された良く鍛えられた逞しい腕の感触。直ぐ目の前には、朝日を浴びて密やかな輝きを放つ銀色の髪。どこか作り物めいた冷たい印象の造形。その閉じられた瞼の奥にある色を、リョウは知っていた。

 穴があったら入りたい。まさにそう表現するに相応しい心持だった。思い出すだけで体全体の血が沸騰しそうだった。


「大事にされているのね。安心したわ」

 映像が途切れ、明るさを取り戻した室内、目の前には静かな微笑みを湛えたリューバがいた。

 なぜか、とても不釣り合いな言葉を口にされた気がする。

 大事にされている、だなんて。

 果たしてそんなことがあるだろうか。

「さぁ、リョウ、観念なさい」

 その緑色の瞳が、いつになく迫力のある輝きを放った。

 だが、リョウはいまだ夢から醒めたばかりのような、あやふやな気分に中にいた。

 だって、有り得ないだろう。あのような情景が切り取られているなんて。それだけ思ってもみないことだった。

 十日間という短い邂逅の中で、何か特別で相手を慈しむような気持ちが現れるとは考えにくかった。

 ユルスナールは、きっと自分に【何か】を重ねていたのだろう。それにしてもその行動は傍目には紛らわしく、心臓に悪いことこの上ないが。

 勘違いしそうになる気持ちをリョウはそうやって押し留めた。

「こんな風に【想い】が形を取るのは、中々ないことなのよ。それだけ、ここに込められている気持ちが強いということなの」

 そう言って、リューバは掌の中の首飾り(ペンダント)をリョウに返した。

 リョウはそれを受け取って再び首に掛ける。小さな瑠璃色の石をその手に乗せて眺めてみた。

 【想い】という表現はとても曖昧だ。それは、それを作りだした本人のモノで、他者にとっては、たとえ、それを推し量ることが出来たとしても、本質の所では理解しがたい。

「リューバにはそれが見えるんですか?」

 形のない【想い】が、どうやって感知できるというのだろう。

「見える………というよりも、感じるっていう方が合っているかしらね」


 リューバとナソリに囲まれて。

 それからリョウは、ガルーシャの【旅立ち】から自分の身の上に起こったことを掻い摘んで話した。それには勿論、アッカから始まる北の砦での出来事が含まれている。

『で、リョウ、そやつとは恋仲なのか?』

 聞きたくて仕方が無かった単語をナソリが待ちきれないとばかりに口にした。心なしかその長い尻尾が気もそぞろにそわそわと揺れているように思えた。

「まさか! それは違う。有り得ない」

 なんでそうなるのだろう。

 思いも寄らない意外な質問にリョウはびっくりした。砦の兵士たちは、自分のことを【年端のゆかぬ少年】だと思っていたのだ。

 百歩譲って、仮に、兄弟愛・同志愛的な感情が芽生えることがあったとしても、そういう方向に話が行く訳がなかった。幾らユルスナールが自分の性別を認識していたとしても、それは変わりがないだろう。第一、そういう空気はなかったはずだ。

『なれど、余りにもあからさまではないか』

「ん? ナソリにはそう見えるのか?」

『おぬしとて気を許しておるようではないか』

 畳みかけられるように問われた事柄をリョウは軽く笑い飛ばしていた。

「そんなことはないよ。これをくれた人は、ガルーシャに縁があったんだ。ガルーシャを通じた知り合いってところかな。良くしてもらったのは確かだけど、それは、ワタシがガルーシャの封書を持っていた【伝令(Messenger)】だったからだ」

 自分から見た客観的事実を口にすれば、

『……そのようには思えんがの』

 ナソリはまだ納得がいっていないのか、不服そうに鼻を鳴らした。

 だが、それを遮るように、

「ほらほら、ナソリもその辺にしておきなさい。リョウを困らせても仕方がないでしょう?」

 飼い主らしく挿まれたリューバの仲裁の声にそれ以上の追及を諦めたのか、再び、リョウの膝の上に頭を伏せたのだった。


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