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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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始まりのサヨウナラ 3)

「行ってしまいましたね」

 穏やかな微笑みを浮かべながら、ユルスナールの隣にシーリスが立った。

「何を言われたんです?」

 普段の冷静沈着・無表情の二枚看板を大きく崩して、珍しく、心底驚いた顔を見せた己が上司にその訳を問う。

 シーリスの菫色の瞳は、その好奇心を隠すことなく悪戯っぽく輝いている。

 一方のユルスナールは、沈黙を貫いたまま、リョウが消えていった門のその先を見ていた。

「それにしてもよぉ、どういう風の吹き回しだ?」

 ガシリと朋輩の筋肉質な肩に自分の太い腕を回して、ブコバルは、意味深な視線を隣に流すと、からかうような人の悪い笑みをその酷薄そうな口に刷いた。

「お前とは長い付き合いだが、そっちの気があったなんて知らなかったぜ」

「何の話だ?」

 訳が分からないと片眉を上げたユルスナールに、ブコバルはニヤついたまま、首に回した手に力を込めた。

「んだよ、こんなとこでとぼけんなよ、ルスラン。坊主のことに決まってんだろ」

 ブコバルがそう言えば、

「ああ、それは私も同感ですね」

 隣にいたシーリスもしたり顔で頷いた。

「まぁ、男の割にゃぁ、細っせーし、見てくれだって悪かねぇけどよ。…………よく見りゃ、愛嬌ある面だし?………お前がコロッとそっちに行っちまっても、まぁ、おかしかねぇや。俺だって、素面じゃぁごめんだが、酔っ払ってたらどうだか分からねぇしな」

 などとブコバルが下卑た笑いを浮かべれば、

「まぁ、私としても、貴方の家の事情はともかく、上司の性癖が世間一般からほんの少しズレたぐらいでは今更、騒いだりしませんよ。個人的にはリョウのことは気に入っていましたから、あの子が貴方のような男の毒牙に掛かってしまうというのは実に不憫でなりませんが」

 続くシーリスは、にっこりと寒々しいまでの迫力のある笑みを浮かべる。

「しっかし、お前が男もいけるとはなぁ。意外だったぜ」

 黙っているユルスナールをいいことに、二人は言いたい放題だ。

 その言動を、シーリスの傍に控えていた補佐官ヨルグは、辛うじて、いつもの鉄仮面を保ったまま聞いていた。

 が、その内側では、怒涛のように嵐が吹き荒れているに違いない。


「お前ら」

 ユルスナールは、傍らに居る部下達を振り返ると、仰々しい程の溜息を一つ、吐いてみせた。

 呆れたような色をその瑠璃色の瞳に乗せる。

 だが、その次の瞬間、突然、弾かれたように声を上げて笑いだした。

「クククク………アハハハハ………ハハ」

 ―大した役者だ。

 それは勿論、リョウのことだった。

 この砦に突如として吹き付けた一陣の風。まるで春を告げる先触れのような冷たさの残る清涼感を胸内に刻み付けて行った。

 結局、最後まで誰にも気が付かれなかった。自分を除いては。


 よくよく思い返してみれば、リョウとの会話には不可解な点が多かった。アレ(リョウ)が語る話には、いつの間にか自分の知らないことが多々混じっていたし、流暢に語られるこの国の言葉には、若干の堅苦しさと訛りがあった。

 あの小さな体に、一体、どれほどの秘密を抱えているのだろう。数多もの謎をその身に内包して。

 だが。

 ―そう。

 別れ際に囁かれた一言が、ユルスナールに耳に残っていた。

 その衝撃は計り知れず。未だ余波となって、己が体の内側を揺さぶっている。

 その動揺を吐き出すように、ユルスナールは形容しがたい気分を笑いへと昇華させていた。

 ―ここの暦で換算すると、ワタシは××歳になります。多分………貴方とそう変わらないでしょう?

 とっておきの秘密を打ち明けるように、その漆黒の瞳に悪戯っぽい光を湛えて。

 久し振りの完敗だった。

 だが、それも悪くはなかった。


 そんなユルスナールの心の動きは、勿論、外には漏れていない。

 古くからの友人の突然の変貌に、事態に付いていけない三人は顔を見合わせた。置いてけぼりを食ったという顔をしている。

 昔から、どこか変わった所のある男だったが、とうとう頭のネジが一本、抜けてしまったのだろうか。

 そんな危惧すら頭の隅を掠める。


 ユルスナールは、笑いを引っ込めると不意に真面目な顔つきをした。

 そのまま、相手をからかう様な色をその瑠璃の瞳に浮かべた。

 そして、いまだ目を白黒させている旧知の知己に、その日、最大の爆弾を投下したのだった。

「リョウは、女だ」

 その威力は計り知れず。

「…………はい?」

「………………………………」

「はぁぁぁぁあ~~~~~~~~~?!」

 その日、人生最大とも言えるブコバルの絶叫が、砦を揺るがした。

 それは、後々、砦の兵士たちによって語り草になるほどであった…というのは余談だが。

 それを引き起こした張本人である砦の長(ユルスナール)は、その様子を小さく口角を上げて、余裕たっぷりに眺めていた。


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