スフミ村の術師 3)
「それにしてもねぇ、本当にガルーシャったら。相変わらずだわ。あんの莫迦男。こんな子を残してさっさといっちまうんだから。ホント、昔っから身勝手で浮草みたいな人だったけれど、漸く、一つ所に落ち着いたかしらなんて思っていた所だったのに……………」
滑るようになめらかに愚痴めいた言葉が続いたかと思うと、不意にリューバは押し黙った。
簡素な木の食卓の上には、四隅に赤を基調とした素朴な刺繍の施されたテーブルクロスが掛かっている。その上には、この家の主が腕によりをかけて作った料理の数々が並び、食欲をそそるいい匂いを立てていた。
「あんな奴でも………旅に出たっていうのは………やっぱり……寂しいものね」
そう言って、どこか遠い目をすると小さく微笑んだ。
ほんの少しだけ、その口元に哀しさと愛おしさを滲ませるようにして。
だが、その陰りは一瞬で。突如として空気ががらりと変わった。
「それにしても、ホント、唐突だったのよ! 全く、驚く間も無かったわ。まぁ、本来なら、何にも残さないで、言伝なんて寄こさないままだったんでしょうから、それに比べれば大した進歩なんでしょうけれど。毎回毎回、振り回されるこっちは溜まったもんじゃないわ! いきなり伝令のハヤブサを寄こして。あたしはハヤブサが苦手だって言ってるのに。で、寄こした封書にはなんて書いてあったと思う? 一言、『旅に出る』ですって。そして、延々とくだらないことが綴られていたと思ったら、最後、端の方に、『追伸:後のことは頼む』だなんて、どの口が言うのかと思えば………。もう、酷いと思わない? あぁ、昔っから、どっか気に食わない所のある奴だったけれど、とうとう最後までいけ好かない奴だったわ。こんな仕打ちったらないわ。思い出すだけでも腹が立つったらありゃしない」
息も吐かず、怒涛の勢いで捲し立てられた台詞にリョウは虚を突かれたようにポカンとした。
いつも大らかで賑やかな人ではあったが、まぁ、多少の口の悪さは目を瞑るとして、リューバがこんなにも感情を顕わにすることはなかった。
溜まりに溜まった積年の【何か】が不意に破裂をしたような、そんな激情の切れ端が垣間見える。
そこには、ガルーシャとリューバの関係性が薄らとだが透けて見えた。
ガルーシャは何処までもガルーシャであったらしい。その傍迷惑な程に揺るがない一貫性は視点が変われば、良くも悪くも映るものだ。
その被害をリューバは相当被っていたらしい。そう、リョウは踏んだ。
「ホント、いつも、いつも、不意に現れては面倒事を何食わぬ顔で落として行って。こっちのことはまるっきりお構いなし。………身勝手で、……掴み所のない…………まるで、そう、風のような男………」
風のような男―ガルーシャに対するその表現は言い得て妙だった。
リョウの脳裏にも、ひっそりと噛みしめるようにして笑うガルーシャの目尻の皺が思い出されていた。
『リューバ、いい加減にしろ。折角の飯が冷める』
再び、物思いに沈み込んだリューバをナソリの尤もな一言が、現実に引き戻した。
「あらやだ」
『話なら、食べながらでも出来るだろう。腹が減って敵わぬ』
同じく席に付いた椅子の上でナソリの尻尾が抗議に揺れる。どうやら暴走癖のあるリューバの手綱を握っているのは、この優秀な番犬ナソリのようだ。
こうして見るとどちらが主従か分からない。まぁ、リューバは、そんなことは全く気にも留めていないのだろうが。実にいい組み合わせだった。
「ふふふ、ごめんなさいね」
リューバも熱くなった自分に気が付いたのか、少し照れたように笑う。
「さぁ、御飯にしましょうか」
待ちに待った一言。漸く晩御飯にありつける。
「「リュークスの恵みに感謝を」」
『ブラーガ ザ・リュークス』
静かに手を合わせると、二人と一頭は、其々にお祈りの言葉を口にする。
「頂きます」
そして和やかに温かい晩餐が開始を告げた。