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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第二章:スフミ村の収穫祭
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スフミ村の術師 1)

 この場所で一年を過ごしてみて、この国のこの地方は一年を通じて比較的温暖な気候であることが分かったが、四季らしい区分はあった。

 春には野原一面に草花が咲き、夏には照りつける強い日差しに木々の濃い緑が、青い空と浮かぶ白い雲に映えた。

 そして、それなりに忙しくも穏やかに時は流れ、気が付けば襟足で切り揃えられた髪が、肩に届く位になっていた。

 あの砦での一件から三か月、季節は移ろい、実りの秋、作物の収穫をする時期になっていた。


 小麦に似た穀物グレーシュの畑。この場所では主食となるフレープ(パン)の原料となる穀物だ。

 眼前には、見渡す限り黄金色の絨毯が一面に広がっている。

 その中に細く続く一本道を一人の人物が歩いていた。

 黒い頭部が、歩調に合わせてヒョコヒョコと小さく動く。

 その者は、不意に振り返ると片手を上げて後方へ大きく合図を送った。

「行ってきます!」

 その遥か後方には、黄金色に輝く背の高い絨毯に埋もれるようにして、白銀の煌めく毛皮を纏った獣が束の間の旅人を見送っていた。


 ***


 リョウは、その日、森の小屋を出て少し離れたスフミ村へ薬草を届けに出掛けていた。

 森の小屋から見て東南の方向へ街道沿いに歩くこと約一日。距離にして約5ヴェルスチの所にスフミという名の小さな村はあった。

 途中までは、用心棒宜しくセレブロが付いてきてくれた。

 スフミ村には、ガルーシャがいた頃から定期的に森で採取した薬草を村で薬屋を営む術師に納めていたのだ。

 今日は、その薬草を届けに行く日に当たっていた。


 リョウが薬草を収める先は、リューバという名の術師だった。

 リューバはこの国のある種典型的な女だった。二人の子供を育て上げた肝っ玉母さん、豪快でどこか茶目っ気のある陽気な人だった。

 初めてガルーシャに連れられてこのスフミ村を訪れた時のことは、今でも強く印象に残っている。とにかく初対面での印象(インパクト)が強烈だったのだ。

 同じ術師だということで勝手にガルーシャのような学者肌の人物を想像していたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。

 この世界に来てガルーシャの次に初めて会った人。


 リューバは何と言うか、迫力のある女性だった。

 この国の女性特有のふくよかな肢体、明るい緑色の円らな瞳は、好奇に満ちて輝き、若かりし頃はさぞかし別嬪であったことを窺わせるような名残を覗かせていた。

 良く回る口は、歌うように滑らかにこの国の言葉を紡ぎ出した。

 その頃のリョウは、言葉に関して言えば漸く聞き取りに慣れた頃で、リューバの口から淀みなく流れる話は、それこそただ聞き流すだけならばまるで歌のようで、耳には心地よいものだったのだが、あの頃はその意味を捉えるのに必死だった。リョウは始終押されっぱなしで目を白黒させていたものだ。

 その反面、リューバと付き合いの長いガルーシャは慣れたもので、延々と続くリューバのおしゃべりを実に巧みに半分以上は聞き流していた。


 見渡す限り続く一面の黄色。日の光を浴びてキラキラと黄金のように輝いている。平原を吹き抜ける風に合わせて黄一面の絨毯は波のようにうねり、揺れた。

 そんなグレーシュ畑の中の細い一本道を歩いて行くと、傾き始めた日の向こうに集落が見えてきた。

 スフミ村だ。

 リューバには、先触れとして鷹のイーサンに頼んで自分の(おとな)いを知らせていた。きっと今頃、鼻歌を歌いながら今か今かと偶さかの客人の到着を待っていることだろう。


 街道の向こうからこちら側に駆けて来る【何か】がリョウの視界に映った。

 それは、瞬く間に茶色と白(ブチ)の毛むくじゃらの大きな獣の形を取る。リューバが飼っている村の番犬ナソリだった。

『リョウ!』

 ヴァウ!と野太い咆哮が上がる。

 それにリョウは相好を崩した。

「ナソリ! 元気にしていたか?」

 勢い余って飛びついて来た狼にも劣らない巨体にリョウはたたらを踏んだが、倒れることなくなんとか踏み止まった。

 嬉しさを力一杯表現してか、長いふさふさの尻尾がブンブンと左右に揺れる。

『久しいな、リョウ。変わりないようで何より』

 頬から口元にかけた範囲を大きな舌でぺろりと一舐めされて、ナソリ特有の挨拶を受ける。そしてナソリはすっとリョウの傍を離れると直ぐにその脇に付き従った。

『髪を切ったのだな』

 以前、この場所を訪れた時、リョウの髪は長かった。そのことを指摘されて、リョウは小さく笑った。

 このナソリも砦にいた馬達と同様、中々に目敏かった。世の男達も真っ青になる程の口説き文句かと思われるような台詞をさらりと口にするのだから隅に置けない。

「村は変わりないか?」

『ああ、皆達者だ。リューバなどまた一段と肥えたようだぞ』

 その声に若干の呆れを覗かせながらナソリが言えば、リョウは耐えきれないようにからからと笑い声を立てた。

 そして、リョウは一頭の大型犬をその脇に従えながら、村へと続く細長い道を、時折高らかな笑い声を響かせながら歩いて行ったのだった。


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